PROFILE: 木村大志/「パタゴニア」アンバサダー

米国発のアウトドアブランド「パタゴニア(PATAGONIA)」のアンバサダーに今春、長野・木島平を拠点とするトレイルランナー、木村大志が加わった。同ブランドの“代弁者”であるアンバサダーは、現在グローバルで125人、日本では18人。日本人の加入は6年ぶりだいう。「ストイックなところもありつつ、アウトドアスポーツを心の底から楽しんでいて、10年前に出会った当時から人柄もすばらしい」と「パタゴニア」担当者がコメントする木村に、トレイルランニングや山の魅力を聞いた。
WWD:トレイルランニングとの出合いを教えてください。
木村大志「パタゴニア」アンバサダー(以下、木村):高校卒業後、自衛隊をへて新潟・妙高のアウトドア専門学校(国際自然環境アウトドア専門学校)に通いました。トレイルランニングというスポーツを初めて知り、挑戦したのはそのころです。ただ、秋田・鹿角にある実家はすぐ裏が山だったので、子供のころから山を駆け回っていました。それが自分にとってのトレイルランニングの原点かもしれません。
WWD:トレイルランニングの魅力はどんなところですか。
木村:いろんな魅力があって、まずは純粋に爽快感がある。山ですばらしい景色を見るのは気持ちがいいですし、少し危険な場所を越えていくときはドキドキと胸が高鳴ります。それに加えて、自分流の楽しみ方ができるのもトレランの魅力。花が好きな人なら山で花を見るのもいいですし、僕は山菜を採るのが好きなので、春になると山菜を探しながら走っています。山菜を探してすぐに立ち止まってしまうので、春は練習になりません(笑)。気づいたらポケットがいっぱいになっていて、トレーニングをしているんだか山菜採りをしているんだか分からない、なんていうことも。速く走れば遠くまで行けて、その分たくさん山菜を収穫できるのがいいですね。そのように個人の趣味嗜好に合わせて、走ることに楽しみをプラスオンできるのがトレランの良さだと思います。
WWD:トレランは“玄人のスポーツ”というイメージもありますが、そんなふうに自分流の楽しみ方を見つけると、挑戦したいと思う人も増えそうです。
木村:専用のギアが必要となることも多いアウトドアスポーツの中では、トレランは割と始めやすく、間口が広いんじゃないでしょうか。ロードランをきっかけにトレランを始める人もいますし、登山の延長で山を走るようになる人もいます。マラソンなどのロードランはタイムやスピードの向上を目指すムードもありますが、トレランはたとえ同じコースを走るのであっても、その日の天候やコースコンディションによって出せるペースが全く異なってきます。それゆえ、「30キロを走るならこのタイムを目指せ」といった基準もあまりない。タイムやスピードではなく、完走を目標として、純粋に走ることを楽しんでいる人が多いという印象です。
「長く使い続けることがかっこいい」
WWD:「パタゴニア」との出合いは。
木村:専門学校時代に、性能に魅力を感じて「パタゴニア」製品を購入するようになりました。アウトドアのウエアやギアは安くはないので、買うなら長く大切に使いたい。「パタゴニア」製品の耐久性や、修理してなるべく長く使い続けるといった考え方に共感したのも、ファンになったきっかけです。初めて買ったのはフリースの“R-1”だったと思います。季節ごとにお気に入りのアイテムがありますが、夏は“リッジ・フロー・シャツ”は走るときはいつも着ています。
WWD:アンバサダーとなったことで、ブランドとの関わり方はどう変わりますか。
木村:これまでも、「パタゴニア」のサポートアスリートといった形で発売後の製品を使わせてもらい、その感想をブランド側にフィードバックしていました。アンバサダーになったことで、今後は発売前のプロトタイプ製品のテストにも参加し、今まで以上にコミットしていくことになると思います。自分が製品開発に参加し、「パタゴニア」の未来に関われるというのはすごく光栄で、とてもうれしく思います。
WWD:アンバサダーとして、ブランドの考え方や思いを代弁していくという役割も期待されています。
