2025-26年秋冬ミラノ・ファッション・ウイーク3日目からは、ショー以外にもバッグ&シューズの展示会やイベントなど、アポイントがぎっしり。手分けをしながら約20の取材ミッションを遂行しました。
「マックスマーラ」は「英国最後のロマン主義作家」に着想
村上:本日のトップバッターは、「マックスマーラ(MAX MARA)」。今シーズン、イアン・グリフィス(Ian Griffiths)クリエイティブ・ディレクターは、英語圏では「最後のロマン主義作家」とされるブロンテ姉妹の妹、エミリー・ブロンテ(Emily Bronte)による小説「嵐が丘」にヒントを得ました。ちょっとどんな人物、どんな物語か、調べてみましょう。
エミリーと姉のシャーロット(Charlotte)は、イギリス北部ヨークシャーの荒野で暮らしていたそう。当時、文壇はまだ男性優位だったことから、2人は男性とも女性とも思える偽名を使っていました。「嵐が丘」は、2つの家で3代にわたって繰り広げられた愛憎、悲恋、復讐の小説ですが、難解だったことから当初は酷評を受けたと言います。
この段階で「マックスマーラ」らしいな、と思ったアナタは、ブランドのことをとっても良く理解しています(笑)。洋服を通した女性のエンパワーメントに心血を注ぐブランドとイアンにとって、男性同様の活躍を願い、小説発表直後は酷評されたものの後に高い評価を得たエミリー本人や、理性と愛憎や悲恋、復讐の間で揺れ動く「嵐が丘」の主人公は、まさに豊かなインスピレーション源でしょう。そこでイアンは、多種多様な素材とシルエットで作るコートを主軸に、冷静と情熱の間で揺れ動く女性像を思い描きました。
ファーストルックは、情熱的なラズベリーの1トーンコーディネート。大きなラペルとマキシ丈のチェスターコートは、ヨークシャーの厳しい自然に立ち向かう強さや理性を連想させますが、一方で今季のトレンドになりそうな起毛感のある柔らかな素材で仕上げ、包み込むような愛を感じさせます。全身同じ色の1カラーコーディネートの中で映えるのは、ウエストをマークする2連のベルトです。
肩口が大きく膨らみ裾にかけて急速にすぼまるマトンスリーブのコート、膝の脇にタックを仕込んでバナナのようなシルエットを描くパンツ、同じく無数のタックで優雅なフレアシルエットを生み出すロングスカートなど、シルエットは柔らか。一方、アイテム自体は将軍コートやマルチポケットのワークベスト、何より連発するマキシ丈でパワフル。なのにリブ編みのニットやベロア、極上のカシミヤなどソフトな素材が多いから温かみに溢れているけれど、ストイックなまでの1カラーコーディネートで規律的。と、コレクションはまさに冷静と情熱の間を行ったり来たり。そして、それが女性(というか人間)の魅力であり、そんな女性を支えたいという「マックスマーラ」の願いであることを改めて感じるコレクションでした。
「ヴァレクストラ」はソフトシェイプ際立つ
木村:「ヴァレクストラ(VALEXTRA)」は今季、ソフトなシェイプが目立ちます。“ミラノバッグ“の新作はヌバックレザーで、なめし方に改良を加えることでより柔らかさを出しました。ポーチやクロスキャリーとしても使える小柄な2WAYバッグ“モチバッグ“もよりソフトに。深みのあるブラウンとブラックなど、シックなカラーリングも特徴です。
また、ブランドの代表製品である“イジィデ“をキャンバスと捉え、世界各国の職人とコラボレーションするプロジェクトも始動するそうです。まずはインドとイタリアから。インドの刺しゅう職人が750のミラーピースをモザイク状に刺しゅうしたものや、イタリア・サルデーニャ地方のカーペット職人が花の模様を描いたものなど、“イジィデ“の付加価値を高めています。秋には日本の有田焼とのコラボレーションを予定しているそうです。
グッチオ・グッチも輩出した老舗レザーブランド「フランツィ」
木村:続いて、イタリアの老舗ラグジュアリーレザーブランド「フランツィ(FRANZI)」の展示会へ。こちらのブランドは、トランクメーカーとして1864年に創業。当時画期的な軽量レザートランクを開発し、旅行鞄業界に革命を起こします。以来イタリア以外にもギリシャやエジプト、オーストリアといった世界の王室・皇室御用達ブランドとして知られる名門です。「グッチ(GUCCI)」を創業したグッチオ・グッチ(Guccio Gucci)も「フランツィ」で修行していたのだそう。日本では昨年、日本橋髙島屋で開催したポップアップで初上陸しました。
