新アーティスティック・ディレクターのマチュー・ブレイジー(Matthieu Blazy)が昨年10月のデビュー以来フレッシュなコレクションを見せ続けている「シャネル(CHANEL)」が、2026年春夏オートクチュール・コレクションのランウエイショーを開催した。会場は、いつも通りのグランパレ。そこにキノコがニョキニョキと生えたピンクの森を設た。ショーノートは「キノコにとまる鳥 刹那の美しさに触れ 遥か遠くへと飛び立つ 」という“詠み人知らず”の俳句から始まり、今回のコレクションは軽やかだからこそ生まれる動きがもたらす、洋服と女性との関係や女性の感情などにフォーカスしていると伝える。
その言葉通り、マチュー初のオートクチュールは、その伝統や格式の上に立脚しつつも、驚くほど軽やかだった。
ヌードのシルクモスリンで
「シャネル」のツイードジャケット
究極に軽やかに仕上げる試みは、ファーストルックがシンボリックな存在だ。ヌードのシルクモスリンで作った、“ジャケット”を含む3ピースだ。そのジャケットは、「シャネル」と言えば誰もが思い浮かべる、あのツイードジャケットの形だが、装飾はクリスタルのボタンと、「シャネル」がジャケットなどの形を美しく保つために裾に縫い付けるチェーンのみ。ヌードというカラーも相まって、あの「シャネル」のツイードスタイルが究極的に軽やかに、まるでキノコにとまっていた鳥が大空に飛び立ったかのように風に揺れた。従前のツイードジャケットでは考えられない軽やかさだ。アイコンバッグも同じ素材で作り、モデルが歩くたびに軽やかに揺れる。マチューは、「ツイードや宝石のようなボタンといった『シャネル』のシグネチャーを取り除いても、あのエッセンスに辿り着けるか試してみたかった。ココ・シャネル(Coco Chanel)は刺しゅうを多用したが、視覚的に印象的な洋服を作らなければというクチュールの期待に縛られているわけではなかった。彼女のクチュールは、女性の日常生活を支えるデザイン。だから黒いスカートやパンツのようにシンプルでも、『シャネル』のクチュールが作れるのではないかと探求した。これまではすべてがもっと複 雑だったが、私はどんどん削ぎ落とした。重すぎると感じるものは、すべて取り除いた。実は大きくてゴージャスなドレスもいくつか作ったが、(形にしてコレクションに組み込むと)メッセージが明確ではなかった。メゾンの本質、女性が実際に着る服ではないように思えた」と話す。
「素材の魔術師」が
女性自体を鳥に変える
中盤以降、女性はさらに大空へと羽ばたく鳥のように変容する。実際彼はデザインチームに、服ではなく、鳥のイメージからデザインするよう指示したという。「ボッテガ・ヴェネタ(BOTTEGA VENETA)」時代には「素材の魔術師」と呼ばれた自身のキャリアを踏まえ、素材から見直すことで、女性さえ変身させてしまおうと試みた。マチューがその可能性や可変性を追求することで着る人の気分さえ変えてしまおうと改良したのは、やはり「シャネル」において最もシンボリックなツイード。プレタポルテのデビューショーから垣間見えていたが、マチューはアイコニックではありつつも硬さや厚みを持つツイードを概念から捉え直し、現代生活、特に春夏にふさわしい軽やかな素材に変換している。ハイゲージの糸をごくごく薄く、ただ複雑に編んでツイードのように仕上げた素材で作るセットアップは代表例。フェザーを絡めて軽やかさを増したり、ビーズをグラデーションに縫い付けて彩りを増幅したツイードもある。プレタポルテのデビュー・コレクションに比べると、「素材の魔術師」らしいツイードの再解釈が目立つのは、メゾンと自らの強みがより融合した証であり、それなりに時間を要する新素材の開発が軌道に乗った証拠なのだろう。マチューは初めてのオートクチュールで、装飾の力に頼ることなく、生地で作る根幹から「シャネル」を再定義しようと試みた。彼は、「私たちは見た目を良くするためだけに物を作るのではない。見る人を、どこか別の場所へと連れて行かなければ」と語る。
「ディオール(DIOR)」のジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)同様にクチュールをアップデートしようとする心意気は、普通ならウェディングドレスが当たり前のラストルックにも現れた。ロング&リーンなツイードのセットアップに続いたラストルックは、マザー・オブ・パールのような素材を花弁の形に切り出したパーツを無数にあしらったボーイフレンドシャツにスカートのスタイルだった。シャツは前回のプレタ同様、ココ・シャネルがボーイフレンドだったアーサー・カペル(Arthur Capel)のシャツを借りているかのようなシルエット。モデルはその軽やかさから、解放されたがゆえの微笑みをたたえながら、時に旋回してランウエイを闊歩した。まさにマチューが目指した、女性が鳥に変わった瞬間だった。