ファッション

高級セレクトのスペシャリストが語る「ネット時代の接客術」 エストネーション長尾愛

 現代はインターネットとスマホで何でも調べることができる。自分で調べられるようになって、人に尋ねるという機会も重要性もめっきり減った。それはアパレルやファッションの店頭の会話でも同じだ。2000年という全盛期のストリートブランドでショップスタッフとしてのキャリアをスタートし、現在はエストネーション六本木ヒルズ店のセールススペシャリストである長尾愛さんにとって、メディアやコミュニケーションの変化はどのような変化を与えたのか。接客での会話の重要性、お客様との会話を盛り上げるための情報の掴み方を聞いた。

―裏原宿ブーム全盛期に裏原宿系のブランドでショップスタッフをされていたんですね。

長尾愛さん(以下、長尾):そうです。20代前半はストリート系のショップで働いていました。中学生の頃からファッション雑誌を読み漁っていて、好きなものは全て東京にあるから、東京に行くしかない!って思ったんです。

―その気持ち分かります (笑)。どんな雑誌を読まれていましたか?

長尾:当時は「zipper」や「SEDA」「mini」ですね。高校時代はバイトしたお金で「エックスガール(X-GIRL)」「ミルク(MILK)」「ズッカ(ZUCCA)」「ツモリチサト(TSUMORICHISATO)」を買う、という感じで。念願かなって上京して、原宿にある店でスタッフ募集をしているのを見て働き始めました。メンズブランドでしたが、当時は女の子のスタッフもたくさん働いてました。

―確かに当時、ストリート系のメンズショップには女性スタッフがいました!そこからエストネーションに働くに至ったのは?

長尾:そういう店で働きつつも、年齢とともに読む雑誌、好きなブランドも変化していき、20代になると海外のハイブランドが気になっていました。特に当時好きだったのは「クリスチャン ルブタン(CHRISTIAN LOUBOUTIN)」で、休憩時間に近所のセレクトショップによく見に行っていました。そんなこともあって大人な店で働きたいなと思い、派遣会社からエストネーションが募集していることを聞き、実際に店へ足を運んで見たら好きなものが揃っていたので、すぐにお願いしました。ミーハーなんです(笑)。

―品揃えに惹かれて働き始めるのって全然アリだと思います。本格的に販売を仕事としてやっていこうと思うようになったのはいつから?

長尾:エストネーションで働くようになってからです。それまで割とカジュアルな接客で成り立っていたので、いま思えば接客とは何か右も左もわからない状態でエストネーションに入ったのです。最初のころは年下の先輩に「一度しか言わないからメモ取ってね」と厳しく指導を受けていました(笑)。でも、そのおかげで「ちゃんとしないと!」ってスイッチが入って、徐々にこの仕事が楽しくなり、外側のキャラクターも変わりました。顧客づくりや売り上げをとることが“ゲーム”のように楽しくなってきたのです。でも、最初の2年ぐらいは本当に苦労しました。

―どんなところでしょう?

長尾:まずは言葉遣い。あとは立ち振る舞いですね。お客さまが自立された大人の方たちばかりでしたので、その中でふさわしい振る舞うため、よくみんなの動きを見て真似して乗り切っていました。

―接客をする上で最初に学んだことは何ですか。

長尾:扱っているブランドがとにかく多かったので、名前を正確に覚えるためにいつもメモしていました。どの国のブランドで、デザイナーがだれで、コンセプトは…と。当時はまだそれほどインターネットも発達していなかったので、分からないから調べることも簡単ではなく…。バイヤーや勉強会で聞いたブランドの特徴やコンセプトは全部メモに書いて覚えるみたいな感じでした。

―アナログな時代でしたね。でもだからこそ、分からないことは販売員に聞こう、と店に足を運ぶきっかけにもなりました。

長尾:あのころの接客は「会話して情報を売っていた」感じでした。接客時間も長かったですし、そういったコミュニケーションを取りながら販売していたので、顧客が作りやすかったとも思います。今はお客様もある程度ネットで情報を調べてから来店しているので、接客の会話が減っているんですよね。

―体感としてどれくらい減っていると思いますか?

長尾:半分くらいかな……。でも、私なりの主観を話すことでお客様との距離が少し近づいてきます。お客さまが話に前のめりになってきて、「これを買おう」と気持ちが動く瞬間が感じ取れることも多いです。

―どうしたら、その瞬間って分かりますか?