新作は、日常使いできる大きめサイズの“ヴァージニア“バッグから柔らかな手触りのスエードが登場。グレーやスモーキーグリーン、エボニーとシックなカラーがそろいました。アイコンの“マルゲリータバッグ“は、レザーや色を自由にカスタムできるオーダーメードサービスを強みとしていますが、今回は、金色の筆跡や幾何学模様といったアートなデザインのバリエーションも加わりました。
「ブルマリン」は新デザイナーのデビューショーがなんだか下品
村上:「ブルマリン(BLUMARINE)」は、新クリエイティブ・ディレクターにデヴィッド・コーマ(David Koma)が着任。今回がデビュー・コレクションです。
「アルベルタ フェレッティ(ALBERTA FERRETTI)」がロレンツォ・セラフィニ(Lorenzo Serafini)で“イイ感じ“に進化したのに対して、コーマの「ブルマリン」はイマイチでしたねぇ……。一言で言えば、“下品“だったでしょうか?ニコラ・ブロニャーノ(Nicola Brognano)による「ブルマリン」のY2K路線を継承したかったのでしょうか?露出度高めのミニドレスやレースのトップスに、マスキュリンな将軍コートやレザーパンツを合わせるなど、今っぽい相反するものの融合でしたが、色使いや蝶々のモチーフ、大輪の花を描いたバックルのベルトやガーターのようなグラディエイターブーツ、そしてゼブラのショルダーバッグからは品格を感じることができませんでした。メイクやスカートの丈感でも、正直損をしてると思うんですよね。自身のクリエイションのベクトルにもう少しロマンティックな要素を加えれば新しい「ブルマリン」になり得たのに、方向性としては「フィリップ プレイン(PHILIPP PLEIN)」路線に切り替えちゃった気がするけれど、大丈夫かな?
「アンテプリマ」は現代アーティストの加藤泉氏とコラボ
木村:「アンテプリマ(ANTEPRIMA)」は、現代アーティストの加藤泉氏とコラボレーションしました。荻野いづみデザイナーに話を聞くと、作品だけでなく加藤氏のファッションスタイルそのものからインスピレーションを受けたと言います。結果、加藤さんが普段よく履くカーゴパンツやオーバーサイズのセーターなどが登場し、年齢や性別を問わないスタイリングに落とし込まれていました。実際にフィナーレには、コレクションを着用した加藤さんがランウエイに登場しましたが、とてもお似合いでした。グリーンやブラウン、ベージュやライトピンクといった豊かなカラーパレットが、カシミヤやベルベット、コーデュロイなど温かみのある素材にのり、それらを自由な感性でレイヤード。芸術学校に通う学生のような雰囲気も感じました。要さんはいかがでしたか?
村上:25年春夏同様、「頑張れば買える」や「買いやすい」価格も考慮に入れ、複雑なディテールや凝りまくった装飾は回避。でありながら、コレクションブランドとしての個性は失わず、バランスの良さを感じました。アートって、そのままのせちゃうと着られない一着になっちゃいそうですが、加藤さんのイラストはモヘアなどの起毛素材に合いますねぇ。温かみが増幅されていましたね。荻野さんは、「着なくなったら、切って額に入れて飾ってほしい!」と話していました。ハサミを入れる勇気は持てそうにないので(苦笑)、大事に着たいと思います。
独自の視点で問題提起する「プラダ」
村上:お次は、「プラダ(PRADA)」ですね。今シーズンも、新しいフェミニニティーの提示で他とは違うコレクションを見せてくれました。詳細は、木村さんが書いた記事でチェックしてください。
「ホーガン」はミラノの街並みに着想 都会の若者にぴったりな新作シューズ
木村:トッズ グループ傘下の「ホーガン(HOGAN)」は2023年に日本に再上陸しました。日本ではスニーカーがメインですが、イタリアではウエアも販売。トータルルックを踏まえて見ると、シューズの可愛さが一層引き立ちます。新作は、歴史的建造物が立ち並ぶミラノの街の風景が着想源。エレガンスとリラックスした気分を素材やカラーで表現しています。
スリムフィットのスニーカー“オリンピア“は、スエードやホワイト、シルバーレザーでシックな印象。ローファーやシアリングのバレーリーナシューズなど、ミラノの都市で生活する若者達の必需品のようなアイテムがそろいます。バッグはデイリー使いできる大容量のトートバッグ。こちらもカーフスキンやスエード、ポニースキンなどで温かみと洗練さを兼ね備えています。
