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満を持して日本上陸、世界で5兆円を売る「TikTok Shop」の破壊力

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ネット通販やライブコマース、スマホ決済、ゲームなど、次々と世界最先端のテクノロジーやサービスが生まれている中国。その最新コマース事情を、中国専門ジャーナリストの高口康太さんがファッション&ビューティと小売りの視点で分かりやすく解説します。今回のテーマは、6月に日本に上陸した「TikTok Shop」について。北米やASEANで先行展開しており、2024年には5兆円近くを売り上げる超注目のECプラットフォームです。日本でも果たして普及するのか。(この記事は「WWDJAPAN」2025年7月21日号の転載です)

動画共有プラットフォーム「TikTok」にネットショッピング機能を統合した「TikTok Shop」の日本版が6月30日にローンチされた。ショート動画やライブ配信といったコンテンツから直接商品を購入できる機能を搭載、物販企業やショップは自社で制作したコンテンツから販売、あるいはクリエイターが制作した動画経由で販売できるようになった。クリエイターは原則として販売額の一部を報酬として得る。報酬の額は販売する商品によって異なるが、10~30%程度が相場と見られる。動画を見たユーザーは外部サイトに遷移することなく、アプリ内で決済までを完了できる。消費者の購買意欲を刺激する「TikTok売れ」という現象が確立している中、アプリ内決済の実現は、従来課題であった離脱率を改善し、コンバージョン率を飛躍的に高める可能性を秘めている。先行して展開している東南アジアや米国では、中国企業の製品を海外に販売するサービスというスタイルから始まったが、日本では初期から日本企業の出店を集める。越境ECではなく、新しいECプラットフォームという位置付けだ。

「TikTok Shop」は先行する海外で急拡大
わずか4年で4.8兆円を売る

関係者の間ではこのTikTok ShopはEC(電子商取引)業界のホットトピックとなっている。日本のECといえば、「アマゾン、楽天、ヤフー」の3強体制が続いてきたが、TikTok Shopは、第4極となる可能性を秘めている。「TikTok」は動画アプリというイメージが強い日本ではあまりなじみがないかもしれないが、グローバル市場での「TikTok Shop」の躍進を見れば納得感がある。調査会社Tabcutによれば、TikTok Shopの総流通額(GMV)は2024年に332億ドル(約4兆8804億円)を記録した。初年度の2021年の9億ドル(約1323億円)から4年で40倍弱という驚異的な成長だ。これが日本でも繰り返されるならば……どの企業にとっても取り逃すことはできないビッグウェーブだ。

もっとも、この爆発力を日本で達成できるかは未知数だ。振り返れば、「EC先進国」中国の成功モデルが日本で本格的な普及に至らなかった事例は実は少なくない。即時配送やライブコマースはその代表格であり、世界の大波が日本のさざ波で終わったケースは珍しくない。

だが、中国でインフルエンサーとして活躍し、中国EC大手社員を経て、現在では日本企業のTikTok運用支援を手がけているMakiさんは「東南アジアや米国など、異なるマーケットでTikTokは成功してきただけに、日本でも成功する確率は高い」と太鼓判を押す。「ユーザー心理や消費者インサイトの攻略はTikTokを運営するバイトダンスの“十八番(おはこ)”。日本人消費者に合わせたローカライズは必要だが、彼らは必ず最適解を見つけ出すだろう。不安があるとすれば、バイトダンスではなく日本側にある」と指摘する。TikTok Shopはあくまでプラットフォーム、商品を出品する企業/ショップ、そして販売コンテンツを制作するクリエイターとの協力は欠かせないが、日本の企業にそこまでTikTokへの理解があるかは疑問が残るという指摘だ。

「SNSマーケティングの選択肢が一つ増えたという理解では失敗する可能性が高い。インスタグラムやユーチューブは動画投稿を重ねてフォロワーという資産を増やすゲームだが、TikTokは本質的に異なる。コンテンツの質だけが問われるのがTikTokだ。良いコンテンツ(=動画)は最初の投稿からバズって成功する可能性がある一方で、どれだけフォロワーを増やしても質の低いコンテンツだとユーザーに届かない。質の高いコンテンツを選び出して、多くのユーザーに配信するアルゴリズムが組まれているためだ。この特性を理解せず、今までインスタグラムに投稿していた動画をTikTokにも流用するといった手法ではまず失敗する」(Makiさん)。

