ADIDAS(アディダス)のニュース・ライン・デザイナーなどの紹介

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■ADIDAS(アディダス)のはじまり

1949年8月18日、49歳のアディ・ダスラー(Adi Dassler)がドイツのヘルツォーゲンアウラッハで「アディ・ダスラー・アディダス・スポーツシューファブリーク(Adi Dassler adidas Sportschuhfabrik)」を設立。47人の従業員と共に事業を開始し、シグニチャーとなる“スリーストライプス”を生み出す。その後、倒産寸前にまで追い込まれるも「アディダス」や「アディダス オリジナルス(ADIDAS ORIGINALS)」を立ち上げ、数々の人気シューズモデルの発売で世界的スポーツブランドに成長する。

■ADIDAS(アディダス)の歴史

1949年8月18日、49歳のアディ・ダスラー(Adi Dassler)がドイツのヘルツォーゲンアウラッハで「アディ・ダスラー・アディダス・スポーツシューファブリーク(Adi Dassler adidas Sportschuhfabrik)」を設立。47人の従業員と共に、事業を開始。さらに同年、3本線デザインの“スリーストライプス”を含むシューズを商標登録。67年、「アディダス」初のアパレルとして、ドイツの元サッカー選手フランツ・ベッケンバウアー(Franz Beckenbauer)のトラックスーツを発表。70年、FIFAワールドカップで公式球“テルスター(TELSTAR)”が採用される。72年、新しいカンパニーロゴに“トレフォイルロゴ(三つ葉のモチーフ)”を発表(〜95年)。
78年9月、アディが死去(77歳)。84年、“マイクロペーサー(Micropacer)を発表。89年、株式会社になる。90年、創業者が株式を売却。新たな経営者のもと再建を図り、95年に上場した。97年、仏スポーツメーカー、サロモン・グループ(Salomon Group)を買収し、アウトドアの「サロモン(SALOMON)」、ゴルフの「テーラーメイド(TAYLORMADE)」、サイクリングの「マヴィック(MAVIC)」、スノースポーツの「ボンファイヤー(BONFIRE)」を傘下に入れる。98年、日本法人を設立。99年、日本サッカー協会とサプライヤー契約を締結。2001年、セールスディレクターを務めたハーバート・ハイナー(Herbert Hainer)氏がCEOに就任。「アディダス オリジナルス(ADIDAS ORIGINALS)」を発表。同年にはデザイナーの山本耀司、04年にはステラ・マッカートニー(Stella McCartney)との協業をスタート。また同じ04年、ブランド史に残るキャンペーン「Impossible Is Nothing」(「不可能」なんて、ありえない。)を展開。
06年、「テーラーメイド」を除くサロモンのグループブランドをアメアスポーツ(Amer Sports)に売却。「リーボック(REEBOK)」「ロックポート(ROCKPORT)」「リーボックCCM ホッケー(REEBOK-CCM HOCKEY)」を買収。08年、ハイレ・ゲブレセラシエ(Haile Gebrselassie)が“アディゼロ ジャパン(adizero Japan)”初代モデルと共に、ベルリンマラソンで新たな男子マラソン世界記録を樹立。11年、アウトドアの「ファイブテン(FIVE TEN)」を買収。13年、ドイツの化学大手、BASFとの協業で開発した新素材を使用したランニングシューズ“エナジーブースト(ENERGY BOOST)”を発売。10月、スノーボード・コレクション「アディダス スノーボーディング(ADIDAS SNOWBOARDING)」を発売。
15年1月、ミッドソールにBOOSTフォームを100%使用したランニングシューズ“ウルトラブースト(ULTRABOOST)”を発売。2月、カニエ・ウエスト(Kanye West)との協業をスタート。「ロックポート」を売却。9月、試合前後のアスリートをサポートする新カテゴリー「アディダス アスレチクス(ADIDAS ATHLETICS)」を立ち上げ。10月、CEOにカスパー・ローステッド(Kasper Rorsted)=ヘンケル(Henkel Ag&Co.)CEOが就任。12月、初めて3D技術を搭載したシューズ“スリーディー ランナー(3D RUNNER)”を発売。
17年4月、カーボン(Carbon)社とのパートナーシップを発表し、デジタルライト合成テクノロジーを活用して開発した“アディダス 4D(ADIDAS 4D)”を披露。5月、「テーラーメイド」「アダムスゴルフ(ADAMS GOLF)」「アシュワース(ASHWORTH)」を売却。10月、国内初のシューズ開発施設「アディダス フットウェアラボ(ADIDAS FOOTWEAR LAB)」を神戸にオープン。18年、「アディダス オリジナルス」は元プロテニス選手のスタン・スミス(Stan Smith)と終身契約を締結。19年4月、「アディダス」がビヨンセ(Beyonce)と提携し、自身のブランド「アイビーパーク(IVY PARK)」を刷新。同時期に、100%リサイクル可能なランニングシューズ“フューチャークラフト.ループ(FUTURECRAFT.LOOP)”を発表。11月、「プラダ(PRADA)」と長期的な協業を発表。国際宇宙ステーション米国国立研究所とパートナーシップを締結。スポーツブランドでは初となる宇宙空間でのシューズテクノロジーのテストを実施。20年5月、サンフランシスコ発フットウエアブランド「オールバーズ(ALLBIRDS)」と二酸化炭素排出削減に向けたプロジェクトを発表。
21年、04年に発表したキャンペーン「Impossible Is Nothing」を現代的に再解釈し発表。22年秋冬シーズンには、新レーベル「アディダス スポーツウェア(ADIDAS SPORTSWEAR)」を立ち上げ、6月「スポーツウェア カプセルコレクション」を発表。23年1月付で、新CEOにプーマ(PUMA)のビョルン・グルデン(Bjorn Gulden)CEOが着任する。

