ファッション

若手筆頭株「M A S U」 世界を見据えた28歳デザイナーの挑戦

 OEMやブランド事業を行うソウキ(SOHIKI)が2017年春夏に立ち上げたメンズブランド「マス(M.A.S.U)」。18-19年秋冬シーズンに当時25歳の後藤愼平デザイナーが加入し、現在のブランド名「M A S U(エムエーエスユー)」に改称してリブランディングを行った。複雑な加工や繊細な縫製、キャッチーなデザイン、手に届く価格帯を武器に20年春夏シーズンには、卸先がビームス(BEAMS)やトゥモローランド(TOMORROWLAND)など25アカウント、30店舗にまで拡大し、存在感が増している。海外進出も視野に入れて、2月18日には初のランウエイショーを控える。若手デザイナー筆頭株の後藤愼平「M A S U」デザイナーに現在に至るまでの経緯や苦悩、若手から見るファッション業界の在り方などを聞いた。

WWD:現在までの経歴を教えてください。

後藤愼平(以下、後藤):高校卒業後、文化服装学院に入学しました。在学中はビンテージショップのライラ(LAILA)でアルバイトをしていました。店にはフィービー・ファイロ(Phoebe Philo)在籍時の「セリーヌ(CELINE)」やマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)が手掛けていた時代の「メゾン マルジェラ(MAISON MARGIELA)」などの貴重なコレクションピースやアーカイブが並び、リメイクやお直し担当として1年間働きました。卒業後はそのままライラに入社して、21歳で同社のオリジナルブランド「セブン バイ セブン(SEVEN BY SEVEN)」の立ち上げに参加し、企画や生産管理を4年間務めました。その後、知人の紹介で現在の会社にデザイナーとして入社しました。

WWD:「M A S U」のコンセプトは?

後藤:丁寧語の「ます」に由来しています。「ます」は、日常で当たり前に使われてすぎて、あらためて意識されていない言葉。そういった普遍性に、服を通してフォーカスしたいという思いを込めました。そして、文字通り丁寧なクリエイションをしようという姿勢や気持ちも反映しています。クリエイションを通して新しい男性像を提案したいです。

WWD:新しい男性像とは?

後藤:「男だから泣くな」「男だから闘え」のような「男性だったらこうあるべきだ」という固定観念や風潮が昔から苦手でした。男性も繊細な感情や弱い部分、細やかさ、優しさを持っています。そういった小さな幸せに気付けるような感性は素敵ですし、人生が豊かになる。だから、その視点を洋服で伝えたいです。ファッションにハマったきっかけがビンテージなので、ポケットの裏に何かが書いてあったり、ほこりやごみに混じってメモが入っていたりすることに気付くのも、一種の感性だと考えています。「M A S U」のアイテムでいうと、ウエストの裏地に無数のクローバーの刺しゅうをあしらったテープが付くパンツがあるんですが、その中にランダムで四葉のクローバーを入れており、気付いた人だけが楽しめるポイントです。

WWD:ほかのブランドにない強みは?

後藤:僕はライラでデザイナーズからジャンクな物まで膨大なビンテージ服に触れてきました。時には博物館に入るような貴重な資料(服)を解体して作りを学びました。それが、僕の知識と経験になり、ほかにはない服作りに役立っていると思います。また、親会社の出資元が、中国・大連で縫製工場を運営する会社というのも強みです。大連の工場の職人が難しい縫製にも取り組んでくれているのでデザインの幅が広がり、コストを抑えることができます。

WWD:インスピレーション源は?

後藤:日常的に感じる不満や疑問、怒りなどの感情の原因を突き詰め、クリエイションとしてプラスに表現できるかを考えます。文化服装学院の図書館で過去の資料やコレクションブックなどで気になったルックをいくつも記録して、スタイルやディテールなどの共通点を探すときもあります、そうすれば自分自身の内面を理解することができて、コレクションの表現にもつながります。

WWD:前身の「マス」に参加したときは、ブランドをどのように変えていこうと思った?

後藤:自分のスタイルを無理に変えても、上手くいかないと思いました。だからブランドをただ引き継ぐのではなく「リブランディングさせてくれ」と伝えました。当時はストリートが全盛期で、僕にはその背景がなかったので、時代に迎合した服作りをしても、自分にずっと嘘をつき続けることになる。であれば例え受け入れられなくても、自分が積み重ねてきたものに賭けたいと思いました。

WWD:取り扱いも年々増えるなど順風満帆なイメージだが。

後藤:ストリート全盛期に現れた得体のしれない若者のブランドなので、最初はビジネス的には厳しかったです。みんなに好かれるような “売れる”スタイルは理解しつつも、そこに舵を切りたくないという葛藤と周囲の期待に早く応えなきゃというプレッシャーがありました。自分の感覚を100%信じたクリエイションだけで勝負するのは、賭けにも近い感覚でしたが、幸いなことに評価してくれるお店やスタイリストが少しずつ増えていったので、徐々に軌道に乗ってきたという感覚です。当時も今も変わらず、大変ですが。

WWD:28歳という立場からファッション業界をどう変えていきたい?

後藤:「ファッション業界は華やかさと苦しさが隣り合わせだ」と、この業界に入る前からよく耳にしてきました。やりがい搾取でネガティブなイメージを持つ人が業界内外にもたくさんいると思います。でも社会は流れに身を任せるのではなく、作っていくものです。自身がこうなりたい、こうしたいという気持ちに貪欲であるべき。僕は子どもの頃に思い描いていた、結婚して家や車を持つ大人像を今も諦めたくないです。業界の若い人たちも同じ気持ちじゃないでしょうか。ファッション業界でその思いを貫くために、どうしたらいいかを常に考えるべきだし、ファッションの魅力や地位をもっと高めていく努力を絶やしちゃいけない。僕はこれから先も今の姿勢でやり続けたいです。

WWD:5年後、10年後にブランドはどうなっていたい?

後藤:まず国内で人を熱狂させて、その熱量が他国からどう評価されるのかを感じたいです。新型コロナウイルスの影響で、海外で展示会やショーを行うのが難しいので、国内で実直にコツコツ伸ばしていきたいです。今は海外進出が難しいので、国内でしっかり発信していこうという意識が強くなりました。

WWD:東コレには出たいと思わない?

後藤:東京はパリコレのように多くの海外バイヤーが買い付けに来るわけではないので、今は出たいとは思いません。会場選びの面白さや演出での表現など単独ショーだからこそ伝えられるテーマやコンセプトがあるので、2月にブランド初のランウエイショーを開催すると決めました。