2026年春夏コレクションのハイライトの一つが新生「シャネル(CHANEL)」のショーだった。マチュー・ブレイジー(Matthieu Blazy)によるコレクション、そして歴代デザイナーから受け継ぐショー会場、グラン・パレでの壮大な演出は、ファッションシーンに刻まれる瞬間となった。そのショーで一際注目を集めたのは、ショー最後に登場したモデルのアワー・オディアン(Awar Odhiang)だ。最後まで緊張感漂うフィナーレで、アワーは満面の笑みで歩き、大きな拍手とハグとともにマチューを讃えた。この時の心境、黒人モデルとして「シャネル」で歴史的ラストルック&クローズを飾ったこと、そしてマチューとの出会いについて、今最も旬なモデルに聞いた。
「とにかく幸せな気持ちで、笑顔が止まらなかった」
WWD:「シャネル」のショーフィナーレは、会場でもSNSでも大きな話題になった。どんな気持ちだった?
アワー・オディアン(以下、アワー):フィナーレでのあの行動は自分でも思いがけないことでした。77ルックの最後に登場する順番だったので、それまで他のモデルたちがウオーキングする様子を見ていました。マチューのデビューコレクションに心から喜びを感じていたし、ずっと笑顔が止まりませんでした。
WWD:バックステージでは、マチューからどんな言葉をかけられた?
アワー:「これは君のための時間だ。楽しんで。今、自分が幸せだと感じるように動けばいい。自分が思う“瞬間”をつくるんだ」と。つまり「その瞬間を生きて」と話してくれて、それがあのフィナーレでした。私は感情を抑えられずに、とにかく幸せな気持ちと、ショーへの喜びと興奮に満ちていました。そしてこの服を着ることで、強い力強さと自由さを感じた。その思い、マチューやバックステージのみんなが感じていたことを、そのまま表現できたと思います。
WWD:マチューとは以前も仕事をする機会があったとか。
アワー:最初に会ったのは、ダニエル・リー(Daniel Lee)がクリエイティブ・ディレクターだった「ボッテガ・ヴェネタ(BOTTEGA VENETA)」で、マチューはヘッドデザイナーでした。ダニエルの後任になってからも、「シャネル」に移ってからも、抜擢してくれたことは本当にうれしかった。今回のショーは私たちの友情の輪が形になったスペシャルな瞬間だったと思います。
WWD:ショーの後、バックステージの様子は?
アワー:ショー後半にはみんな感極まっていました。フィナーレを終えた私を両手を広げて待ち構えてくれていて、みんなとハグしました。泣いて笑って、喜びの涙であふれる愛に満ちた空間でした。その雰囲気こそ、マチューが「シャネル」というメゾンにだけでなく、今のファッションシーン全体にもたらしているもの。会場でもスタンディングオベーションでマチューを賞賛して、まさに歴史的瞬間でした。
WWD:「シャネル」の長い歴史の中で、フィナーレを飾る黒人モデルは3人目だった。
アワー:クローズを務めると決まったときには、まだそのことを知りませんでした。「シャネル」は業界で最もヘリテージのあるメゾンであり、特に今回はその歴史に新たなページを刻むショー。だから、その事実を知ったときはこれまでにない緊張と責任感を感じました。でも、マチューへの信頼が支えてくれました。彼のデザイナーとして、人としての才能も人間性もよく知っているからこそ、自信が持てた。不安よりも楽しみな気持ちが高まっていました。
WWD:SNSなどで印象に残ったコメントは?
アワー:「あなたがファッション・ウイークに喜びと新風をもたらした」というコメント。正直、モデルがフィナーレでショーを盛り上げるようなパフォーマンスをすることはイレギュラーなこと。ショーとは本来、服が主役だから、モデルが目立つことは許されない。でもこんな言葉をもらって、本当にうれしかったです。これほど大きな反響があるとは思っていなかったし、誇らしい気持ちになりました。
夢は「ディオール」や「ミュウミュウ」のショーにも出ること
WWD:そもそもモデルになったきっかけは?
アワー:私は南スーダン出身で、2歳の時に家族とカナダへ難民として移住しました。教育を何より大切にしていて、大学では医療科学を専攻し、将来は医者になりたいと思っていました。そんなある日、アルバイト先の「オールドネイビー(OLD NAVY)」でセーターを畳んでいると、モデルエージェントのケリー・ストライト(Kelly Streit)に声をかけられたんです。「君は本当に美しい。きっと将来大きなことを成し遂げる」って。正直、怪しいって思いました(笑)。でも、彼の信頼が私に自信を持たせてくれた。その2年後の19歳のときに本格的に海外でモデル活動を始めました。2020年、ちょうどパンデミック直前のこと。そこからすべてが始まりました。
WWD:モデルの仕事で一番好きなことは?
アワー:一つは人との出会い。本当に情熱的で、誠実で、優しい人たちとつながれること。マチューのような存在は特別で、なかなか出会えることはないと思います。そうした人たちと関わって、話して、つながりをつくっていくことこそ、この仕事で一番好きなことです。
WWD:歩きたいショーのブランドは?
アワー:まだ経験のない「ミュウミュウ(MIU MIU)」と「ディオール(DIOR)」。特に「ミュウミュウ」はすべてのショーを見ているし、スタイリングもデザインも大好き。「ディオール」もまた、フランスを代表するビッグメゾンの一つ。その歴史の一日でも加われたらうれしいですね。