■ADIDAS(アディダス)の主な派生ブランド・ラインなど

「アディダス オリジナルス」:

2001年に誕生したストリートスポーツウエアブランド。1972〜95年までアディダスのカンパニーロゴだった“トレフォイルロゴ(三つ葉のモチーフ)”をシグニチャーに採用した。代表アイテムは、“スタンスミス”や“スーパースター(Superstar)”“フォーラム(Forum)”“サンバ(Samba)”“NMD”など。NIGO®やファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)、ビヨンセ、「プラダ」「グッチ(GUCCI)」「バレンシアガ(BALENCIAGA)」「パレス スケートボード(PALACE SKATEBOARDS)」などとコラボ。

「ワイスリー(Y-3)」:

2002年にスタート。山本耀司をクリエイティブ・ディレクターに迎えたスポーツファッションブランド。13年には初の香水「ブラック レーベル」をリリース。16年、ヴァージン・グループの宇宙旅行ビジネス会社、ヴァージン・ギャラクティック(Virgin Galactic)と提携し、民間宇宙旅行用アパレルを開発。4月、パフォーマンスウエアライン「ワイスリースポーツ(Y-3 SPORT)」を発売。22年にはブランド設立20周年を迎えた。

「アディダス バイ ステラ・マッカートニー」:

2004年のブランドスタート以来、「アディダス」のテクノロジーと、ステラ・マッカートニーならではの環境にも優しいサステナブルな志向を組み合わせた女性向けスポーツブランド。

「イージー(YEEZY)」:

カニエ・ウエスト改めイェ(Ye)との協業ライン。15-16年秋冬NYコレで初お披露目。22年10月、イェとのパートナーシップを解消し、事業を終了。

■ADIDAS(アディダス)成長の要となった代表デザインやアイテム

“スリーストライプス”:

シューズやトラックスーツのサイドにある、いわゆる三本線でブランドを象徴するデザイン。もともとは、アッパーの補強用に施された機能だった。1948年に創設者のダスラーが社名とともに商標登録。シューズやウエアなどさまざまなアイテムに配されるシグニチャー。

“マイクロペーサー”:

1984年に登場したハイテク・ランニングシューズ。左足甲にはマイクロコンピューターと液晶ディスプレーが埋め込まれ、歩数計やストップウオッチの機能を内蔵。14年に誕生30周年を記念し、復刻モデルを発売。

“スタンスミス”:

伝説的テニスプレイヤーであるスタン・スミスの名を冠し、1971年に誕生した、「アディダス オリジナルス」のアイコニックシューズ。前身モデルは65年に、仏プロテニス選手、ロバート・ハイレット(Robert Haillet)のシグニチャーモデル“ハイレット”。ハイレット引退後、当時人気絶頂だったスター選手、スタン・スミスをプロモーションパートナーに選出し、“ハイレット”にスミスの顔のイラストを施してアップデート。71年、モデル名を“スタンスミス”にあらためた。11年には、「セリーヌ(CELINE)」クリエイティブ・ディレクターだったフィービー・ファイロ(Phoebe Philo)がブランドのショーで“スタンスミス”を着用したことから、あらためて注目が集まった。21年からはリサイクル素材を採用。

“スーパースター”:

1969年にバスケットボールシューズとしてコートデビュー。通称“金ベロ”と呼ばれる金色のシュータンとつま先部分の貝殻状のラバーキャップ“シェルトゥ(Shell Toe)が特徴。当時はフランスのファクトリー「アトリエ・エシュン(ATELIERS HESCHUNG)」が製造。86年、米ヒップホップグループ、RUN-D.M.C.が「マイアディダス(My Adidas)」という楽曲をリリースした際、“スーパースター”を履き、世界中で話題に。2000年代には、「ネイバーフッド(NEIGHBORHOOD)」や「ハイク(HYKE)」「ア ベイシング エイプ®(A BATHING APE®)」とのコラボ、NIGO®や倉石一樹によるディレクションなど、東京発のモデルを多数発表。

“キャンパス(Campus)”:

1970年代に誕生したバスケットボールシューズから、83年に名前が“キャンパス”に変更。レザーライニングを施したスエードのアッパーとラバーのアウトソールが特徴。カレッジカラーを使ったストリートシューズとしてブレイクするも、88年ごろに生産中止。90年前半にスペシャルエディションで復活。2005年にスエードやレザーを施した“キャンパス II”を、07年に1980年代半ばの製法を用いた“キャンパス 80s”を発売する。ファッションからサブカルチャーまで、あらゆるシーンで支持されてきたアイコンシューズ。

“アディゼロ”シリーズ:

本格レース用のシューズモデル。“アディゼロ”のストーリーは、2008年9月28日にベルリンマラソンにハイレ・ゲブレセラシエが“アディゼロ”を履いて出場したことから始まった。彼は自身が持つマラソンの世界記録を更新し、2時間4分の壁を破った初めての選手となっただけでなく、“アディゼロ ジャパン”を世界中に知らしめた。その日から十数年、“アディゼロ”シリーズはアスリートと共に4度も世界記録を更新し、時代を席巻。

“ウルトラブースト”:

15年に誕生した最新テクノロジーを搭載したランニングシューズ。衝撃吸収性と反発力を兼ね備えた独自の素材“ブーストフォーム”、プライムニットアッパー、ストレッチウェブアウトソールを特徴とする。18年、ランナー4000人と共同開発の“ウルトラブースト ナインティーン(ULTRABOOST 19)”を発売。19年に刷新。

■公式サイト

https://adidas.jp/

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