2026年春夏パリ・ファッション・ウイークが、9月29日から10月7日まで開催され、100を超えるブランドが公式スケジュールで新作コレクションを披露しました。10年に1度あるか無いかと言われるほど変化のシーズンだった今季は、新たに就任したデザイナーによるデビューショーが話題をさらいましたが、それだけでなく見応えのあるコレクションも多数。現地取材を担当した村上要・編集長と藪野淳・欧州通信員が厳選したブランドを3回に分けて紹介します。
第3回は、10月5日から最終日までのハイライトをお届け。新生「シャネル(CHANEL)」や「セリーヌ(CELINE)」のショーとアクセサリー詳報、“らしさ“を突き詰めた「サカイ(SACAI)」のリポートは別途掲載しているので、ぜひチェックを!
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“肩透かし“感を避けるには、解釈・咀嚼がますます重要な「ヴァレンティノ」
村上:「ヴァレンティノ(VALENTINO)」は、アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)による3シーズン目のコレクション。他のデザイナーに先駆けて一足早く移籍したミケーレの場合、もはや“ご祝儀相場“はありません。今回は、この後に説明する通り、意味があってミケーレにしては大人しいコレクションだったのですが、注がれる視線が厳しくなってきたからこそ、「えっ、思ってたのと違うんだけど……」というムードに包まれてしまった感がありますね。
今シーズンは、1941年のイタリア、独裁者ベニート・ムッソリーニ(Benito Mussolini)によるファシズムの嵐が吹き荒れていた頃に思いを馳せました。ミケーレは、激しさを増す戦争の恐怖に包まれていた時代を生きる青年が手紙に記したホタル、暗い夜に抗う光は、今の時代にも重要なのでは?と考えます。そこで「コレクションは、蛍が放つ眩い光をーー」となるといつものミケーレらしいのですが、今回は、彼なりに装飾を削ぎ落とすことで蛍が放つ儚い光の表現を試みます。儚い光が埋没しないためにも、装飾を削ぎ落としたといえるでしょう。ゆえに、スタイルはクラシック、素材もベロア使いでレトロなムード、一方で装飾はいつもに比べて遥かに控えめなんです。ただ初見のファッションショーで、この思いを察知し、共感するのは少し難しかったかもしれませんね。正直冒頭の通り、いつもより装飾が控えめだから、“肩透かし“感を抱いてしまった人は多かったでしょう。だって蛍のモチーフは全然登場せず、なぜか代わりにチョウチョのモチーフが出てくるんだから(笑)。
「グッチ(GUCCI)」の頃からそうでしたが、正直スタイルは大きく変わらないミケーレのコレクションは、彼の思いをファッションショーでシンボリックに表現しながら、それをみんなが議論し、と同時にブランドは半年かけて彼の思いを咀嚼したり違う形で表現したりのコミュニケーションを続けることで共感を得てきました。そしてそれは、メガブランドの「グッチ(GUCCI)」にはなし得たけれど、果たして「ヴァレンティノ」はやり切ることができるのか?そんな不安を覚えます。フィナーレは全員が空を見つめ、蛍の光を探したり、見つめたりの風景をイメージさせました。それだけで思いは伝わるかな?今回はデザイナー交代劇が続き、正直ミケーレの思いを解釈・咀嚼する時間が十分ではなかったことも影響しているかもしれません。
「クロエ」は“堅苦しさ“皆無のオートクチュールなアプローチ