「エンポリオ アルマーニ」はマスキュリン×フェミニン
木村:お次は「エンポリオ アルマーニ(EMPORIO ARMANI)」のショーへ。深みのあるベルベッドやウォッシュドウールなどリッチな生地感やシルクサテンの光沢感など、いつもの「エンポリオ アルマーニ」のエレガンスはそのまま。今回はファスナーをあしらったパンツにブーツの合わせ、フィールドジャケットを思わせるミリタリー調のベージュのロングコートなど、無骨な印象も加わりました。
リリースには「アルマーニの美学を最も象徴するのは、マスキュリンとフェミニンのバランス」と記されています。白シャツにベロアのネクタイと同素材のパンツスーツ、ポケットに片手を入れて歩くモデルのルックは、まさにその美学を象徴していると思いました。ショート丈のテーラードベストにラッフルをほどこしたスカートのルックも個人的にはツボでした。
後半は、トランプのモチーフがキーに。コレクションタイトルの「ALL IN」(ポーカー用語)は、ここに通じるものだったのですね。テーラードスーツのポケットからはトランプがのぞき、ハートを形どったトップスなどで遊び心を取り入れました。それにしても、100体近いルックの登場には、アルマーニさんのパワーを感じましたね。
「ファビアナ フィリッピ」の変身に未だ違和感
村上:私は、「ファビアナ フィリッピ(FABIANA FILIPPI)」へ。ルチア・デ・ヴィート(Lucia De Vito)をブランド初のクリエイティブ・ディレクターに任命して2年が過ぎようとしていますが、少なくともコレクションライン(ファッション・ウイークで発表するステートメントピースのこと)は、いまだ長年の顧客との乖離が大きそうで、どう咀嚼したら良いのか判断に迷っています。洋服は、美しいんです。ボタンもラペルも潔く取り払ったコンパクト丈のレザージャケットや、ピークドラペルの男前なチェスターコートなどと同系色のジャケット&パンツのコーディネートは、シャープでクリーン、ミニマルでモードではあります。ただ、この路線を多くのファンが望んでいるのかな?価格帯がアップしたので「ジル サンダー(JIL SANDER)」や「ザ・ロウ(THE ROW)」などが競合になりそうだけど、勝てるだけの独自の魅力があるのか?そして、それが「ファビアナ フィリッピ」という地域に密着するクラフツマンシップのブランドとして正しいリブランディングなのか?と問われると、私は懐疑的です。
もちろん、従前のスタイルでは「ブルネロ クチネリ(BRUNELLO CUCINELLI)」と差別化しきれないから、変わりたい・変わらなきゃいけないのは理解できるのですが……。どうしても大きな帽子が気になってしまうコンセプチュアルな見せ方含めて、もう少し肩の力を抜いても良いのかな?
「MM6」は「拡大と縮小」 マルタン・マルジェラの意志を継承
村上:私は「MM6 メゾン マルジェラ(MM6 MAISON MARGIELA)」のショー会場へ。
こちらのリンクで正面からの写真を紹介していますが、今回の「MM6」は、背面を見ないとコレクションの全貌が分かりません(苦笑)。ということで、私が撮影した動画をいくつか紹介しましょう。最初は「モデルがやたらと向きを変えて視線を送ってくるなぁ」と思っていたのですが、ちゃんと意味があったんです(笑)。
今シーズンは、「拡大と縮小」がキーワードです。アイテムはベーシック。トレンチコートやテーラードジャケット、スエード素材だけどTシャツ、そしてポロシャツなど、本当にフツーです。でも正面から見ても少し不思議なシルエットですよね?これは、背中の中央に別の生地を挟んでいるから。例えばスタンドカラーのウールコートなら、背面の中央にシルクサテンの生地をインサート。リブニットカーディガンには、後ろで別のニットをプラスします。トレンチコートも、同じギャバジンを使いつつ、背面ではドレープを寄せています。まずはこうして別の生地を挟むことで「拡大」しているんですね。「マルジェラ」らしい、脱構築的なアプローチです。同じようなアイデアは、背面のみならず、身頃の左右でも散見されます。
またパワーショルダーからストンと落ちるシルエットにしたり、中綿を詰めたりすることでも、アイテムを「拡大」しています。
一方の「縮小」は、細くて長いシルエットはもちろん、オーガンジーのような生地の中に別の洋服を無理やり詰め込んで表現しました。トレンチコートやシャツドレスは、シワクチャです(笑)。また、「拡大」とは反対に、背中の中央の生地を身頃の外に出すことで強制的に細くて長いシルエットを作る工夫もあります。
