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スニーカーブーム沈静化どこ吹く風 スイス発「オン」、急成長支えるイノベーション

PROFILE: オリヴィエ・ベルンハルド オン共同創業者兼執行役員

オリヴィエ・ベルンハルド  オン共同創業者兼執行役員
PROFILE: 1968年生まれ、スイス出身。オンの創業者3人のうちの1人。創業前はプロトライアスロン・デュアスロン選手で、1993〜2005年の間に世界選手権を3回、欧州選手権を1回、スイス選手権を15回制した。現在は、選手経験を生かした製品開発やブランドのコンセプトメーキングを主に担当している。背景のカーテンはオン ジャパンのある横浜・みなとみらいの風景が描かれており、各国で同様のオリジナルグラフィックを作っているのだという PHOTO:SUGURU TANAKA

「オン(ON)」のシューズを街で見掛ける機会が激増している。産業としてスポーツメーカーが盛んではないスイスで2010年に創業し、21年には米ニューヨーク証券取引所に上場。レアスニーカーブームが沈静化してナイキ、アディダスが苦しむ中、23年の売上高は前年比46.6%増の17億9210万スイスフラン(約3028億円)、純利益は同37.9%増の7960万スイスフラン(約134億円)で、26年には売上高35億5000万スイスフラン(約5999億円)を目指す。新勢力として成長街道を快走するが、何が短期間での躍進を可能にしているのか。来日した共同創業者の1人、オリヴィエ・ベルンハルド(Olivier Bernhard)に聞いた。(この記事は「WWDJAPAN」2024年4月22日号からの抜粋です)

WWDJAPAN(以下、WWD):創業前はプロのトライアスロン・デュアスロン選手だった。そこからオンを立ち上げた経緯は。

オリヴィエ・ベルンハルド オン 共同創業者兼執行役員(以下、ベルンハルド):5歳からレースに参加し、走ることや限界に挑戦することに喜びを感じていた。しかし、徐々に子どものころに感じた走る喜びが感じられなくなっていった。シューズには足をケガから守ることも求められるが、足を制約するのでなく、むしろ余裕を与えてパフォーマンスを高めていくような新しいランニング感覚のシューズを作れないか。そう有力スポーツメーカー数社に相談し、一緒に開発したいと伝えたら「開発チームは既にいる」と断られた。ならば自分でやるしかないと思ったのが、オン立ち上げの経緯だ。

WWD:最初の試作品では、ゴムホースを切って並べてソールにしたと聞く。雲の上を走る感覚を打ち出す、特許を持つ衝撃吸収構造“クラウドテック”に通ずるものだ。

ベルンハルド:砂や雪の上を走るときのような、滑らかな着地感覚を得たいと考えた。同時に、砂の上を走るとエネルギーが吸収されてしまい足が疲れるため、反発も得たい。ゴムホースは圧力をかけると平らになって、反発して形が元に戻るため、滑らかさと反発が両立できる。考え方はシンプルで、だからこそ他メーカーは考えなかったのかもしれない。しかし、例えばiPhoneもそうであるように、一見シンプルなものこそ実は非常に複雑な技術を要している。

時価総額は106億米ドル(約1兆6218万円)

WWD:製品開発で重視するのは。

ベルンハルド:常に心掛けているのは、(タウンユース用などでなく)まずパフォーマンス製品から開発すること。リサーチを重ねてデータを集め、新しい考え方を持ち込みイノベーションを起こす。例えばテニスシューズは(スイス出身でグランドスラム達成者の)ロジャー・フェデラー(Roger Federer)と組み開発した。ロジャーが履けるならパフォーマンスの信頼性を担保でき、消費者にとっても有益。当社の全てはイノベーションから始まる。それはサステナビリティ領域でも同様だ。

WWD:サステナビリティ領域では、循環型シューズのサブスクリプションサービス“サイクロン”を22年に本格開始した。

ベルンハルド:シューズを所有しないという考え方であり、パラダイムシフトだ。買わなければいけない、捨てなければいけないという考えを捨ててほしい。ただ、パラダイムシフトは簡単ではない。消費者に行動変容を促していく必要があるが、動画配信のサブスクサービス「ネットフリックス」が示すように、それは可能だと思っている。

