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「バレンシアガ」の広告で注目を集める日本人のタロウって何者? 多才な23歳の素顔

 パリの観光名所の一つで、多くの観光客でにぎわうオペラ座周辺に「バレンシアガ(BALENCIAGA)」の大きな広告が飾られている。そのモデルの中の一人が日本人のタロウ・イマイ(Taro Imai)だ。23歳のタロウは同ブランドの2019-20年秋冬パリ・コレクションでランウエイデビューを飾ってから3シーズン連続で起用され、今季はいよいよ広告にも登場。現在は東京を拠点にモデルとして活動しているほか、DJや新宿のセレクトショップ「ジャックポット(Jackpot)」のスタッフとしての顔も持つ。筆者はパリのショールームで偶然知り合った彼に対して(今どきのミレニアルズなのかな)と少々身構えていたが、実際に話すと腰が低くて愛想もよく、固定観念を見事に打ち砕かれた。「バレンシアガ」のモデルとしてスカウトされた経緯や東京での日常、今後の目標についてをショーを終えた後のパリで聞いた。

−「バレンシアガ」のモデルにスカウトされた経緯は?

タロウ・イマイ(以下、タロウ):19-20年秋冬のショー本番から約3カ月前に、インスタグラムのダイレクトメッセージで連絡が届きました。後で分かったのですが、キャスティング・ディレクターのドラ(・ディアマント、Dora Diamant)が、僕が東京でDJしている姿を見てくれたのがきっかけのようです。最初のメッセージはとても定型文っぽい感じでしたね。メッセージを受け取ったときは初めてのヨーロッパ旅行でロンドンとパリに偶然1カ月滞在していたタイミングで、「パリにいるからショールームに行ける」と伝えたんですが「いやいや、まだ来なくていいから」と返事がきました(笑)。

−その後、正式な決定までの流れは?

タロウ:最終的に決定してもらったのはショー2日前のリハーサルの連絡でした。パリに入るまでに洋服のサイズや健康診断書を送るなどを何度もやりとりしました。僕が初めてランウエイモデルに起用される前シーズンにプラズマさんがショーに登場していたので、「WWD JAPAN.com」の彼の取材記事を読んで、決定までの流れが同じように進んでいることがうれしかったです。先方から返事が届くたびに「まだ落とされていないんだ」とワクワクしっぱなし。英語もろくに話せませんが、質問事項や回答を必死で訳して連絡をとっていました。

−それから3シーズン続けてランウエイを歩いてますが、まだ緊張する?

タロウ:緊張しないって言うと嘘になりますけど、それよりもうれしかったり楽しかったりする気持ちの方が大きいです。「バレンシアガ」という一流メゾンやパリという世界の舞台よりも、過去に経験した東京ファッション・ウイークや文化服装学院の文化祭でモデルを務めた時の方がもっと緊張しました。

−パリコレより日本の方が緊張するのはなぜ?

タロウ:文化服装学院の文化祭は約2万人も観客が入るため、単純に人が多いというのも理由の一つです。演劇型のショーなので笑顔だったり、顔を引き締めたりといった演出も加わりますし、放課後にウオーキングの指導を3~4カ月受けたので、時間を重ねた分緊張感も高まりました。洋服を作る学生も先生方も一生懸命取り組んでいることを知っていたので、その分失敗できないという思いもありましたから。

−東京のファッション・ウイークではどのブランドのショーを歩いた?

タロウ:「サルバム(SULVAM)」でスタイリストを務める猪塚慶太さんからインスタグラムを通じて連絡をいただきました。今から3年前で、ちょうど卒業間近。僕は目立ちたがり屋だし好奇心も強いので、二つ返事で承諾しました。18~20歳まで文化服装学院の文化祭でモデルを経験しましたが、学校以外のショーへの出演や、お金をいただいて仕事として請け負ったのは「サルバム」が初めて。大きなターニングポイントだったと思います。

−モデルの道に本格的に進んだのは「サルバム」のショーがきっかけ?

タロウ:そうですね。もともとはバイヤー志望で文化服装学院に入学したのですが、学べば学ぶほど自分には違うなと感じていました。モデルの仕事は可能性に限界がなくて、自由度が高いと思い方向転換したんです。何事もやってみないと分からないじゃないですか。京都で生まれ育って上京する前は、パリにモデルとして来るなんて想像もつきませんでしたから。目の前に来たチャンスを逃さずに、行動に移してみると何かしら得られるものがあります。頭で考えていても何も始まらないし、一番後悔しない道を選ぶことが大切だと学びましたね。

−学校卒業後はどのような生活を送っていた?

