PROFILE: 渡辺貴生/ゴールドウイン社長CEO

かつては山で着るものだったアウトドアウエアは、今や通勤着やおしゃれ着としても重宝され、マーケットを広げている。「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」を筆頭に、そうした潮流を世の中に定着させてきた企業がゴールドウインだ。同社は次なる成長の柱として、自社ブランドの「ゴールドウイン(GOLDWIN)」に現在注力している。「ザ・ノース・フェイス」成長の立役者である渡辺貴生ゴールドウイン社長は、ビジネスだけでなくクリエイションについても自らの言葉で語る、日本の上場アパレルの経営者では珍しい存在。「ゴールドウイン」の勝算やスポーツ市場の展望を、ビジョンあふれる渡辺社長に聞いた。(この記事は「WWDJAPAN」2025年8月11&18日号からの抜粋です)
WWD:日本、韓国で商標権を持つ「ザ・ノース・フェイス」で更なる成長を目指しつつ、自社オリジナル「ゴールドウイン」でグローバル市場開拓を進めている。
渡辺貴生ゴールドウイン社長(以下、渡辺):「ザ・ノース・フェイス」は日本と韓国で売上高2000億円を突破したが、潜在的な欲求を掘り起こせば、成長余地はある。例えば、フットウエアはまだ売上高60億円程度だ。これを300億〜500億円に伸ばすことは決して夢ではない。シューズは「ナイキ(NIKE)」「アディダス(ADIDAS)」以外の、(「オン(ON)」「ホカ(HOKA)」「サロモン(SALOMON)」のような)第3極のブランド群が出てきており、われわれも可能性がある。一方、「ゴールドウイン」は25年3月期で売上高44億円。これを33年に500億円まで伸ばす。中国で大きく成長させるが、ターゲットは中国だけでなく世界。今夏は中国に3店出店し、26年春にかけてロンドン、ソウル、ニューヨークに出店する。300兆円規模と言われる世界のアパレル市場で、“グローバルニッチ”というポジションを取れたら、「ゴールドウイン」で1000億円は十分に狙える。
WWD:中国は今夏の出店で計8店となる。
渡辺:今夏は瀋陽と深圳で開業済み、西安が8月下旬開業予定だ。中国のお客さまは「ゴールドウイン」をほぼ知らないが、特に瀋陽は好調だ。お客さまはモノを見て、自分の感性に合えば買う。ブランド認知が上がればもっと反応は良くなる手応えを得た。今後も1級都市中心に新しい地域に出店し、ローカルマーケティングをしっかり行って「ゴールドウイン」らしさを伝えていく。
WWD:「ゴールドウイン」らしさとは。
渡辺:私は日本の美の源流は、応仁の乱の後に広がった東山文化だと思っている。日本の美を表現すると、繊細、丁寧、緻密、簡潔といった言葉になる。「ゴールドウイン」で目指すのは、上質で奇をてらわず、普遍的で自然と一体化するデザインであること。考え抜かれたシンプルさと機能性を併せ持つこと。それを大切にしてほしいとデザインチームには伝えている。グローバルブランドにしていくが、源流である日本の美の感性を世界に伝えなければ価値観は共有できない。店作りでは、現代美術家の杉本博司さんと建築家の榊田倫之さんによる新素材研究所と組み、榊田さんに設計を担当いただいている。日本には四季があり、二十四節気、七十二候という季節の表し方もある。季節の繊細な移ろいも店の中の表現に取り入れ、製品はもちろんとして、ブランドの世界観をしっかり作りたい。
「カテゴリーを融合し、
新しいステージを自ら作る」
WWD:渡辺社長は「ゴールドウイン」で、“プレミアムスポーツ”市場を目指すとこれまで話してきた。“プレミアムスポーツ”とは何か。
渡辺:“プレミアムスポーツ”とは、一般的にはスポーツカテゴリーの最上級ブランドという意味で使われている。当社もそれは目指すが、それだけではない。美に対する考え方や、それを独自に応用する手法でブランドの世界観を確立し、従来のスポーツカテゴリーの枠を圧倒的に超えていく。世の中はアウトドア、アスレチック、ライフスタイルなどと、言葉で(ブランドや製品を)分類したがるが、カテゴリーを融合し、新たなステージを自ら構築していく。
WWD:今はまだ世の中にないカテゴリーやジャンルを浸透させていくのは、簡単ではない。
渡辺:僕がゴールドウインに入社したころは、バックパックは山の専門店にしか売っていなかった。でも今は、汎用性の高さや利便性が認知され、多くの人が求めるようになった。レインウエアも風雨をしのぐためだけでなく、日常生活や旅行で重宝されている。便利で、さらにファッション的にもかっこいいアイテムなら、さまざまなシチュエーションに対応できて無駄が減る。サステナブルな考え方にもつながって、人の意識や、行動を変えていく。「ゴールドウイン」では、そういうことを徹底的にこだわり抜いてやりたい。そのためには、最先端の素材、最高の縫製やパターン、モノ作りの効率性、人間工学など全てを考慮する必要がある。当社にはそれを可能にするラボ(研究開発施設)があり、あれほどのラボを持つ企業は世界でも多くない。素材メーカーと取り組み、糸1本からオリジナルで作ることができる。研究開発要員を多数抱え、源流からデザインし、雛形を作ってそれを量産するシステムを持っているから、世界中の多くの人にとって着やすく、長く愛してもらえる服を提供できる。OEMに頼ってきた企業にはそれは不可能だ。
