「パタゴニア(PATAGONIA)」は兵庫県豊岡市で環境再生型農業の実践や環境保全型ソーラーシェアリングへの投資を行う。豊岡市では一度絶滅したコウノトリの野生復帰を起点に、農業、生物多様性の保全、そして、再生可能エネルギーが一体的に設計されている。この地域で行われているのは、「地域そのもの」を多様な利害関係者によってつくり直す試みだ。
2025年9月、豊岡市にある坪口農事未来研究所の5基のソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)が分散立地する農地(8.85ha)が「自然共生サイト」認定を取得した。「自然共生サイト」は23年から環境省が民間の取り組みなどによって生物多様性の保全が図られている区域として認定するもので、豊岡市が体系化した「コウノトリ育む農法」による環境保全を基盤とし、事業者によるソーラーシェアリングでの脱酸素に向けた取り組みが評価された。パタゴニア日本支社がソーラーシェアリング施設の建設資金を提供し、坪口農事未来研究所が社債を発行し、償還する仕組みで、発電した電力は、関西電力を通じてアップデータ(UPDATER)が全量買い取り、その一部を「パタゴニア(PATAGONIA)」の京都店や神戸店、関西オフィスに供給している。その際、アップデータのブロックチェーン技術によって発電所とのマッチングを行っている。再生可能エネルギー調達のための開発が自然破壊を引き起こしてきた事例が散見されるなかで、この事例は異質だ。発電設備が生物多様性を維持する農地の上に成立しているからだ。
コウノトリから始まった地域の再設計
豊岡市とコウノトリの物語は、1971年に豊岡市で最後のコウノトリが捕獲され、日本の空からコウノトリが姿を消したところから始まる。豊岡市は日本でのコウノトリ最後の生息地だった。絶滅の原因は、銃による乱獲、高度経済成長に伴う開発による湿地や湿田環境の減少、農薬の大量使用による餌となる生き物の減少だ。
絶滅前の65年、豊岡市は野生のコウノトリを捕まえ人工飼育を開始するが、繁殖はうまくいかなかった。転機は85年。旧ソ連・ハバロフスク地方から幼鳥5羽を譲り受けたことだった。89年には初めてのヒナが誕生。その後、コウノトリを再び空に戻す取り組みが始まり、水田や河川の自然再生、営巣するための人工巣棟の設置、無農薬・減農薬による米作りが始まった。飼育下での繁殖を経て2005年には5羽を放鳥。07年には自然下で初めてのヒナが誕生した。現在では野外個体数は550羽を超え、分布は14府県27市町へと広がっている。
内藤和明兵庫県立大学教授は「つい先日、環境省レッドリストでのコウノトリの評価が見直され、絶滅危惧IA類からIB類へとランクが引き下げられた。これは20年以上にわたる取り組みの成果と言える」と胸を張り、「依然として絶滅リスクは高く、継続的な保全が必要ではある」と加える。さらに「コウノトリは特別天然記念物であり、文化財としての価値も持つ。各地域では『地域の誇り』として位置づけられると同時に、生態系の健全性を示す指標種としても重要である。豊岡では、単に過去の自然を復元するのではなく、河川改修や農地整備がなされた現代の環境条件の中で、人もコウノトリも多様な生物も共存できる新たな自然環境を創出していくことを目指している。これは『ネイチャーポジティブ』の理念にも通じるもので、人工的に改変された中でも、生物多様性を支えられる環境を実現することが重要だ」と話す。
豊岡市の宮垣均コウノトリ共生部コウノトリ共生課課長は、豊岡市がコウノトリの保護活動に力を入れる理由を「コウノトリが生息できる自然環境を再生・創出するとともに、 人とコウノトリ(自然)の関係を再生・創り直していく取り組みだ」と説明する。
コウノトリの野生復帰に向けた取り組みは①保護増殖②生息環境整備③地域理解の促進の3本柱で取り組んでいる。特に生息環境の整備は河川(円山川)と大規模湿地を軸に据え、コリドーとなるビオトープの設置、広い面として存在する農地水田での環境創造型農業の推進、そして、それらの水系ネットワークを繋げ再生するための魚道なども挙げられる。コウノトリは多様な動物を食べるが、特に水辺環境への依存度が高く、水のネットワークとそれに連なる水田の質が、そのまま生息環境の質を左右するからだ。
「農業を変える」ことが核心だった
宮垣課長はこう振り返る。「最大の課題は水田で、湿地や水路を整備しても、最大の餌場である水田が変わらなければ、生態系は回復しない。そこで生まれたのが農薬や化学肥料に頼らず、おいしいお米と多様な生き物を同時に育む『コウノトリ育む農法』だ」。05年のコウノトリの野外放鳥を機に本格的に作付けが始まり、現在(2025年時点)では、市内に広がる水田の約19%、507ヘクタールまで広がった。
