正直、予想以上だった。「シャネル(CHANEL)」がこんなに、新アーティスティック・ディレクターであるマチュー・ブレイジー(Matthieu Blazy)に全幅の信頼を寄せ、彼のデザインコードや発想をここまで取り入れるとは。そして彼の力により、「シャネル」がまだ、こんなにフレッシュになるとは。新デザイナーによる新しいコレクション発表が相次ぎ、その多くが新たな感動をもたらしている2026年春夏シーズン、そのデザイナー交代劇の大トリを務める形となった「シャネル」はメゾンのみならず、ファッション業界全体が新陳代謝を繰り返し、新しい時代に向かっているという自信のようなものを与えてくれた。
その変化は、カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)亡き後にトップを担った、ヴィルジニー・ヴィアール(Virginie Viard)がもたらしたものとは比較にならない。ブルーノ・パブロフスキー(Bruno Pavlovsky)=シャネル ファッション部門兼シャネル SAS プレジデントは、「リーダーシップにおける世代交代は、不可欠なもだった。ヴィルジニーはカールの死後、世代交代の波をうまく乗り越えてきた。コレクションにさらなる余裕をもたらし、ブランドの進化を促した。ただ私たちは同時に、勢いを取り戻すためには、いつかは新しいクリエイティブな視点が必要だと認識していた。15年後、ジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)やラルフ・ローレン(Ralph Lauren)、そしてカール・ラガーフェルドのような長寿のクリエイティブ・ディレクターは多くないだろう。新世代のデザイナーたちは、同じような持続力を持つだろうか?そう願うばかりだが、後継者問題やクリエイティブの刷新といった問題は避けられず、まさに今、あらゆる場所で同時に起こっている。時代の変化に対応していく中で、ある時点では変化が必要だ。マチューを迎え、心から嬉しく思っている。彼のビジョンと、『シャネル』を次のレベルへと導く力に、私は全幅の信頼を置いている」と話している。
コレクションは、まさに全幅の信頼の賜物。「ボッテガ・ヴェネタ(BOTTEGA VENETA)」時代に通じるマチューの美学を、ガブリエル・シャネル(Gabrielle Chanel)を中心とする「シャネル」の物語、職人技、そしてツイードやカメリアなどのアイコンを通してフレッシュに描いている。カメリアは、軽やかなファブリックを使って満開の花に。コサージュだけでなく、バッグや帽子、ドレスなどにふんだんにのせた。ピュアな気持ちで、足し算することでポジティブなムードを描いてきたマチューらしい。
ファーストルックは、千鳥格子のクロップド丈のジャケットとパンツのセットアップ。ガブリエル・シャネルが、恋人のアーサー・カペル(Arthur Capel)から服を借りていた習慣にインスピレーションを得ているという。2人は世界最古のシャツ店と言われる「シャルべ(CHARVET)」の顧客だったため、マチューはこの老舗シャツメーカーに協力を依頼。オーバーサイズの白いタキシードシャツにはふんわりとした黒いスカートを合わせ、ストライプのボーイフレンドシャツはクロップド丈にしてフェザーをあしらった深紅のボールガウンと合わせた。シャツの裾には、「シャネル」のデザインコードの1つのチェーンを縫い付けている。“落ち感”へのこだわりだ。千鳥格子のウールの後、ジャケットはツイードに変わった。ウール地のセットアップ同様のマスキュリンな見た目で、マチューらしくもあり、新しい時代のツイードのありようを提案しているかのようだった。本来ならフェミニンなツイードのマスキュリンなセットアップ、そしてツイードジャケットとボーイフレンドシャツとのコーディネイト。ここでマチューは、「シャネル」らしいパラドックス(矛盾)、既成概念を超越してきた姿勢を表現している。これまでとは違うフレッシュな印象を醸し出すのは、一貫したローウエストのシルエットだ。冒頭のパンツやラップスカートはヒップハングで、チュールとサテンを切り返したりサテンをノッティングしたりのドレスもローウエストにポイントをおいている。いずれもマチューが「ボッテガ・ヴェネタ」の際に好んでいたシルエットだ。
デイウエアのパートも、基本的なシルエットは変わらない。ローウエスト、オーバーサイズ、そして袖や背面のボリューム。マチューのデザインが全て融合すると、これまでの「シャネル」のイメージとは一線を隠し、若々しく見えてくる。そこにビンテージのムードも盛り込んだ。ハンドバッグの“2.55”は、代々受け継がれてきたかのようで、使い古されてペタンコ。マチューはこのバッグを徹底的に加工し、チェーンを外したり、ライニングに使われるバーガンディ色のレザーで作ったりしたという。マチューは、「最初はどうすればいいのか、全く分からなかった。いじくり回し、チェーンを変えたり、刺しゅうを入れたり、レザーを変えたりしたが、うまくいかない。そこで、ただ“爆発”させるのではなく、曾祖母から借りたバッグのように、何世代にもわたって受け継がれ、大切にされてきたもののように表現すべきでは?と考えた」という。こうした考えは洋服にも及び、糸を束ねて作ったカメリアは、縁の部分が変色してきたかのように見せ、切りっぱなしだったり、ほつれたりのスカートなどに合わせている。着古したムードは、恋多き女性だったガブリエルの別の恋人でもあった第2代ウェストミンスター公爵ヒュー・グローブナー(Hugh Grosvenor)にヒントを得ているという。マチューは、「彼女は彼を、この世で最もシックな男性だと考えていた。着古した服を着るのが好きだったから。『シャネル』といえば愛。ファッションにおけるモダニティは、ラブストーリーから誕生している。私は、そこにこそ美しさを見出す。時間や空間が存在しない、自由の概念。それは、シャネル が身に纏い、勝ち取った自由だ」と続ける。 裾がほつれたサックドレスには、シャネルにとって幸運のお守りの一つだった小麦の飾りを飾った。
終盤は、さらにマチューの思いが強くなる。ツイードジャケットは丸みを帯びてブルゾンのようになり、アールデコにインスピレーションを得たパイピングが輪郭を強調する。そして最終盤、ツイードは軽やかさを増し、同じような柄のチュールスカートとコーディネートしたり、フリンジをあしらったりでさらに躍動的に。中にはスレッドを甘く編み、ツイードのように見せたセットアップもあった。「ボッテガ・ヴェネタ」時代から職人と共に素材を探求し、「素材の魔術師」との異名もあるマチューは、「シャネル」でも同じくツイードの革新に挑み始めているのだろう。
ショーは、リサイクル可能な素材で作った星々が吊るされた、宇宙のような空間で行われた。マチューは、「私たちは皆、同じ空を見上げ、星を見る。そこには普遍的な何かがある。それは美しく、そして楽しくあるべき。ファッションは、まさにそれを提案しなければ」と話した。