
2026年春夏パリ・ファッション・ウイークが、9月29日から10月7日まで開催され、100を超えるブランドが公式スケジュールで新作コレクションを披露しました。10年に1度あるか無いかと言われるほど変化のシーズンだった今季は、新たに就任したデザイナーによるデビューショーが話題をさらいましたが、それだけでなく見応えのあるコレクションも多数。現地取材を担当した村上要編集長と藪野淳欧州通信員が厳選したブランドを3回に分けて紹介します。
第1回は、9月29日から10月1日までのハイライトをお届け。ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)による新生「ディオール(DIOR)」や初の春夏ウィメンズショーとなるジュリアン・クロスナー(Julian Klausner)による「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」などは別途リポートしているので、こちらもぜひチェックしてください!
◼️ジョナサン・アンダーソンの「ディオール」ウィメンズはメンズとの共通点多数 破壊的革新を目指す勇気を表明【26年春夏 新デザイナーの初コレクションVol.7】
◼️新生「ディオール」のバッグ&シューズ40連発 リボンがポイントの新作からアーカイブに着想したデザインまで【26年春夏 新デザイナーの初コレクションVol.8】
◼️「ドリス ヴァン ノッテン」に見る継承の成功例 初の春夏ウィメンズは鮮やかな色柄と装飾で描く楽観的ムード
◼️パリコレで障がい者が“普通の存在になりつつあるという「特別」” 2つのショーで異才が活躍
全てが主役!「サンローラン」は、
衝突に近い共演で相反する美学を融合
村上:「サンローラン(SAINT LAURENT)」は、いろんなものがとにかくデカくて大胆!アンソニー・ヴァカレロ(Anthony Vaccarello)は、誇張に近い大胆さで美の形の多様性を訴えました。コレクションは、まずボウ(リボン)のディテールがデカいブラウスでスタート。ボウはもはや「ディテール」ではなく、完全なる「主役」です。そこに合わせたレザーのバイカーズジャケットなども、オーバーサイズだったり、ラペルが主張していたり、ツヤっぽいガラスレザーだったりで、いずれも主役級。フェミニンなブラウスとマスキュリンなレザージャケットは、もはや衝突に近い共演をすることで相反する美学を包括する価値観を説きました。
中盤以降は、26年春夏メンズでも登場した、エアリーなペーパーナイロンを連打。メンズ同様、鮮やかな色に染めて軽やかなトップスを打ち出しますが、肩パッドをしっかり入れて、構築的なシルエットと流動的な素材のコントラストを追求します。フィナーレはフリルやラッフルが盛りだくさんのペーパーナイロン製マキシドレスのオンパレード。フリルやラッフルは大きい上にカスケード(滝)のように連ね、軽やかな素材だからこそトレーンもたっぷり。もはや裾は、歩き続ければ凧のように中空に浮き続けます(笑)。ボリュームも、ディテールも過剰。ついでにいえば、サングラスやバロック調のイヤリングもデカい!バックステージの写真は、画角からはみ出そうなほどです。
映画というカルチャーと密接につながる「サンローラン」のショー会場は、エッフェル塔を望むトロカデロ広場の一番下でシアトリックなほどに幻想的。会場にはアジサイの花で「YSL」の文字を描いたといいます。ゲストは、ブラックピンクのROSEだったんですけれどね(笑)。
涼やかな「マメ クロゴウチ」は
パーソナルな記憶と和ガラスの世界を融合
藪野:デビューから15年を迎えた今季は、「リフレクション(内省)」をテーマに黒河内真衣子デザイナーの原風景に立ち返り、「今でもかけがえのないもの」だという故郷・長野にある祖父母の家で過ごした時間を再訪。春に溶けゆく氷や雪、すりガラスの窓越しに見た霞んだ景色、気だるい夏に家で食べたかき氷といったノスタルジックな記憶と、時代とともに発展した和ガラスの世界を融合し、実に涼やかなコレクションを見せてくれました。
今季の中心となるのは、シアーなアイテムのレイヤードです。祖父が亡くなった後もずっとハンガーにかけられていたジャケットから着想したスパークナイロンウール製の繊細なテーラリングをはじめ、今はもう製造できない星や草花の模様が入った昭和型板ガラスからヒントを得た薄いジャカードジャージードレスやニット、和ガラスの質感を映し出すマーブルプリントのアイテム、桐生で織り京都でオーロラ色に染め上げたという日本の職人技術を生かした三層織りのセットアップなどがそろいます。素材は透明感のあるきらめきが印象的。色も淡くはかないトーンがカギでしたが、それは朝焼けや夕暮れのようでもあり、和ガラスに見られる独特の色合いとも重なります。
洗いやニュアンス、バイアス使い…‥
「ランバン」はベテランならではの小技光る
