ハイダー・アッカーマン(Haider Ackermann)がトップを務める新生「トム フォード(TOM FORD)」が、2025-26年秋冬コレクションを発表した。デザイナーは変わったが、ヴァンドーム広場に集った顧客であろう来場者の装いは、これまでの「トム フォード」と変わらない。女性の装いはボディコンシャスゆえ官能的で、男性のスタイルは幅広のピークドラペルのダブルブレストで自信に満ち溢れている。その姿は、ハイダーが自身のコレクションで発表していた、サルエルパンツを筆頭としたドレープを多用する和洋折衷なムードや、アルチザンのムード漂うレザーウエアとは異なるもの。注目は、ハイダーがどう「トム フォード」の世界観と融合するのか?そもそも、融合するつもりなのか?だ。
結果、ハイダーは、「トム フォード」の官能性を別のアプローチで解釈・表現した。創業デザイナーのトム・フォードは、特にパートナーとの間に子どもを設けて子育てにも注力するようになって以降は、楽観的かつ開放的なセックスアピールの表現にシフト。端的にいえばグラマラスかつゴージャスに感応性を表現していた。これに対してハイダーの「トム フォード」は、同様に官能性を表現するものの、そのアプローチはより誘惑・魅惑的。従前の「トム フォード」に比べてアンドロジナスなムードが増しているが、特にウィメンズはフェティッシュなムードと、白い肌から異彩を放つ力強い視線と真っ赤な唇で、相対する人を惑わすようだ。
イメージは、クラブのVIPルーム。ナイトライフを楽しんだ後の、明け方のようだ。ファーストルックは、ハイダーらしいレザーウエア。スタンドカラーのダブルのライダースに、ヒップハングのパンツ。フェティッシュなレザーグローブでクロコダイルの型押しクラッチを持ち、パンツのバックポケットにはガラスレザーの長財布を突っ込んだ。ストラップでTの文字を描いたヒールを合わせる。序盤は、メンズもウィメンズもモノトーンなレザーの世界。その構成はまるで、クラブで出会った男女が、どこまで近づいていいのか、お互い距離感を探り合っているかのようだ。
すると、まず女性が変貌を遂げた。レザーという“鎧”を脱ぎ捨て、体をなぞるハイゲージニットやシルクサテンのスカート姿になると、胸の前で腕を組みながらやってくる。未だ胸は隠しつつも、少しだけ心と体を許し、ジワジワと距離を詰めてくるかのように妖艶なムードが漂う。パンツやスカートはヒップハングだから腰が覗き、欲望や妄想を掻き立てる。タイドアップして胸元にコサージュを飾る男性も、ストールが少しずつ解けてきた。パープルやブルーのカラーレンズを入れたサングラス越しに、女性の姿をじっくり観察するかのようだ。
中盤、男女はいきなりフレッシュなパステルカラーでお互いの気分を高揚させた。パワーショルダーのジャケットから、腰までスリットを刻んだモダールのドレスまで、男女の装いはレモンイエローやミントグリーン、スカイブルー、ライラックなどのパステルカラーに染まり、感情を一気に解き放つ。露出の度合いも高まり、深いVゾーンやスリットからは、胸元や太ももがのぞく。ただ一瞬漂ったグラマラスなムードは、それまで。終盤のイヴニングはスパンコールを絡めつつも再び雰囲気で相手を魅惑した。
ハイダーは、「私の辞書には、グラマラスという言葉は存在しない。でも、皆を誘惑できると信じている」と語った。トム・フォードとは解釈に仕方こそ異なるが、「トム フォード」はやはり感応的なブランドだった。フィナーレでハイダーは、トム・フォードと抱き合った。アプローチは違えど、官能性に価値を見出す、まるで同志のような抱擁だった。