スイス発のスポーツブランド「オン(ON)」は、世界陸上に合わせて東京・原宿で開催していたブランド体験スペース「オン ラブズ トウキョウ(On Labs Tokyo)」の来場者が、9月13〜21日の9日間で延べ8764人だったと発表した。同スペースで目玉としていたのは、スニーカーアッパー製造の新技術「LightSpray」のお披露目。ここでは、同スペースで行った「オン」の共同創業者オリヴィエ・ベルンハルド(Olivier Bernhard)氏と、「LightSpray」のディレクター、パブロ・エラト(Pabro Erat)氏のインタビューを掲載する。
オリヴィエ・ベルンハルド
オン共同創業者
「オンはイノベーションカンパニー」

WWD:改めて「オン」が重視する価値観を教えてほしい。
オリヴィエ・ベルンハルド オン共同創業者(以下、ベルンハルド):われわれはイノベーションカンパニーであり、イノベーションを通して、パフォーマンス領域で成果を上げることが第一だ。「LightSpray」で製造したシューズで、契約アスリートのヘレン・オビリ選手が24年のボストンマラソンを制し、続くパリ五輪の女子マラソンで銅メダルを獲得した。ただし、「LightSpray」はアスリートだけのものではない。コミュニティー全体に落とし込んでいく。「LightSpray」はサステナビリティ面でも産業に革命を起こすものだ。
WWD:3年間で売上規模2倍を目指すという高成長の中にある。成長痛はないのか。
ベルンハルド:状況を注意深く把握し、トラブルを避ける。そして、時にはノーと言う勇気を持つ。いろんなチャンスが転がっているが、全ての機会に手を伸ばすわけではない。われわれは“プレミアムスポーツブランド”として常に正直でありたい。高品質なデザインとモノ作りにこだわり、それが常にイノベーションと紐づいていることが重要だ。長期的な視点を持ち、むやみやたらとチャンスには飛びつかないが、機会や可能性にあふれているアジア市場は例外だ。アジアで売り上げばかりに目をやるのではなく、さまざまな国のコミュニティーと一体となって活動していきたい。
WWD:スイスという、スポーツシューズ産業が元々盛んでない土地で創業し、15年という短期間でこれだけ大きくなれた秘訣は。
ベルンハルド:人生では、知らないからこそできることもある。待ち受ける困難を予想していたら、むしろ踏み出せなかっただろう。私はシューズ作りの素人だったからこそ好奇心を持って果敢に挑戦できたし、「ランニングに新しい感覚をもたらしたい」「アスリートをより速くするシューズを作りたい」という強い信念があった。今はこの画期的な技術を、アスリートだけでなくより多くの人に届けたいと強く思っている。
WWD:チャレンジできる企業風土が大切だと繰り返し語っている。そういう風土はどう創るのか。
ベルンハルド:オンは自分を含め3人で創業したが、少なくとも常にそのうちの1人は、自由な発想に耳を傾けてきた。何かアイデアが出たらチャンスを与える。人を巻き込み、チーム皆で夢を育てていく。そうすれば、最初は小さな火種だったアイデアが大きなエネルギーになり得る。「LightSpray」だってそうだ。出来上がったものを見たら「簡単そうだ」と思うかもしれない。でも、誰もやっていないことに挑戦し、不可能を可能にすることが大切だ。
WWD:世界陸上には60人以上の契約アスリートが参加した。アスリートと取り組むことはブランドにどんな価値をもたらすのか。
ベルンハルド:アスリートは全ての中心だ。アスリートは、単にブランドを宣伝するためのスタッフではない。彼らからのフィードバックがあって、われわれは製品開発ができる。大会で成果を出すこともすばらしいが、負けたり、ケガをしたりするアスリートもいる。しかし、そういった本当の物語をコミュニティーに伝えることで、アスリートはブランドとコミュニティーを橋渡ししてくれる。われわれは方向を示すコンパスのように、栄養学、引退後のキャリア、事故にあった時の対処などアスリートにさまざまなサポートを提供しており、それも彼らからの支持につながっている。
パブロ・エラト
オン LightSpray ディレクター
来年アジアでLightSpray工場が稼働

WWD:「LightSpray」の意義や役割は。
パブロ・エラト オン LightSpray ディレクター(以下、エラト):2つある。最高峰のパフォーマンスシューズを生産していくという産業的な役割と、イノベーションラボとして、製造においてもサステナビリティにおいても革新を起こしていくという役割だ。「LightSpray」の意義は、革新的な製品にあるのではなく、製造工程に革命を起こすことにある。
WWD:「LightSpray」で生産するシューズを、現状の1型から今後は拡大していくと公表した。
エラト:ハイパフォーマンスモデルもライフスタイルシューズも、今後3年間で生産していく。
WWD:7月にスイス・チューリッヒに「LightSpray」の小規模工場を設けた。アジアで準備中という「LightSpray」の工場も、今後2〜3年のうちに完成するのか。
エラト:もっと早期にオープンする。来年にはできる。規模としては、ロボットアーム4台を備えるチューリッヒ工場の約8倍になる。アジア工場での1日の生産量がどれくらいになるかはまだ言えない。
WWD:製品輸送にかかるCO2排出量を減らすため、将来的には世界各地に「LightSpray」工場を作っていくのか。
エラト:最適化された工場をまずアジアで作り、それを他の主要マーケットにコピーしていくのが目標だ。将来的に世界で何箇所の工場を設けるかは需要による。(ロボットアームによる自動化によって)人件費が高い地域においても労働集約型産業のシューズ生産が成り立ち、最高品質のシューズが量産できる。しかもCO2も削減できる。サステナビリティとビジネスは両立すると証明したい。
WWD:「LightSpray」に続くイノベーションとして、今はどんな研究しているのか。
エラト:5年後には、「LightSpray」をプラットフォームにして新しいイノベーションがどんどん生まれるだろう。将来的に「オン」の靴が全て「LightSpray」製になるというわけではない。大半のシューズは引き続き従来通りの製法で作られるものだろうが、我々の成長は「LightSpray」から得られる部分が多い。