長尾: 私の場合、毎回「自分だったから売れたのか?」と接客を振り返るようにしています。今の接客は自分じゃなくても売れたなとか、これは私だったから売れたなと常に考えるようにしています。例えば高額商品でも、丁寧に時間をかけた接客と短時間でポンと売れたものでは、接客の内容が違いますよね。それを自分の接客だけでなく、他のスタッフの接客でも見て考えています。それにお客さまの買い物の仕方にも、こだわるようになりました。

―接客を振り返るようになったきっかけは?

長尾:7~8年くらい前に、よくいらしたお客様に「当たり障りない接客だったら、自動販売機の方がいいわ」と言われたことがあり、ドキッとしたんです。その方は忙しい中で、明日着る服を今日買うこともあったほど1日に何度も来店することがある一方で、販売員にも厳しい方だったんです。さっきの言葉は「あなたはそうではない」というニュアンスを含んだ誉め言葉としていただいたのですが、とても印象に残っています。

―その方はどんなお買い物をされていたんですか?

長尾:多い時には1日に3回。週で4~5回は来店していて、質問したことに的確に答えられないと「それを答えるのがあなたの仕事でしょ」とハッキリ言われるので、みんなその方が来ると緊張しました。「あとで来るからそれまでに調べておいて」と一旦帰られるので、そこから色違い、サイズ違い、他店在庫、ご所望に似た商品をピックアップしておきました。質問に対して答えるのが遅いとNGなので、その方には大変鍛えられました。

―そんなお客様から褒められたということですね。

長尾:そうですね。そんな経験が今のベースになっているので、それも良かったと思います。でも最近の事ですが、靴をまとめて買いされた30代前後のカップルのお客様がいらしたんです。そのときの会話で、それぞれのブランドの背景や自分が見聞きしてきたブランドの情報を話していたら「お姉さん、すごく詳しいですね」と喜んでもらえて、まとめ買いされたんです。この時は「私だから売れたんだ」って思いました。

―確かに!

長尾:やっぱりお客様と話すことが大切なんですよね。でも最近はそこまでしゃべることがないというか…。もっとお客様と会話したいと思っています。

―ちょっと寂しいですね。今はネットで簡単に情報が取れるようになりましたが、ネットにない情報を身につける方法は?

長尾:経験に勝るものはないと思っています。私は海外のハイブランドが好きなので、コロナの前にはよく現地に見に行っていました。長期休暇を海外のセール期間に合わせて取ったり。セールと言っても日本と違うのでとっても楽しかった。それが情報となって、接客で話せるようになる。その代わり、たくさんお金も使いました。いずれにしろ、お客様との信頼関係や顧客づくりには会話が大切。その内容は商品軸の時もあれば、世間話的なこともあると思いますが、会話をしないとお客様との距離が縮まらないので、何か語れる情報を持つことですね。

―確かにそうですね。それで現在はセールススペシャリストという役職ですが、いつから任命されたのですか?

長尾:8年くらい前ですね。エストネーションには現在8人のスペシャリストがいて、顧客対応や顧客の維持拡大を目的としています。

―顧客の維持拡大は、それこそ新規のお客様との信頼関係がなくてなはならないですね。

長尾:私の場合は特別に顧客が多い方ではなかったのですが、顧客づくりを頑張っていたのを認めてもらい選ばれたのだと思うのです。

―どんなことをされていたんですか?

長尾:お買い上げ後にレシート出して、それに名前やその方の特徴、会話の内容とかを書いて、当日または翌日にお礼の手紙を書いています。それに売り上げも重要なので、自分の予算を日割りして目標を立てていました。

―それをコツコツと積み上げてきたから、今があるんですね。それでは最後に今後の目標をきかせてください。

長尾:プライベートでヨガをやっているのですが、ゆくゆくはこの仕事とヨガを両立したいんです。

―上手く両立できると良いですね!

長尾:この仕事を高いモチベーションで続けていくためにも、ヨガは必要だと思っています。始めたきっかけもストイックに働き過ぎて、仕事を辞めようかと思ったことがあったからなのです。それで心身のバランスをとるためにヨガを始めたのが、今は心地よくなっていて、できれば両立したいなという気持ちになりました。

―商業施設に休業要請が出るようになってから、販売員も接客一筋だけでなく、働き方の多様性を求められているのかもしれません。両方の知識を生かしながら働くことができたら良い循環になりそうです。私もヨガを始めようかな。

長尾:はい、ぜひ!気持ちと体バランスが整いますし、自分と向き合うことができるのでオススメです。

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