ファッション
連載 見果てぬ街づくり

ティファニー本社社長への冷や汗プレゼン:見果てぬ街づくりvol.5

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 丸の内のショッピングストリート計画のキモとなったのは、高級ブランドの新規誘致だった。今回は「ティファニー」の出店に関する裏話を紹介しよう。(この記事はWWDジャパン2022年8月22日号からの抜粋です)

 2004年9月竣工の「丸の内マイプラザ」の商業リーシングを担当した。重要文化財の明治生命館(1934年竣工)の隣に、地上30階の明治安田生命ビルを建設した新しい街区である。オーナーである明治安田生命からは、格式のある本社ビルの1・2階であり、仲通りと馬場先通りの角地にふさわしい“ブランド”を誘致するよう厳命が下った。

 「ボッテガ・ヴェネタ」や「マルタン マルジェラ」など、いくつか候補を出したが、先方はそんなブランドは知らないという。何が“ブランド”なのかを聞いても答えてはくれない。「では『ティファニー』とか『バーバリー』は?」と尋ねると、「それそれ」という。

 そんな流れで「ティファニー」との交渉を始める。当時、ティファニーの日本法人の社長だった新田克彦さん、ルイ・ヴィトンからティファニー日本法人のヴァイスプレジデントに転じた得能摩利子さんと協議を重ねた結果、前向きな返答をいただく。最後は米国本社のジェームズ・クイン社長が来日し、現場を視察して決定する運びになった。

逃げ出したくなるような威圧感

 建設工事中の丸の内マイプラザ前。新田さん、得能さん、私が待っていると、1台のタクシーが停まり、クイン社長が降り立った。その姿は、1945年8月30日に厚木飛行場に降り立った連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーと重なって見えた。世界のビジネスの最前線で戦ってきた人ならではのオーラがある。私は足がすくんだ。ここから逃げ出したいと思わせるくらいの威圧感が彼にはあった。

 日本法人社長の新田さんが対応してくれるだろうと甘く考えていたら、新田さんが私の背中を押し、「安田さん、あとは頼みますよ」と言った。(えっ!うそでしょ?)。一瞬で絶望的な気持ちになった。私がクイン社長に直接説明することになったのだ。

 さびついた英語で「この物件はこのコラム(柱)からこのコラムまでがファサードです」と説明しながら走った。シャツは汗びっしょり。途中でクイン社長の方をちらっと見ると、難しい表情を崩さず私を見ている。(ああ、早くこの時間が過ぎ去ってほしい。クイン社長は新田さんらに言われて、仕方なく物件を見にきただけに違いない。どうせ断るつもりだろう)。こういうときは悪い方へ悪い方へと考えてしまうが、冷や汗の案内は続く。

 ヘルメットをかぶった私たちは2階に上がった。極度の緊張の中、私はふと若い頃のニューヨーク駐在時代のことを思い出し、何気なく口に出した。「クインさん、この2階の天井はNYのティファニー本店と同じくらい高いですね」。するとクイン社長が違った反応を見せた。「君はNYにいたのか。確かに五番街の本店のようだね」と言って、その日初めて笑顔を見せたのだ。彼は真剣な表情に戻り、天井を隅々まで眺めていた。そのとき私は確かな手応えを感じた。

「銅像問題」で学んだブランドの本質

 数カ月後、出店が正式決定した。ブランドのすごさを思い知らされたのはその後だ。

 店舗の工事計画中の出来事だった。「ティファニー」のエントランスの上に置かれる銅像をご存じだろう。ギリシャ神話に登場するアトラス神が大きな時計を頭上で支える銅像は、ブランドのシンボルである。ところが、建設業者からはこの銅像や指定の大理石の荷重がかかりすぎて、取り付けられないと言われた。銅像と外壁の大理石を軽いFRP(繊維強化プラスチック)製にする代替案が出された。高い位置にあるので、見た目は変わらないというわけだ。

 これに対する米国本社の回答はNOだった。「これから永続的に営業する『ティファニー』の店舗でフェイクを使うなどあり得ない。補強の費用は払うので、全て本物でいく」とのことだった。

 私は建設現場でのクイン社長の笑顔と真剣な顔を思い出して、感激した。ブランドを守るとは、そういうことなのだ。


安田耕司(やすだ・こうじ):東京都生まれ。慶應義塾大学工学部卒業後、三菱地所入社。NY駐在員、横浜ランドマークプラザ館長、SC営業部部長などを歴任し、2013年にビルダーズを設立

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