ビューティ

「ディオール」、“リバース エイジング”で新知見 京大iPS細胞研究所と共同研究

ディオール(DIOR)」の研究機関であるLVMHリサーチはこのほど、東京・六本木で「サイエンティフィック カンファレンス」を開催し、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)、スタンフォード大学との共同研究で得られた幹細胞と再生医療分野における最新知見を発表した。テーマは「リバース エイジング」。LVMHリサーチは長年、肌老化のメカニズムの解明に取り組み、「リバース エイジング(生物学的年齢は逆転する)」理論を掲げ研究を進めている。今回の新知見では、“幹細胞の呼吸改善”を初めて科学的に実証。適切に酸素を運ぶことで、幹細胞のミトコンドリア機能も改善することを突き止めた。LVMHリサーチのマリー・ヴィドー(Marie Videau)所長は、「本研究は、美容科学を真の生命科学に近づける第一歩」と述べた。

老化と“細胞呼吸”の因果関係とは

今回の発表の中心となったのは、細胞呼吸に関わる酸素運搬タンパク質サイトグロビン。加齢に伴い細胞内の酸素運搬が滞ると、細胞小器官であり“エネルギー産生工場”と呼ばれるミトコンドリアの活動が低下し、“生命の燃料”といわれる物質ATP(アデノシン三リン酸)の生成も減少することが知られている。LVMHリサーチは、「酸素を単に増やすのではなく、適切な場所へ届ける」という観点から酸素輸送のあり方を検討した。

実験では、酸素輸送を担うサイトグロビンの発現が56%増加し、呼吸とエネルギー代謝の双方が向上したという。それにより、科学界で特定されている12のエイジングマーカー(加齢に伴う変化を示す指標)の内の3つ「幹細胞の疲弊」「ミトコンドリアの機能不全」「細胞老化」が改善することを発見した。

細胞呼吸のカギを握る“酸素運搬体”に着目

2019年からLVMHリサーチと共同研究を進める京都大学iPS細胞研究所のクヌート・ウォルツェン(Knut Woltjen)准教授は、25〜90歳の日本人ドナーから集めて生成した1000件以上のiPS細胞サンプルを解析した結果を報告した。加齢に伴いミトコンドリア変異が増加し、幹細胞の呼吸が40%低下、ATP産性が47%減少した。特に女性や高齢ドナー由来のiPS細胞で顕著な傾向が見られたという。実験では、幹細胞の酸素運搬体に対してバイオポリマーをベースとする新技術「OX-C トリートメント」により酸素処理を施すと細胞の呼吸能力が改善し、ミトコンドリアの数も増加したことが確認された。

また、「OX-C トリートメント」によるサイトグロビンへの刺激は酸素運搬力のみを向上させ、酸化ストレスは減少することも分かった。ウォルツェン准教授は、「酸素を過剰に供給するのではなく、細胞が対応できる範囲で適切に輸送されることが重要」と語った。共同研究では現在、iPS細胞だけでなく生きた細胞内でミトコンドリア活性を可視的に測定する手法を開発中だという。

4種の細胞で「OX-C トリートメント」を検証

さらに、LVMHリサーチは皮膚の主役である4種類の細胞、ケラチノサイト(表皮細胞)、線維芽細胞、NK(ナチュラルキラー)細胞、幹細胞それぞれに対し、酸素輸送の働きを解析した。スタンフォード大学のヴィットリオ・セバスティアーノ(Vittorio Sebastiano)教授との共同研究では、「OX-C トリートメント」により酸素輸送を促す処理を行なった条件下では、表皮再生に関わる40の遺伝子マーカーが顕著に活性化し、特に60〜70代のドナー由来細胞で若年者を上回る再生活性が確認されたと報告した。

LVMHリサーチのデータでは、線維芽細胞では呼吸が37%、ATP合成が28%低下していたが、酸素輸送促進後は呼吸が57%、ATP産性が40%上昇、細胞再生も42%改善したという。ATPの増加はコラーゲ再生に重要な役割を果たす。真皮のデトックスを担うNK細胞では、加齢により活動が80%低下するが、酸素輸送の促進で84%の増加がみられた。NK細胞のミトコンドリア機能が回復すれば、老化細胞の蓄積を抑えられるという。

LVMHリサーチのヴィドー所長は、「私たちは美のために科学を使っているのではなく、科学そのものを美のために進化させようとしている。皮膚は生きた研究領域だ。そこにこそ、未来の再生医療と美容科学の交差点がある」と述べた。

「ディオール」の幹細胞研究の歩み

「ディオール」が幹細胞研究に本格的に取り組み始めたのは約25年前にさかのぼる。皮膚の恒常性維持に重要な表皮幹細胞に注目し、1990年代後半に独自の仮説を立てた。その後も皮膚密度や細胞の接着といった加齢に伴う変化を継続的に調査。25年間で20件以上の特許と100を超える学術発表を行ってきた。2023年には国際的な科学者と連携し、加齢研究を進める枠組みとして「ディオール リバース エイジング ボード」を創設した。

同ボードは幹細胞学、再生医療、分子生物学、神経科学、植物学などにまたがる18人の専門家で構成され、今回のカンファレンスに登壇した、細胞のリプログラミングの専門家であるセバスティアーノ教授(スタンフォード大学)、幹細胞の専門家ウォルツェン准教授(京都大学iPS細胞研究所)のほか、炎症の専門家デヴィッド・ファーマン(David Furman)教授(スタンフォード大学、バック研究所)らが参加している。

7月には、同ボードとして初めての論文を科学誌「ネイチャー・エイジング(Nature Aging)」に発表。皮膚の変化が全身の加齢プロセスとどのように関連するかを定量的に解析し、皮膚の状態が外見だけでなく体のさまざまな老化と関わりを持つ可能性を示した。今回のカンファレンスでは新たな焦点として“幹細胞の呼吸改善”を提示し、細胞内の酸素輸送とミトコンドリアに関する最新の研究成果を紹介した。

関連タグの最新記事

最新号紹介

WWDJAPAN Weekly

来シーズン、シャツをどう着る?メンズ47ブランドの推しスタイルを紹介 26年春夏メンズ・リアルトレンド特集

「WWDJAPAN」12月8日号は、2026年春夏シーズンのメンズ・リアルトレンド特集です。この特集は、国内アパレル企業やセレクトショップのクリエーションの“今”を捉えるために、毎シーズン続けている恒例企画です。今回は特に、「シャツの着こなし」に焦点を当てました。夏の暑さがますます厳しくなる影響もあり、26年春夏の欧州コレクションでは、シャツの見せ方がより自由で軽やかになり、着方そのものがクリエー…

詳細/購入はこちら

CONNECT WITH US モーニングダイジェスト
最新の業界ニュースを毎朝解説

前日のダイジェスト、読むべき業界ニュースを記者が選定し、解説を添えて毎朝お届けします(月曜〜金曜の平日配信、祝日・年末年始を除く)。 記事のアクセスランキングや週刊誌「WWDJAPAN Weekly」最新号も確認できます。

ご登録いただくと弊社のプライバシーポリシーに同意したことになります。 This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.

メルマガ会員の登録が完了しました。