WWD:創業からたった15年弱で、「ナイキ(NIKE)」「アディダス(ADIDAS)」と共に並べられるブランドになった。何がそれを可能にしたのか。

ベルンハルド:創業時、共同創業者の2人に「既に市場にはたくさんのランニングシューズがあり、これ以上は必要ない」と言われたが、ランニング感覚が従来とは違うシューズなら、消費者は求めるはずと説得した。今までなかった新しいものを生み出すイノベーションこそ、われわれの成長の源泉。あらゆる面で先駆的でありたい。

スニーカーは「これまでの売り方が古くなっただけ」

WWD:イノベーションを生み出す組織をどのように作っているのか。

ベルンハルド:私自身がアスリートであることも大きい。立ち上げ当初は知識もなかったが、自身も被験者となって、ラボでさまざまなテストを重ねてきた。早期から優れた研究者を集め、ランニングだけでなく、それ以外のスポーツにも応用できるチームを作った。今グローバルで約3000人の社員がいて、うち製品開発に関わる部門は350人ほど。チューリッヒにラボがあり、生産国のベトナムにも開発チームのメンバーがいる。会社としては、スポーツやアパレルの業界外から積極的に人を採用してきた。業界内から雇うと、過去の経験以上になりにくい。スイスにはランニングシューズメーカーの歴史がなく、だからこそ業界外から人を雇い、新鮮な考え方を持ち込む必要もあった。外部からの目線で自問自答を繰り返している。具体的には、テスラ、グーグル、レッドブル、アップルなどから来た社員もいる。

オンは非常に風通しがよくてユニークな組織だ。一番大切なものはチーム。社員皆が成長できる機会を提供しているし、自分の意見を自由に語っていい、それぞれの夢も聞きたい。そのような強いカルチャーがある。アスリートから製品改善のフィードバックを集めるように、社員のアイデアにも耳を傾ける。私も会社も挑戦することや難しいことが大好き。嵐の日の登山は晴れた日よりも難しいが、登頂した時の喜びはひとしお。チームメンバーも一緒に登っていたなら、皆で祝うことができる。

WWD:ナイキ、アディダスなど、欧米の大手スポーツ企業は直近は苦戦が目立つ。

ベルンハルド:それは何度も五輪でメダルを取ってきた選手について、なぜ今活躍していないのかと分析するようなものだ。われわれはまだ小型のスピードボートゆえ、小回りがきくが、大企業は何かあっても方向転換が難しい。ただ、イノベーションがややおざなりになっていた面はあるのでは。ブームが去り、スニーカー市場は飽和したといった報道も見るが、そうは思わない。これまでの売り方が古くなっただけだろう。大手スポーツブランドは競合ではあるものの、ライバルではない。例えばマラソンをする時、自分の周囲を走る選手からは学びがあるし、敬意を払う。大きなブランドに勝てたらうれしいが、歴史のある彼らから学ぶことは多い。

プレミアムスポーツブランドで首位目指す

WWD:さらなる成長への課題は何か。

ベルンハルド:プレミアムスポーツブランドで首位となるためには、クオリティー、パフォーマンス、サステナビリティとあらゆるものが求められる。急ピッチで伸びているため、成長痛はある。最大の課題は人材面。有能でカルチャーをさらに育んでくれる人、結果を出してくれる人を過去も今も探し続けている。イノベーションを続けるなら向こう5年は前年比3〜4割増で伸び続けると個人的には思うが、課題は続く。

WWD:スポーツブランドとファッションブランドの協業も引き続き盛んだ。

ベルンハルド:やり過ぎはよくないが、コラボレーションはそれぞれのブランドのコミュニティーをつなぐことができる。継続している「ロエベ(LOEWE)」との協業は、ハイエンドファッションとハイエンドパフォーマンスの組み合わせであり、理にかなっている。協業により、高品質や大胆なイノベーションを目指している。


サブスクで進める循環型プログラム“サイクロン”

アディダスやアシックスなど循環型スニーカーを開発する企業は増えているが、「オン」はトウゴマ種子由来の素材を主に使ったシューズ“クラウドネオ”を、月額3380円のサブスクリプションで提供している点がユニーク。定期的に走るランナーのシューズは相応に摩耗し、買い替える必要があるが、同シューズは600㎞を走れる設計で、これはシリアスランナーが3〜6カ月で走る距離に相当するという。履き古したら(または6カ月経過したら)新シューズをリクエストし、古いシューズは返却。返却後のシューズは再生可能パーツを粉砕し、新シューズや同素材のTシャツ“サイクロン-T”の原料とする。6カ月で交換した場合、1足あたりの価格は2万280円で、「オン」の他製品とほぼ同等、もしくは少し割高という設定だ。

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