村上:「クロエ(CHLOE)」は、創業デザイナーのギャビー・アギョン(Gaby Aghion)がアンチテーゼを発していたという、オートクチュールにインスピレーションを得ました。アギョンが「クロエ」を設立した1950年代は、オートクチュールの時代。ただオートクチュールの“堅苦しさ“に対してアンチテーゼを発した彼女は、上質な生地と手の込んだディテールをゆったりしたシルエットに応用し、エレガントでモダンなワードローブを提案。ここから「クロエ」の歴史は始まります。こうした流れを現クリエイティブ・ディレクターのシェミナ・カマリ(Chemena Kamali)は、「とても現代的な活動的な『クロエ』らしいけれど、一方でアギョンは、クチュールに影響を受けていたんじゃないかしら?構築的なシルエット、巧みなクラフツマンシップは、明らかにその表れだわ」と分析。ゆえに今シーズンは、「クロエ」らしくオートクチュールのテクニックを取り入れました。
普通オートクチュールと言えばドレスを想像しますが、シェミナが作るのは、あくまで活動的な女性に送るミニドレスやワンピース。その腰元などにバッスルを思わせるスポンジ状の芯地を入れ、丁寧にプリーツを寄せた花柄の生地で覆います。素材は、「あえて素朴な素材を選んだ」というピュアコットン。シルクやシフォン、オーガンジーを選ばないのは、オートクチュールにアンチテーゼを発したアギョンへのリスペクトです。色鮮やかなフローラルプリントは、50〜60年代の「クロエ」のアーカイブから。そして実は生地を結んだり、ちょっとだけ捻ったり、レースで切り返したりとテクニックが満載のバストラインは、「今と比べると、驚くほど手が込んでいるの」と話す当時の水着にインスピレーションを得たものです。開放感を描きつつ、「クロエ」らしい可愛らしさも上手に発信していますね。
「ミュウミュウ」はエプロンがキーアイテム
家庭でも、職場でも着る万能着
村上:ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)の右腕だったダリオ・ヴィターレ(Dario Vitale)は「ヴェルサーチェ(VERSACE)」に移籍しましたが、「ミュウミュウ(MIU MIU)」のアプローチは変わりません。このブランドは、意外な角度から女性を見つめ、奇想天外にも思える自由奔放なスタイリングでフェミニニティーを賛辞します。今シーズンのキーアイテムは、「エプロン」。ショーの終了後、囲み取材でミウッチャは、「エプロンとは実に興味深いアイテム。家庭で身につけることもあれば、工房など職場で纏うこともある」と話し、エプロンは女性のさまざまな仕事に寄り添ってきたのではないか?と考えました。
と同時に、家庭のエプロンはある意味フェミニニティーの象徴的な存在ですが、職場におけるエプロンはむしろ女性を男性と変わらない立場に誘うと考えたのでしょう。エプロン自体も、そのエプロンと組み合わせるアイテムも、「ミュウミュウ」らしくフェミニンとマスキュリンの間を揺らいで自由奔放というのが、今シーズンの大きなポイントです。
まずエプロンは、まるで工房で職人が身につけるようなポケット付きのコットンギャバ製が多いものの、時にはまるで昔のお母さんが身につけそうなレトロな花柄プリント、一方でもっと力仕事の現場でタフガイが着用しそうなレザータイプまでさまざま。ミウッチャは、ハードな素材使いで「女性の挑戦や困難、経験を見つめ直し、これまで見過ごされてきた努力と苦悩に光を当て、讃えたかった」と話します。加えて、中にはメタルのスタッズを打ち込んだり、フリルで飾ったりのエプロンまで。そんなバリエーション豊かなエプロンを、いつも通りタンクトップからスキッパータイプのニットポロ、レザーブルゾンなど、さまざまなアイテムのインナーやアウターとして自由奔放にスタイリングすることで、女性の多様性さえ表現します。
ダリオがいなくなっても、“ギリギリ“なスタイリングセンスで“ジワる“コレクションを見せてくれました。半年後、この会場はきっとエプロンのボーイズ&ガールズで溢れるのでしょう(笑)。
エイリアン襲来!