村上:ピーター・コッピング(Peter Copping)による2シーズン目の「ランバン(LANVIN)」は、引き続き創業デザイナーのジャンヌ・ランバン(Jeanne Lanvin)が活躍した1920年代のムードを描きます。ドレスはローウエスト。女性をコルセットから解放したシルエットですが、時にはそこに太いベルトをあしらってウエストマークするのは、自由な時代になったことを象徴するようです。
ウィメンズは、時にはバイアスに裁った布をたっぷり使い、大胆なスリットを何本も入れたり、フリンジで飾ったり、洗いをかけたりで流動性や柔らかさを増したドレスがハイライト。生地を摘んだり、手繰り寄せたりでドレープの効いたアシンメトリーのシルエットを描くあたりは、ベテランのピーターのなせる技でしょう。こういう小技、前の「ランバン」にはありませんでしたよね。
グレーが混じったようなブルー、ごくごく淡いエクリュ、メンズならライトグレーなどの淡い色彩も、ベテランならではの懐の深さを感じさせました。そこに鮮やかな色や幾何学模様を掛け合わせることで、早くもブランドの再定義から拡張へと向かっている様子も見てとれます。アクセサリーも、ステッチを入れたり、曲線やフリンジでニュアンスを加えたりと、着実にレベルアップしています。でも正直、ブルーの背景は少しソンしているかも。推し色ではあるのですが、写真のように切り取ってしまうとコントラストがキツく見えて、柔らかなニュアンスが浮き出てこない印象です。
テーマの多彩な解釈に脱帽の「クレージュ」
藪野:「クレージュ(COURREGES)」から招待状として届いたのは、黒のサングラス。ニコラス・デ・フェリーチェ(Nicolas Di Felice)は今季、太陽の上昇に着目し、気温の変化をデザインに落とし込みました。ショーは、気温が徐々に上がっていく様子を語る声と共にスタート。眩しいくらいに明るい空間で提案するルックは、涼しげな水色や青から、黒や茶、白などを挟み、やがてライトオレンジや砂漠のようなベージュ、光のような透明へと変わっていきます。また服のカッティングも同様で、序盤のシャープで直線的なシルエットは、ロング丈の前だけを切り取ったようなデザインや、垂れるドレープや細いベルトが描く柔らかなラインへと変化していきます。
それだけではなく、「太陽の上昇」というテーマから広がるニコラスのアイデアは、実に多彩。ショーだけでは、全てはキャッチしきれなかったのですが、展示会でムードボードやディテールを見ると、なるほどなぁ〜と納得します。例えば、顔までを隠すパネルを前面に配したドレスは、自動車用サンシェードの形から着想。黒地に白の定番チェックは、太陽光発電のパネルからヒントを得て比率をアレンジしています。アクセサリーも、炎天下で溶け出していくかのようにバッグのショルダーストラップは伸び、バングルは徐々に形状が変化。脱ぎかけのようなトップスやファスナーによって着こなしを変えられるレザージャケットなど、これまでに用いてきたデザインも今季のテーマに合わせて応用していました。
アーカイブを起点に現代的な感性でミニマルなスタイルを作り上げるアプローチは一貫しているのですが、その想像力の豊かさやショーでの表現方法には毎回驚かされます。
10周年を迎えた「セシリー バンセン」
リズミカルに弾む裾から感じる“ジョイ”
藪野:「セシリー バンセン(CECILIE BAHNSEN)」は今年、ブランド設立10周年を迎えました。8月に故郷デンマークのコペンハーゲンで行った記念ショーから続くかのように、今回のショーは真っ白なルックからスタート。次第に色づき、最後は鮮やかな赤やマゼンタのドレスがランウエイを彩ります。
スタイルは、今季もシグネチャーのフェミニンでロマンチックな世界観と、ドローコードやアノラックといったアウトドア的要素をミックス。花のモチーフをカットワークや刺しゅうなどでクラフトを取り入れた、ボリュームたっぷりのドレスやスカートがそろいます。そして、服の下に取り付けられた左胸のLEDライトは鼓動するように光り、ボーンを入れて作った構築的なペプラムや裾はモデルの動きに合わせてリズミカルにバウンス。その姿に今シーズン全体のキーワードの一つになりそうな「ジョイ(喜び)」や生き生きとしたエネルギーを感じました。
また、3回目となる「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」とのコラボでは、ベストに変形するジャケットやショーツにもなるパンツ、リップストップ素材のアウターからダッフルバッグやシューズまでを制作。「アシックス(ASICS)」との協業も継続し、今季は“ゲル クォンタム 360 I (GEL-QUANTUM 360 I)“を花のカットアウトなどでアレンジしたスリッポンを提案しています。ブランドの世界観を拡張しながら、厳しい業界の中でビジネス的にも着実に成長しているセシリーにはパリでインタビューもしました。後日公開予定ですので、お楽しみに!