WWD:繊細さや緻密さといった日本の価値観は、世界の人々にも伝わるのか。
渡辺:伝わる。世界の人も、今はそれが非常に大切だと知っている。繊細、丁寧、緻密、簡潔なモノ作りをスポーツ分野で実現しているブランドはあまりない。
「培ってきた経験は、
新しい創造を生むための材料」
WWD:成長に向けての課題は。
渡辺:大切なのは人だ。目標を共有できて、それを進化させる強い衝動があり、知識や経験も持った人たちがここからさらに必要になる。協働できるパートナーも増やしたい。デザイナーでは、ヌー・アバス(Nur Abbas)や少し前はルーク・メイヤー(Luke Meier)と組んできた。協働で新しいドアを開くことが大切だ。自分たちだけの考えに閉じこもらず、世界を1つのものとして見ていく。日本の美の捉え方を相手に共有しながら、われわれも新しいアイデアを吸収し、化学反応としてそれを表現する。新素材研究所との取り組みでも、階段を1段ずつ上がり、積み重ねていくような体験ができている。
人を育てることも“プレミアスポーツ”ブランドには欠かせない。来週、私自身が中国に出張し、現地の販売員や社員に対してゴールドウインという会社の歴史や考え方を細かくプレゼンする。ブランドとは、違いを見せること(make different)。その違いを、店頭という最前線で働いている人たちに伝える。僕は自分で店を作ってきたから(小売りや店頭は)大好きな仕事であり、そこでどう違いを作っていくのかを中国のスタッフにも理解してもらいたい。make differentは、僕にモノ作りを教えてくれた(元ザ・ノース・フェイスCEOの)ハップ・クロップ(Kenneth Hap Klopp)が1985年に僕に投げ掛けた言葉だ。以来、それを大切にしてモノ作りに取り組んできた。
WWD:グローバルで成長性の大きなスポーツ市場では、“プレミアムスポーツ”を目指す類似の後発ブランドが今後増えそうだ。
渡辺:われわれには「ザ・ノース・フェイス」をはじめとしたブランドで培ったノウハウがあると共に、大切なのはセンスだ。デザインセンスだけでなく、ビジネスのセンスも問われる。表面的なデザインを真似ても、当社と同じ価値を作ることはできない。われわれは何年もかけて、素材メーカーや取引先など、人と人との対話によって思考やモノ作りのプロセスを作り上げてきた。これまで積み重ねてきた経験は、新しい創造を生み出すための材料だ。それは、真似ようとして真似られるものではない。
「消費者の先を見た提案が、
メーカーの使命」
WWD:ローカライズはどのように行っていくのか。
渡辺:中国という1つの国をとっても、民族も考え方も言葉も違う人たちがいる。それぞれの考え方、文化、習慣に私たちが近づいていく必要がある。大切なのは、彼らにおもねるのではなく、彼らの先を見た提案をし続けること。それがメーカーの使命だ。欲しいものを聞いて作るのではなく、われわれが文化や習慣を理解して、これが必要ではないかと提案し続けることで、彼らのQOLが上がっていく。3層のレインシェルはかつては存在しなかったが、高温多湿の日本では必要と考えて「ザ・ノース・フェイス」で作った。レインシェルは山で目立つ鮮やかな色ばかりだったが、われわれは黒やネイビーをいち早く取り入れ、今や世界中で黒が圧倒的な売れ筋になっている。マーケットの潜在的欲求を読み取って提案してきたという自信がある。これこそがローカライズだ。まだ先の話だが、中国でも欧米でも、何か欲求が出ればそれに対応したものをデザインしていく。われわれはメーカーであり、作れないものはない。
WWD:中国と日本市場の違いをどう分析するか。
渡辺:中国は非常に貪欲で、知らないものを知りたがる。日本の人はそういう欲求はある程度収まり、本当に大切なものを選択し、見極める力は現時点では日本人の方が高いかもしれない。しかし、早晩中国の人も同様になるだろう。そうなったら、本当にいいもの、長く使えるもの、自分だけでなく環境にとってもいいものを選択しようという考え方が、中国でも加速していく。中国は今、アウトドアスポーツ市場が全般的に好調だ。政府がアウトドア産業を振興し、国立公園も作っている。今後、日本以上のスピードで高齢化が進む中国では、健康や生活に対する意識が高まっていく。自分は幸せか、何のために生きているか、人を愛しているかといった、人間として根源的な問いに向かい合うような時代になると、本能的に自然との関係性の大切さを感じるようになり、自然に興味を持つのだと思う。
WWD:改めて、「ゴールドウイン」で目指すものを教えてほしい。
渡辺:デザインの力を僕はもっと磨きたい。製品を手に取った人が、「これまでこんな経験はなかった」と感じるようなものをデザインしたい。「スポーツウエアって、大体こんな感じだよね」だなんて言わせたくない。スポーツウエアに求められる機能や要素は備えつつ、スポーツウエアのカテゴリーを超えるようなものを構築できるようにしたい。