「コウノトリ育む農法」は理念にとどまらない。兵庫県立大学の内藤教授らの研究チームは、慣行農法と環境保全型農法を比較し生物相の違いを検証してきた。内藤教授によれば「コウノトリ育む農法」は、生物の多様性やその生物量の観点で明確なメリットが確認されているという。豊岡市では農業は単なる生産活動ではなく、地域の豊かな生態系として再定義されてきたといえる。
「自然を戻す」のではなく、「つくり直す」
豊岡市の取り組みは、過去の自然への回帰ではなく、現代の土地利用の中で、コウノトリを含む多様な生きものが生きられる環境を再設計することだ。河川再生、大規模湿地、水田、魚道――それらをつなぐ水系ネットワーク。そして「コウノトリ育む農法」。豊岡市ではJAたじまなどが連携して農家の所得向上を目指し、ブランド化、販売促進、栽培支援などを行い、普及に努めてきた。現在は認証ブランド米「コウノトリの舞」として全国500店舗以上、アメリカ、オーストラリア、ドバイ、香港など海外8カ国で販売する。環境と経済の好循環を目指して、豊岡は多様な生きものが暮らせる地域をつくり直してきた。
パタゴニアが豊岡で取り組む理由
こうした地域の蓄積の上に、関わり始めたのがパタゴニアだ。理由は明確だ。同社は「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」というミッションのもと、気候危機を重要な経営課題として自らのビジネスにおける炭素排出量の削減に加えて、気候変動を減速させるための自然保護や、再生可能エネルギーへの公正な移行支援に取り組む。電力の調達についても独自に指針を持つ。
篠健司パタゴニア日本支社環境・社会部門ブランド・レスポンシビリティマネジャーはソーラーシェアリング事業参入についてこう振り返る。
「16年の電力自由化が行われた後も自分たちが使いたいと思える電気は市場になかった。単に再生可能エネルギーであるだけではなく、地域や環境に物理的な便益をもたらすこと、さらに野生生物や生態系への影響を最小限に抑えていることが重要だった。実際、多くの再生可能エネルギープロジェクトは、地域環境を改変することで影響を与えており、そうした課題は、近年各地で問題提起されてきた。そうした中で、営農を続けながら発電するソーラーシェアリングは、自社の指針に合致するのではないかと考えるようになった」。
その結果、17年に千葉県匝瑳市でソーラーシェアリングを始動。また可能な限り、自社が所有・運営する拠点に近い立地のプロジェクトであることを目指し、西日本エリアでのパートナーも探し始め、18年末に坪口農事未来研究所と出合った。このプロジェクトを進めるにあたり「コウノトリへの影響はないのか」という懸念があったが、影響が最小化されることを確認の上で投資を開始した。
ソーラーシェアリングから発展
パタゴニアは全世界におけるGHG排出量の約1/4が農業を含む土地利用に起因するため、地球再生の取り組みとして土壌の炭素貯留能力を高めるリジェネラティブ・オーガニック(以下RO、環境再生型農法)を推進する。RO農法は不耕起栽培で炭素を固定しながら健全な土壌を構築する有機農法で、土壌を修復し、動物福祉を尊重し、農家の生活を向上させることを目指し、17年にグローバル認証として制定された。しかし、畑地の管理を想定した基準となっており、これまで水田に関する基準は存在していなかった。
この「コウノトリ育む農法」はパタゴニアが推進するリジェネラティブオーガニック(以下RO、環境再生型農法)認証の水田稲作ガイドライン策定の参考になった。豊岡市で長年実践され明確な実績を積み重ねてきた農法が、グローバルな認証基準の形成に影響を与えた点も興味深い。坪口農事未来研究所は現在、RO認証取得に向けて申請を行なっている。平峰拓郎取締役事業部長は 「コウノトリとの共生は、次世代へ豊かな土壌と空を繋ぐこと。RO認証への挑戦は、日本の水田農業の新しいスタンダードになる」と意気込む。
環境、経済、社会を切り離さない、マルチセクターでの連携
このプロジェクトの本質は、農業、生物多様性の保全、太陽光発電の両立とマルチセクター連携にある。豊岡市、兵庫県立大学、坪口農事未来研究所、パタゴニア、アップデータの連携だ。それぞれが別々に語られてきた領域を、ひとつの仕組みとして結び直している。さらに、坪口農事未来研究所が生産する「コウノトリ育む農法」の米の一部は、パタゴニアの食品コレクション「パタゴニア プロビジョンズ」が販売する日本酒「繁土 ハンド」やオーガニック味噌へと展開されており、環境と経済が切り離されていない。
このプロジェクトは、環境と経済、社会の関係を別の形に組み替える試みでもある。コウノトリが暮らせる環境を前提に、農業、エネルギー、地域経済を未来に向けて再接続すること。その具体的取り組みが、すでに豊岡で動き始めている。