自由に生きる女性たちを支え続ける
「アクネ ストゥディオズ」
藪野:毎シーズン、ファッションショーではなかなかエッジを効かせた実験的なシルエットやデザインを打ち出す「アクネ ストゥディオズ(ACNE STUDIOS)」ですが、今季は割と直球で勝負した印象。マスキュリニティーとフェミニニティーが交錯するスタイルを通して、他者目線ではなく多面的な自己認識から導かれる女性像を探求しました。
ソフトなリーゼントヘアのモデルたちがまとうのは、加工を施したレザーを用いたオーバーサイズのテーラリングやバイカージャケット、チェックシャツ、ワークシャツ、ボクシーなスーツ、ラテックス加工やダメージ加工で仕上げたストレートジーンズ、ロング丈のカウボーイブーツ、ローファーなど。そのハンサムな姿には、中性的なムードが漂います。そこに女性性を加えるのは、シアーなスリップスカートや透け感のある薄手のニット、ボディーラインをなぞるレースのパッチワークドレス、そして大ぶりなイヤリング。前身頃や袖に大きな穴の空いたセーターが着こなしのアクセントになっています。
設立当初から「アクネ ストディオズ」をまとう女性たちは、「強く、遊び心にあふれ、堂々としており、そして何よりも自由」だったといいます。2026年に迎える30周年の始まりを彩る今回のコレクションでも、そのアティチュードは健在です。
ハラハラでドキドキ、ゾクゾクで
ワクワクな官能性の「トム フォード」
村上:「トム フォード(TOM FORD)」のショー会場には、アメリカからVIPゲストが多数来場。今シーズンは、先進国の中で唯一人口が増えているからこそマーケットの成長が予想できる米国の好みに傾倒したり、現地からゲストを多数招いたりのブランドが増えました。一方でスイスブランドの「アクリス(AKRIS)」はアメリカに輸出する際、高い関税を課せられるので試練の時を迎えています。ファッションも政治や経済と密接です。
ハイダー・アッカーマン(Haider Ackermann)による2シーズン目のコレクションは、ますます内に秘めたる官能性が滲み出るが故のエロスの表現に磨きがかかりました。モデルのウォーキングも、他のブランドとは違いゆ〜っくりで艶かしい。縫製もカッティングも最小限のダッチェスサテンが肌をなぞるマキシドレスや、パテントレザーのトレンチコート、ミッドナイトブルーのシルクサテンにピンストライプや小紋柄をのせたピークドラペルのダブルのスーツは、静かに、官能的にセクシーを表現します。
一方、パンチングレザーと切り返したレースやオーガンジーのペチコート、ジョグストラップのウエストバンドが見え隠れするマイクロミニ丈のペーパーナイロンのホットパンツ、そしてキワッキワまで腹回りの生地をえぐったプリーツ裾のシフォンのドレスなどは、創業デザイナーのトム・フォードに通じるリビドー(性衝動)が刺激されるかのようなセクシネス。ただハイダーらしく、こうしたスタイルにも「まだ、何か先がありそう」な、「もっと親密・緊密・濃密な愛を交わすことができそう」なミステリアスなムードを漂わせます。正直、「このまま、見続けちゃっていいんですか?」と聞きたくなるくらいのハラハラとドキドキ、ゾクゾクで、ちょっとワクワクな官能性を感じるのは、私だけでしょうか(笑)?思わず周囲を確認したくなります。