タロウ:午前中にモデルの仕事をこなし、日中はショップスタッフとして店頭に立ち、夜はDJとして活動する日々でした。事務所には所属せず、人の紹介などで仕事が入りました。ルックブックや雑誌の撮影、「ドルチェ&ガッバーナ(DOLCE&GABBANA)」がミレニアルズ向けの日本限定コレクションの発売を記念して開催されたファッションショーに出ました。「ヴァレンティノ(VALENTINO)」の広告の撮影は、ほかの仕事と流れが違ってとても思い出深いです。

−これまでとはどのような点が違った?

タロウ:私服に「ヴァレンティノ」のジャケットを羽織ってバッグを持つだけの撮影だったんです。確かTシャツは「ユニクロ(UNIQLO)」で、「ディッキーズ(DICKIES)」のボトムスと「カンゴール(KANGOL)」のハットという私服でキャスティングに行くと、「パーフェクト!」と言われそのまま撮影に移りました。ズラッと並ぶ「ヴァレンティノ」の洋服の中から「好きに着てみて」と言われ選んだのがレザージャケットで、そのまま採用されました。

先輩たちのように
“かっこいい大人”になりたい

−モデルとして活躍する現在もDJやショップスタッフを続けているが、そもそもそれらを始めたきっかけは?

タロウ:中学からヒップホップが好きで、DJとして活動し始めたのは専門学校を卒業してモデルの活動をスタートしたのと同時ぐらいです。クラブでのDJや、ファッション関係のレセプションパーティーなど知人を通して声が掛かったら引き受けています。「ジャックポット」での仕事は、オーナーに「働いてみないか」と誘ってもらったのがきっかけです。

−生計はどのようにして立てている?

タロウ:DJの仕事は現金で貰えますが、モデルのギャランティーは2~3カ月後に振り込まれるので時差があり、収入はアップダウンするのが現状です。でも頑張ったら頑張った分入ってくるし、さぼったらその分苦しくなる、そうやって分かりやすく成果が出る方が自分には合っています。

−今後は何を目指していく?

タロウ:まずはもっと自立して、社会的に大人になりたい。いろいろな経験を通して内面は成長していると感じてますが、かっこいい先輩たちを見ると自分はまだまだです。今の環境は恵まれていて、幸運がたまたま重なって努力以上の結果を得られているだけ。時代の流れは速いし、ずっとこの状況が続かないと分かっているから、漠然とした焦りもあります。

−大人の定義とは?

タロウ:年齢ではなく、周りを巻き込んで仕事をできる人です。先輩たちを見ていると、それぞれがその人にしかできない職を持っていて、個々の強みを生かしながらかっこいい人同士がつながり、仕事をしています。だから彼らが僕にしてくれたように、才能があると思った人にチャンスを与えて一緒に何かを作る仕事がしたい。あとは単純ですけど、後輩をご飯に連れて行った時にご馳走してあげられる大人になりたいです(笑)。

−デジタルでのコミュニケーションが当たり前なミレニアル世代には珍しく、人と直接関わることを大切にしている印象だが?

タロウ:“ミレニアル世代だから”という固定観念に違和感を覚えることは多々あります。少なくとも僕は、時代がどんなに移り変わっても、人と人との直接的なつながりは大切であり続けるものだと考えています。年齢や国籍を問わず個性に対するリスペクトは重要で、言葉を超えて分かり合える瞬間って絶対にある。海外に来る機会が増えて、英語には敬語があまりないけれど、目と目を合わせて話せばリスペクトは伝わると学びました。インスタグラムでスカウトされるなどSNSは名刺代わりの役割を果たしますが、それが全てではない。センスだったり人間性だったり、スマホの画面越しからは見えない“人物”を捉えられるのも僕にとっての大人の定義の一つです。そのためにも「自分にはコレだ」と自信を持って言える一つの道を極めたい。

−モデルの道を極めるつもりは?

タロウ:まだ決めていません。興味のあることに次々と挑戦しながら、自分にしか作れない道を作っていくのが理想です。良くも悪くも予定調和では進まない時代を生きていて、意外なところで素敵な人や仕事と出合うことがあることを学びました。だって初めてのヨーロッパ旅行中に「いつかモデルの仕事でここに戻ってきたい」と思っていたら、数日後に「バレンシアガ」からスカウトのメッセージが届き、数カ月後にはランウエイを歩いていたんですから。たとえ失敗をおかしても、自分で出した決断に対して後悔するタイプではないので、とにかく行動に移して経験を積むことが今は大事ですね。最近は「ブラックアイパッチ(BLACKEYEPATCH)」のルックブックで初めてディレクションにも挑戦しました。デザイナーが僕にチャンスをくれて、モデルの仕事とはまた全然違うやりがいを感じました。そういった仕事や、今こうして取材を受けているのも、全ては知人からの紹介でつながっている。縁って本当に大事だなと思います。

ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける