「東京らしさ」とは、何か?10年くらい前までだったら、それは「カワイイ」だっただろう。かつての東京コレクションでは、「カワイイ」を前面に押し出す一方で性的ニュアンスを控えたブランドが注目を集めた。ただ、今はもうそんな時代じゃない。数年前からフェムテック、最近ならメノポーズという言葉と共に女性の性が語られるようになり、ファッション化したセルフプレジャーグッズはごくごく当たり前の存在になりつつある。なかったものかのようにやり過ごしたり、孤独に乗り越えてきたりしたジェンダーや性にまつわる問題は、社会課題として浮上。ファッションやビューティの世界では、バッグやシューズ、ジュエリーなどのアクセサリーがジェンダーレス化したり、スキンケアからベースメイク、カラーメイクまでを楽しむ男性が増加したりしている。2024-25年秋冬の東京コレクションは、まさにこんな新時代に生まれ育ち、今後もこうしたムーブメントをけん引していくだろうデザイナーの活躍が目立った(こちらの記事参照)。(この記事は「WWDJAPAN」2024年3月25日号からの抜粋で、無料会員登録で最後まで読めます。会員でない方は下の「0円」のボタンを押してください)
本音・本心を語る「フェティコ」は
“心の闇”かもしれないものを問いかける
ジェンダーの既成概念にいち早く一石を投じて女性の共感を得てきた「フェティコ(FETICO)」は、本音・本心を語り、問いかけるクリエイションの度合いを深めている。今シーズンは、映画「アダムス・ファミリー(The Addams Family)」の主人公一家の長女ウェンズデーなどに着目。彼女が「残酷で陰湿」なのを認めた上で、「人と異なることを恐れない強さを教えてくれた」と語り、「好きなものを大切にすることは、自分自身を大切にしていることと同じ。好きなことに素直な自分は、より愛しく思える。お気に入りと共に人生を歩むことは、何より幸せなこと」と続けて、自分を慈しむボディー・ポジティブの発想を啓蒙してきた自身のコレクションと関連づけた。ファーストルックは、ネットフリックス(Netflix)のドラマ「ウェンズデー(Wednesday)」でいよいよ主役となった彼女が身にまといそうな、漆黒のドレス。カットオフした十文字はゴスなイメージを強調。ともすれば共感し難い、陰湿な世界だ。しかし誰よりも先に、これまで上の世代がフタをしてきたジェンダーに向き合い問いかけてきた「フェティコ」からの、「世間は陰湿と思うかもしれないけれど、私はこれが好き。どうですか?」と“さらけ出し”てくるような問いかけは、ファンはもちろん、ブランドの挑戦を知っている人たちの心を打った。
同じようにジェンダーに向き合ったのは、「カナコ サカイ(KANAKO SAKAI)」だ。22年春夏にデビューしたブランドはこれまで、産地に赴き、日本の職人技や伝統工芸をエレガントに表現してきた。「このブランドは、日本の産地を守る優等生」と、勝手に思い込んでいた人もいるだろう。そんな優等生は今回、コーンブラのビスチェや股の部分をハート形にくり抜いたレザーショーツなどを提案。勝手に「優等生」と思い込んでいた人は、「まさかこんなに過激に性を表現するなんて」と驚いただろうか。しかし「カナコ サカイ」は、ジェンダーの既成概念に反旗を翻したり、ファイティングポーズを取ったりすることで向き合いたかったわけではない。好きなものを、好きなように、好きな時に作りたいだけというメッセージを込めている。むしろ今シーズンのクリエイションを反旗やファイティングポーズの結果と捉えられないか心配しているような気配だ。その姿勢は、臆病と映るだろうか?いやむしろ彼女たちの世代にとって、「女性性」とは、時には傾倒するし、時にはあまり意識しないもの。そのさじ加減さえ、自分が、自由に決めたいのだ。そして、自分で決めたいにもかかわらず、そのさじ加減が人にはどう映るのか?が気になっているところが人間らしい。「カナコ サカイ」は、こうした等身大の迷いや葛藤さえ、“さらけ出せ”ば良いと思う。
