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ルルレモンが買収した“魔法の鏡”はウィズコロナ時代の備え 鈴木敏仁USリポート

 アメリカ在住30年の鈴木敏仁氏が、現地のファッション&ビューティの最新ニュースを詳しく解説する連載。今回は世界的に注目を集めるスポーツウエアのルルレモンを取り上げる。コロナの打撃を受ける中、5億ドルを投じた大型買収を実行した理由を探る。

 アメリカの各州が3月半ばごろから開始したロックダウンで、小売りや外食に営業休止要請が出たことはご存知のことだろう。生活に最低限必要なものを売るエッセンシャルと、そうではない非エッセンシャルに区分けして、営業を止められたのは非エッセンシャルである。エッセンシャルな小売りとは基本的に食品や雑貨、非エッセンシャルはそれ以外なので、ファッション系の小売企業が大打撃を受け、今もトンネルから抜け出せていない。

 米小売業は3月頃から会計年度が始まる企業が多い。そのためちょうど第1四半期からその影響が出ているのだが、業績の悪化ぶりはなかなかすさまじい。売上高を前年同期と比べるとメイシーズ(MACY'S)が45.2%減、ギャップ(GAP)が43.1%減、ノードストロム(NORDSTROM)が39.5%減、アバクロンビー&フィッチ(ABERCROMBIE & FITCH)が33.9%減、アメリカンイーグルアウトフィッターズ(AMERICAN EAGLE OUTFITTERS)が37.8%減と軒並み30%以上のマイナスを記録し、そしてこの5社全てが赤字を計上している。

 この期間にEC市場が急増しており、これらアパレル小売企業もその恩恵を被って、例えばメイシーズのEC売上高が42%伸びるなどネット通販は急増している。それでもリアルな売上減を埋めるには至っていない。

店舗の臨時休業でも黒字を確保する手堅さ

 ところがこういった状況下でケガが少なくすんでいる企業が存在する。高級スポーツウエアのルルレモン(LULULEMON)だ。第1四半期の業績は前年同期に比べて売上高16.7%減、営業利益74.6%減と減収減益ではあるが、赤字に陥る企業がほとんどなのに対して黒字を維持した。EC売上高は68%増で、他社と比較しても非常に高い伸びを記録している。

 この企業が全商品にRFIDタグ(無線電子タグ)を付けて在庫管理の精度向上に取り組み始めたのは2015年。業界に先駆けていることは本稿ですでに書いた(「コロナ禍の米ファッション小売業の生き残り策 鈴木敏仁リポート」)。ECからのオーダーを店頭で処理する仕組みに取り組んでいたときに、店頭在庫が正確に把握できていなかったため注文を受けながら店頭欠品していてユーザーに迷惑をかけることが多かった。これをRFID化することで解決することができたと当時の幹部が説明していたことを覚えている。

 今回の店舗営業停止という状況でも、店舗のダークストア化、ダークストアとセンターの商品在庫の最適化、さらには人員配置に至るまで、精密な管理体制の実現に対する投資が結果として功を奏した。コロナ下での黒字確保という結果がそれを如実に物語っている。

 さて、このようにルルレモンはECへしっかり投資してきた企業なのだが、その感度の高さが表れたと感じているのが7月に発表されたミラー(MIRROR)の買収である。

「デジタルな鏡」で自宅をジムに変える

 ミラーは大型のスマートミラーを利用し、セルフでワークアウトする技術と商品を開発したスタートアップ企業だ。買収総額は5億ドル(約525億円)。現在は手元資金の流動性を可能な限り確保しておくべき時期であり、投資に対する自信のほどがうかがえる。

 デバイスとしての鏡をネットに接続し、メニューからワークアウトを選択して、表示されるインストラクターと一緒に体を動かす。アーカイブされているメニューに加えてライブセッションもある。鏡の価格は1495ドル(約15万6975円)、サブスクリプション(定額利用料)は1カ月あたり39ドル(約4095円)。

 スポーツジムは非エッセンシャルとみなされて休業を余儀なくされ、ゴールドジム(GOLD'S GYM)、24Hフィットネスと立て続けに2社がすでに破綻している。いまは限定オープンを許可され始めた段階だが、人数制限のための予約制、マスク着用など足かせがいまだ多い。

 私は近所のスポーツジムのメンバーで、すでに営業再開されてはいるものの、この足かせが面倒でまだ行っていない。実は自宅でも十分にワークアウトできるということに気づいてしまったことも理由の一つで、次回のメンバーシップ更新はしないだろうと思っている。近隣に住んでいる同じジムのメンバーの知人はマシーンを購入していて、彼もスポーツジムに戻らないかもしれない。

 おそらく私のような人が全米に急増しているであろうことは想像に難くない。この自宅ワークアウト市場にぴったりマッチするのがミラーなのである。アメリカのスポーツジムはロー、ミドル、ハイと施設とサービスのクラスで3つに分化している。会員費を調べたところプラネットフィットネスは120.00ドル(約1万2600円)、24Hフィットネスは449.99ドル(約4万7248円)、イクイノックスは2,064.00ドル(約21万6720円)となっている(全て年額、ただし地域によって異なる)。ハイエンドに通っている高所得層ならミラーの方が安く、ミドルクラスの24Hフィットネスならば数年使えばミラーの方がお得といったところか。

 つまりミラーが対象としている所得層は中~高所得層ということになって、ルルレモンの市場と合致し、だからシナジー効果が見込まれることになる。

 アナリストによるとミラーの推定会員数は6万~7万人で、これが2023年までには10倍の60万人になると予測されている。サブスクだけで2億8000万ドル(約294億円)を売り上げて、デバイスと合わせて年商7億ドル(約735億円)というのがアナリストの予測数値である。

 実は同じコンセプトで先行しているのが、自転車に備え付けられた端末にインストラクターやリアルな景色を表示してペダルをこぐペロトン(PELOTON)だった。アナリストは5年前のペロトンに重ねてミラーの将来性を計算しているようだ。ちなみにペロトンは自転車2245ドル(約23万5725円)、サブスクリプションが1カ月39ドル(約4095円)である。

 ルルレモンはシカゴとニューヨークに、衣料品を売るフロアとフィットネススペースを併設した実験店舗をオープンさせている。概念的にいうと物販と経験(エクスペリアンス)の融合への挑戦ということになる。この“経験”市場(つまりジム)にコロナ渦によって縮小傾向が見えてきている中、逆に伸び始めている自宅フィットネスを取り込んだのが今回の買収といえる。いま表現としてはやっている“コロナによって変化した消費者嗜好”とか、“アパレル専門店チェーンによるDX(デジタルトランスフォーメーション)”といったキーワードにぴったりマッチする事例だ。

 優秀な小売業はコロナの被害を強い財務で吸収し、そして萎縮することなく次に向けての投資を怠らないのだということを実感している。

鈴木敏仁(すずき・としひと):東京都北区生まれ、早大法学部卒、西武百貨店を経て渡米、在米年数は30年以上。業界メディアへの執筆、流通企業やメーカーによる米国視察の企画、セミナー講演が主要業務。年間のべ店舗訪問数は600店舗超、製配販にわたる幅広い業界知識と現場の事実に基づいた分析による情報提供がモットー

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