スーツが未知と遭遇した「トム ブラウン」
村上:「トム ブラウン(THOM BROWNE)」のランウエイショーの主役は、宇宙人(笑)。今シーズンは、日常と未知の境界を探求したと言います。ファーストルックこそ、袖が6つ生えたジャケットで奇想天外、これから壮大な地球を含む宇宙絵巻が始まるのか!?と思いましたが、その後はむしろこのブランドにしてはリアルクローズ。今シーズンは、日常的なスーツを、未知なるディテールで表現したらどうなるの?という発想です。
例えば、ラグランスリーブのように曲線のクロップド丈のコートは、平面的なパターンに加えてセットインの袖をかなり前に押し出して。ウエストは内側にくびれ、裾はフレア。これが今、宇宙のトレンドなのかしら(笑)?カラーパレットは、「トム ブラウン」らしい赤白青のトリコロールが貴重ですが、時々スパンコールを散りばめたり、パテント素材を使ったりで宇宙の煌めきや瞬きを表現します。生地から糸へのグラデーション、織りから装飾への段階的な移行などの少しずつ変化する様は、未確認物体の漂流とか、超自然的な来訪者たちによる解体や再構築、変形と進化を繰り返しながら宇宙人と地球人の間に保たれる調和の表現なんだとか。今回もトム様の頭の中は、計り知ることができません(笑)。
シアーなニットアイテムが充実
酷暑に向き合う「CFCL」
藪野:「Clothing For Contemporary Life」を意味するブランド名の通り「現代生活のための衣服」を作り続ける「CFCL」の高橋悠介さんは、昨今の夏の暑さに対応するようなスタイルを提案。透明な糸を随所に取り入れ、ニットで生み出すスタイルをこれまでよりも軽やかに仕上げることに挑みました。
アイコニックな“ポッタリー(POTTERY)“シリーズは、アーティストの森万里子さんのアクリル彫刻やガラス作家エミール・ガレ(Emile Gallé)の作品からヒントを得て、「陶器からガラスへと変わるように」シアーなドレスやスカートへとアップデート。ふんわりとしたフォルムに透けて見える内側のミントカラーが、涼しげな印象を醸し出します。そして、光を通す薄手のドレスやセットアップには、綿を再生ポリエステルでカバーリングした細番手のオリジナル糸を使用。ハリのあるニットのAラインドレスには、今季の出発点である「具体芸術」を提唱したジャン・アルプ(Jean Arp)の妻ゾフィー・トイバー・アルプ(Sophie Taeuber-Arp)が手掛けたインテリテキスタイルから着想したダイナミックなストライプを描いています。
これまでビビッドなアクセントカラーを使う印象が強かったですが、今回はパステルが多め。これには伊勢丹新宿店で開催した“100色スカート“のイベントから得た人気色のデータが生かされているそうです。また「CFCL」では毎シーズン新たな装飾要素も探求していますが、今季はこれまでニットのテープ状だったフリンジをメタリックな糸を用いたタッセルにアップデート。そのさりげないきらめきや動きも、涼やかな雰囲気につながります。
そして、シューズはフランスのサステナブルスニーカーブランド「ヴェジャ(VEJA)」との協業で制作。Bコープ認証を受けたブランド同士のコラボが実現しました。ショーでは、これまでよりもバッグを持たせたルックが増えた印象。今後はバッグにも力を入れていくのかもしれません。
注目度高まる「メリル ロッゲ」
「マルニ」でのデビューにも期待
藪野:今季のパリコレを締め括ったのは、今年度の「ANDAM」賞グランプリで、「マルニ(MARNI)」のクリエイティブ・ディレクターにも抜てきされて注目を集めているデザイナーが手掛ける「メリル ロッゲ(MERYLL ROGGE)」です。ベルギー出身のメリルはアントワープ王立芸術アカデミー卒業後、「マーク ジェイコブス(MARC JACOBS)」や「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」を経て、2020年にブランドを設立。今年9月には、ニットのスペシャリストであるサラ・アルソップ(Sarah Allsopp)と共にニットウエアブランド「B.B. ウォレス(B.B. Wallace)」もローンチし、多忙な日々を送っています。
そんな彼女が自身のブランドで打ち出すのは、ミックス&マッチを生かしたカラフルなスタイル。「自己表現のための自由な空間を創り出すこと」を掲げた今季は、ライムグリーンのサテンドレスにシアンのレースや茶色のシアーピースを重ねて、そこにメンズライクなギャバジンのオーバーコートを合わせたり、ワークスタイルのブルゾンにテーラードパンツやペンシルスカートをコーディネートしたり。伝統的なデッキシューズのアレンジなど初めてフットウエアに取り組んだほか、ウッターズ&ヘンドリックス(WOUTERS & HENDRIX)との協業でパンキッシュなジュエリーを制作するなど、着実に提案の幅も拡げています。
全体を通して印象的だったのは、自由な着こなしでエッジを効かせながらも、リアリティーを感じられるスタイルに落とし込んでいること。そのバランス感覚を「マルニ」でも発揮してくれることに期待です! 来年2月のデビューショーが楽しみになりました。