木村:自分はギアやウエアが使い込んで汚れていたり、破れた箇所を直した跡があったりする方がむしろかっこいいと思っているふしがあります。ファッションも楽しむおしゃれなランナーの方もいるので、皆がそういう考えであるべきというものではないですが、ギアやウエアを大切に長く使い続けること、長く使い続けることがかっこいいんだという価値観は伝えていきたいと思っています。
WWD:今は新潟に近い長野・北信エリアの木島平村を拠点にしています。
木村:木島平に住んで6、7年になります。その前は3年間東京に住んでいました。トレランと共にスキーも好きなので、東京時代は冬に雪がないのが寂しくて、専門学校時代を過ごした北信エリアに帰ることにしたんです。北信の魅力は四季がはっきりしていること。11月の下旬から5月くらいまではしっかり雪があって、夏もすばらしい。僕はトレランやスキーのほか、自転車も好きなので、季節の変わり目の5月は朝はまずクロスカントリースキーをして、その後山を走って、自転車に乗ってとフルで楽しめる。一日中アクティビティーが堪能できて、木島平は僕にとって本当に夢みたいな場所です。
「大好きなエリアを知ってもらいたい」
WWD:トレランレースなどを企画・主催している宿泊施設のスポーツハイムアルプで働き、アルプの仲間の方たちと古い登山道の整備にも取り組んでいますね。
木村:アルプでは、「奥信濃100」という100キロメートルのトレランレースを21年から開催しています。使われなくなっていた古道を通らないとレースのコースがつながらないということで、登山道の整備を始めました。最初は知識もない中で道を切り開いていったんですが、いろんな方と出会う中で、“近自然工法”という整備手法も知り、今はそれを勉強しながら整備を進めています。“近自然工法”は、言葉通り自然に近い形での整備を目指すもの。ふもとから人工物を持ち込んで整備するのではなく、現場にあるもので保守していきます。たとえば、自然の中に規則正しい木の階段を作ると、その階段の脇を人が歩いたり、雨水が流れたりして、かえって荒廃が進んでしまうんです。
WWD:荒廃していた道を整備し、レースを開催して都会から人を呼び込むことは、インフラ的な面でも、経済的な面でも地域貢献につながりますね。
木村:レースで多くの人が登山道を通ると道が整っていくので、地元の方の整備の負担は減らせているのかもしれません。アルプで登山道の整備ツアーを行ったり、レースを行ったりすることで、自分が大好きなこのエリアを多くの方に知っていただけることが何よりうれしい。整備ツアーに参加された方は、皆さん里親になったような気持ちでこの地域に愛着を持ってくれます。「修復箇所はその後どうなったかな」と、何度もこの地を訪れてくれる。整備をすると自然に対する意識も変わって、山で走るときに木の根を踏まないようにしようとか、山ではこういうことをしたら良くないなというように、意識が向くようにもなります。
WWD:「パタゴニア」の公式サイトには、木村さんが22年に行った、木島平の自宅から信越トレイルを踏破して、また自宅に帰ってくるという総距離175キロメートル、累積標高8000メートルの山行記録も掲載されています。この山行でもそれ以外のレースでも、走っている最中に、辛い、もうやめたいと感じる瞬間もあるのでは。
木村:眠いとか休みたいとかは考えますが、誰かに強制されているわけではなく、自分がやりたくて計画を立てて、ルートや装備を考えてやっていることなので、辛い、やめたいという思いはないです。むしろ、辛いのすら楽しい。ノルディック複合の選手としてスキー競技に明け暮れていた高校時代は、やらされている感じもあって、それが嫌でした。でも、社会に出て働き始めてみると、自分はやっぱり体を動かすことが好きなんだと気づいたんです。今はトレーニングにおいても、「今日は天気がいいから山に行こう」「今の時期は雪があるから、ランニングはさておき滑りに行っちゃおう」というように、山を楽しんでいます。最近子どもが生まれたので、一緒に山に行ったり、スキーに行ったりするのも楽しい。そんな暮らしの中、トレーニングでも、登山道整備でも、薪割りなどの宿の仕事でも「パタゴニア」の服はもうずっと着ていて、欠かせないものです。