「縮小」のアイデアがウエアラブルか?と問われたら「No」かもしれませんが、ジョン・ガリアーノ(John Galliano)によって「メゾン マルジェラ(MAISON MARGIELA)」が変容した結果、「MM6」は創業したマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)のクリエイティビティを一番強く継承するようになりました。「メゾン マルジェラ」のトップにグレン・マーティンス(Glenn Martens)が就任したら、どうなるのかな?そう言えば、会場にはグレンの姿がありました。
新たな才能を発掘し続けてきたセレクト「ビッフィ」が日本にフォーカス
木村:ミラノの名物セレクトショップ「ビッフィ(BIFFI)」が、日本のクリエーションやクラフツマンシップに着目した、“VOYAGE TO JAPAN”と題したイベントを開催すると聞きつけ、ショーの合間をぬってお邪魔してきました。企画は、「ビッフィ」でも10年以上前から取り扱われている「有松鳴海絞り」の「スズサン(SUZUSAN)」の村瀬弘行CEOと、「ビッフィ」ディレクターのカルラ・チェルダ・ビッフィ(Carla Cereda Biffi)さんのアイデアから始まったそう。
店内では「スズサン」のほか、「アンリアレイジ(ANREALAGE)」ほか、カルラさんが感銘を受けたという日本の伝統工芸ブランド8つがフィーチャーされました。カルラさんは、「日本の職人は深い知識と素晴らしい技術、新しい視点を持っている。こうした場所で、特に若い才能を紹介していくことに意義を案じている」とコメント。
日本の職人技が生み出した作品が「ジャックムス(JACQUEMUS)」のバッグと並んでいるのを見ると、日本の伝統工芸とファッションの親和性が強く感じられます。ケータリングのからあげと太巻きに束の間の幸せを覚えつつ、次のショー会場に急ぎました。
「セラピアン」は控えめに輝くモノトーンのバッグ
村上:「セラピアン(SERAPIAN)」は今回、モノトーンの世界でイヴニングにもピッタリのクラッチサイズのバッグを発表しました。編みこむレザーの端に小さなメタルボールをあしらい、キラッと瞬きます。夜は仮面パーティーで盛り上がったそうです(笑)。
ついに長年のファンにも売れそう!な「エトロ」
木村:「エトロ(ETRO)」は、今季メンズも交えたコー・エドショーを開催しました。マルコ・デ・ヴィンチェンツォ(Marco De Vincenzo)が手掛ける「エトロ」は、いい方向に若々しさを取り入れてきていると感じていますが、課題は既存の顧客も着られるウエアの提案ですね。今回のコレクションは、すごくバランスが取れていたと思います。
マルコは今季、地球上に初めて生命が誕生した時代に思いを馳せます。大切にしたのは、思わず触れたくなるような生地のテクスチャーや、生命の誕生に欠かせない風や水をイメージした生地の軽やかなフロー。ボリュームのあるファーはキー素材で、コートや大きなロシアン帽のようなアイテムに用いました。シボ感のあるレザーは、コートやミニスカートに。
特に「いいな」と思ったのは、古代エジプト時代の神様とペイズリーを組み合わせたオリジナルプリントのスカーフ付きブラウス類。幻想的な世界観で「エトロ」らしさもありながら、スタイリングで新鮮さも感じました。
アクセサリーの提案も豊富でした。10万円台の新作クラッチバッグや乗馬のサドルをイメージしたショルダーバッグが、メンズにもウィメンズにも登場しました。セーターに描いたボタニカルアートは、韓国の気鋭アーティスト、マリア•ジョンによるもの。植物と人間の関係性をテーマにした作風と、ポップさのあるタッチが今の「エトロ」にマッチしていました。要さんの評価はいかがでしたか?
村上:「生地オタクであるがゆえ」だと思うんですが、マルコは生地をたくさん使いたいから、ロングドレスの提案が多かったんですよね。もちろん素敵なんだけれど、色や柄が鮮やかだから「どこに着ていけばいいのかな?」と迷う人も多かったと思うんです。そして、特にIラインのドレスは、長年のファンの皆さんには正直難しい。上下セパレートのアイテム開発や打ち出しが急務でした。今回は、そんな課題を見事にクリア。新しいペイズリーは、長年のファンにとって、新たに買う理由になりそうですね。