企業だけではなく、販売動画を制作するクリエイターにもTikTok Shopという新たなゲームの本質を理解することが求められる。TikTokクリエイターはどうしたら動画が視聴されるか、そのアルゴリズムについては理解しているが、「宣伝から販売」というパラダイムシフトを受け止められるかは未知数だ。TikTokクリエイターはこれまで、1回あたり最低数十万円という企業からの宣伝費が収入源だった。だが、TikTok Shop では広告ビジネスから、1000円の商品を一つ売ったら100円もらえるというまったく異なるビジネスモデルへの転換を求められる。

すでに多数の広告案件を受注しているクリエイターがこうした販売モデルに移行するかは現時点では読みづらい。あるいはTikTok Shopのローンチを機に新たに登場する販売者が、主流となる可能性もある。「TikTok Shop販売の肝は販売者の数。中国では一定の契約金をもらって宣伝するトップインフルエンサーと、売り上げに応じた成功報酬のみを収入源とする一般販売者に分かれている。目立つのはトップだが、成功の鍵を握るのは一般販売者がどれだけ参入するか。東南アジアでも米国でもそうした販売者が生まれたが、個人運営のセレクトショップや転売に抵抗がある日本人からどれだけ販売者が生まれるかは読みづらい」と、Makiさんは指摘する。実際、TikTok Shopがローンチして半月ほどが経過しているが、現時点では日本人クリエイターの動きは鈍く、TikTok Shop用の動画制作はまだ目立っていない。

コンテンツがバズらなければ
「売り上げがゼロ」のリスクも

こうした課題に直面しているのが、植物育成ライトを販売するBRIM合同会社だ。ローンチ後すぐにTikTok Shopに参加したものの、ローンチから1週間後の取材時にはなんと売り上げはゼロだったという。「園芸やインテリアの大物インフルエンサーに販売用の動画制作を委託できればいいが、彼らはTikTok Shopに参入していない。結局、委託できる相手がほとんど見つからなかった」と、BRIMの兵頭和・副代表は明かす。

アマゾンや楽天などの既存ECモールはプル型、TikTokはプッシュ型と分類されることがある。既存ECモールは消費者が自ら検索し、商品を発見するというカスタマージャーニーをたどる。販売者はECモール内の広告出稿などを通じて見つけやすくする、競合他社よりも目立つ工夫はできるが、そもそも買う気のない消費者にアプローチすることはできない。一方、プッシュ型は興味を持たせるところから働きかける力がある。テレビCMと同じく、まったく関心を持っていなかった消費者を振り向かせる可能性を持つ。きわめて魅力的な販売チャネルだが、逆に言うと、CMや動画というコンテンツを用意できなければ、反応ゼロに終わる可能性があるのだ。

TikTokのアルゴリズムをうまく使いこなせば一気に動画をバズらせ、新規顧客になり得る多くの消費者にアプローチをかけることができるが、ちゃんと仕込まなければ効果はゼロというわけだ。現状ではノウハウを理解しているのは中国のセラーで、日本企業も出店しているとはいえ、気づけば中国企業ばかりが売り上げるプラットフォームになりかねない。実際、TikTok Shopのクリエイター向けのキャンペーン募集ページを見ると、中国語の投稿が相当数を占めている。どうせ日本企業や日本人クリエイターは乗ってこないのだから、理解している中国人だけを対象にしていれば十分というそろばん勘定が透けて見える。

だが、兵頭副代表はもっとシンプルな使い方を目指している。「現在、わが社はアマゾンと楽天が売り上げの柱だが、ユーチューブを見て商品を知った顧客が多いことは把握している。動画は商品を理解してもらう強力なツールだ。ユーチューブはパソコンなどの画面で見ることを前提としたもので、いわゆる横型動画と呼ばれる。TikTokはスマホ視聴前提の縦型動画。横型動画と縦型動画、双方の動画資産を蓄積し、ユーザーが検索した時にヒットする動画本数を増やしたい」と語り、短期的なバズりよりも、動画の本数をためることを重視する。

現時点では何が正解になるのか、まだ答えは見えていない。グローバルのTikTok Shopと日本版が同じトレンドを描くかどうかも未知数だ。生まれたてほやほやのサービスをどう活用するかは、参入するプレーヤーのアイデアと消費者の購買行動によって決まる。難しいが、面白い世界が立ち上がった。

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