“眠れる森の美女”が、目を覚ました。「ジバンシィ(GIVENCHY)」のことだ。
サラ・バートン(Sarah Burton)は3月7日、パリで新生「ジバンシィ」の2025-26年秋冬コレクションを発表し、ゴスやストリートに傾倒していたメゾンのスタイルコードを再定義した。バルーンコートやベビードールドレスさえ新しい形で提案しつつも、フォーマルからイヴニング、そしてレッドカーペットまでの源流はいずれもユーベル・ド・ジバンシィ(Hubert de Givenchy)とメゾンのクラフツマンシップに存在する、エレガントなシルエットのブランドへと生まれ変わった。
会場は、ジョルジュ・サンク通りにある「ジバンシィ」の本社。ここにサラは、封筒を幾重も重ねた椅子を並べ、ショー会場とした。「ジバンシィ」のクリエイティブ・ディレクターに就任すると、サラはアーカイブのリサーチに没頭。ゴミのように堆積する資料から、当時の素材を含む、さまざまなインスピレーション源を得たという。
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もっとも強い刺激を受けたのは、シルエットだった。サラは、「原点であるシルエットに立ち返った。今日のメゾンの屋台骨だと思ったから。全てはシルエットとカッティング、『ジバンシィ』には、その才に長けた驚くべき職人たちが存在するから」と語る。
その職人技を最大限に表現したかったのだろう。ファーストルックは、メッシュで作ったボディスーツ。「女性の体こそ、もっとも美しいシルエット」という思いを込めた。ボディスーツは、ブラジャーとブルマーしか身につけていないモデルの体にピッタリとフィット。総メッシュだから、誤魔化しは効かない。精緻なパターンワークとフィッティング、そして縫い代を最小限に留めるクラフツマンシップが問われるが、まさに“シンデレラフィット”していた。続くセカンドルックは、シルクで作ったレオタードスタイルという、これまた一切の誤魔化しが通用しないミニマリズムの極地。ホルターネックの周りに優雅なドレープを刻み、偉大なる手仕事を讃える。
その後は、砂時計のような曲線のシルエットで作るマスキュリンなスタイルが続く。男性的なスタイルに、女性的な曲線を加えた。ウールのヘリンボーンからスーツ地、ギャバジン、レザーに至るまで、シルエットは力強いショルダーラインと、優雅なウエストラインのコントラスト。ドラマティックとリアリティのバランスも絶妙だ。ユーベル・ド・ジバンシィが世の中に広め、「ジバンシィ」ならではのリトル・ブラック・ドレスの1つとして数えられるベビードールドレスは、レース製。マイクロミニ丈にカットした。バルーンコートの面影は、コートやジャケットの背面に現れた。白いシャツさえテントラインに広がり、肩口からプリーツを刻みながら垂らした共布がエレガンスの度合いを高める。
終盤は、イヴニングというよりレッドカーペットのムードが高まる。前任のデザイナーではなし得なかった、サラ・バートンに託された大きな役割の1つだろう。オリエンタルな刺繍と着物を思わせる前合わせ、大きなノットを刻むことでアシンメトリーに仕上げたシルエットは目を引くが、ここでも装飾には頼らず、あくまで主役はシルエットに据えた。アクセサリーは、「ジバンシィ」らしいリボンを着想源とした、大きなレザースカーフがハイライト。上述の通り、リボンはドレスのノットへも発展している。
「ジバンシィ」がエレガンス、中でもシルエットに立脚した可憐なエレガンスをこれほど美しく発信したのは、ゴスやストリートに傾倒してきた過去を考えると20年ぶりくらいだろう。“眠れる森の美女”は、ようやく長い眠りから覚めた。これからまた可憐なシルエットで人々を楽しませてくれるのだと思う。本人は「自然なステップで取り組むことができたら」としているが、すでにクチュールの再開は見据えていることだろう。