このようにジェンダーに対する感覚が、これまで以上に自由に、フラットになっている。「チカ キサダ(CHIKA KISADA)」は引き続き、バレエダンサーを思わせるレオタードや、チュチュのようにチュールをたっぷり使ったドレスを披露。ここにMA-1やレザーブルゾンなどの男性的なアイテムを合わせて、プリマドンナの新たなワードローブを提案した。
ジェンダーニュートラルなスタンスは、メンズのブランドでも顕著だ。今シーズンの楽天 ファッション ウィーク 東京(以下、RFWT)のオープニングを務めた「エムエーエスユー(MASU)」のように、昨今はメンズブランドにおいても「良いものは良い。そこにメンズ・ウィメンズや、男性的・女性的という二元論は存在しない」というアティチュードが顕著だ。RFWTにおける代表格は、「カミヤ(KAMIYA)」。渋谷の雑踏で発表した24-25年秋冬コレクションは、一見すると頬に傷を持つケンカっ早い男性の装いのようだが、チュールのように透ける素材のフーディや、ラメ混のチェックのセットアップ、ラップスカートなど、二元論なら「女性的」な素材やアイテムを自然に差し込む。デニムを基軸とする「タナカ(TANAKA)」、男女の違いが少ない制服に着想源を得た「ケイスケヨシダ(KEISUKEYOSHIDA)」などは結果、「カミヤ」以上にジェンダーレスだ。
「サポートサーフェス」がカワイイに挑む
熱烈なファンのワードローブを一層豊かに
そして、こうしたブランドが着実に若い世代のファンを獲得し、独自のコミュニティーを構築しているのも東京ブランドの特徴だ。全身全霊で自分自身、時には迷いや葛藤さえ“さらけ出す”から、東京ブランドのファンのエンゲージメントは強い。今シーズンは、そんなファンの存在も可視化できるシーズンだった(こちらの記事参照)。いずれのブランドも、ファンダムのワードローブを想像しながら、そこには存在しないアイテムや、その中の洋服と組み合わせられる新しい1着を提案しようと試みる。こうした流れは、若手だけに限らない。例えば「サポートサーフェス(SUPPORT SURFACE)」は今シーズン、研壁宣男デザイナーが長い間忌み嫌っていた「カワイイ」に向き合った。「カワイイ」を嫌っていた気持ちは、理解できる。安直だし、ボキャブラリーが貧困なように思えるのは、文字を生業とするメディアに携わるものとして同感だ。しかし昨今の「カワイイ」は、従前の「カワイイ」よりもはるかに幅広い意味を持つ。だからこそ、「サポートサーフェス」らしい「カワイイ」が存在するのではないか?と考えたのだろう。結果生まれた洋服は、シャツの襟元を手繰り寄せてフリルのように見せたり、これまで以上に曲線的で柔らかなシルエットのパンツだったり。素材を主役に、デザインはミニマルに徹してきたブランドにとっての新境地は、ファンにとってワードローブを豊かにする新たな1着になるのだろう。海外同様、半年おきにスタイルが激変するブランドは減少している。
「東京らしさ」が際立ちつつあるRFWTの中で、「世界基準」なのは「ハルノブムラタ(HARUNOBUMURATA)」だ。上質な生地をたっぷり使い、得意とする1枚の布を流線的にカッティングする手法でクワイエット・ラグジュアリーだ。クリエイションの背後に込めたアティチュードや、洋服を取り巻くカルチャーやコミュニティーまで含めて勝負する東京のブランドとは一線を画している。確かにコレクションは、ともすれば出自の「ジル サンダー(JIL SANDER)」をほうふつとさせたり、多くのインポートブランドが憧れる「ザ・ロウ(THE ROW)」を思わせたりする。ただこれまで、こうした海外のラグジュアリーブランドと比較される東京のブランドは存在しただろうか?世界を目指すブランドとして、着実にステップアップしている。