PROFILE: ジェナ・ジョンソン/パタゴニア社長

トランプ氏が大統領に再就任して以降、米国の気候変動対策は大きく後退している。そんな中でも、パタゴニア(PATAGONIA)は規制に頼らず、脱炭素化、リサイクル素材の研究、再販と循環性、サプライチェーン倫理などの取り組みを前進させている。「私たちは意図的に成長を制限している」と語るジェナ・ジョンソン(Jenna Jonson)社長の言葉の裏にあるのは、利益よりも地球を優先する新しい経営の形だ。新体制“地球が唯一の株主”となってから3年、ジョンソン社長にメールインタビューを行った。
WWD:米国やEUで環境対策に対する反発の動きが見られる現状をどう見ているか?潜在的なリスクに対し、独自に対策を講じているか?
ジェナ・ジョンソン=パタゴニア社長:(以下、ジョンソン):気候危機は今すぐ私たちに有意義な行動を求めており、私たちは、法規制などによる後追いの行動調整を余儀なくされるのではなく、気候危機に真剣に取り組む姿勢を示すべく、最善を尽くしてビジネスを行っている。他社が私たちを手本としたり、私たちの知識を活用してともに解決策の一部となったりできるようなビジネスモデルを構築していることに誇りを持っている。
パタゴニアは、他の志を同じくする企業と同様に、すでにスコープ1、2、3のGHG排出量を自主的に報告している。当社のGHG排出量の90%以上は製造工程に由来しており、パートナー企業と協力していくつかの施策に取り組んでいる。例えばエネルギー効率の改善に焦点を当てたエネルギーおよびカーボン監査への資金援助や、敷地内および敷地外での再生可能エネルギーの導入、製品に使用される材料の製造過程における石炭やその他の炭素集約型燃料の使用削減などで、優先的に使用すべき材料(preferred materials)の利用を増やしている。
しかし、責任を果たそうとする一握りの企業による自主的な行動だけでは十分ではない。私たちは、欧州、カリフォルニア州、ニューヨーク州、そして世界中の政府が、企業に環境フットプリントの測定、報告、および緩和を義務付ける取り組みを歓迎している。
WWD:特に欧州と米国における規制を予測するにあたり、パタゴニアの喫緊の目標と現在取り組んでいることとは?
ジョンソン:私たちは、政府に何が正しく何が間違っているかを教えてもらうことに依存していない。現在、脱炭素化、リサイクル素材の研究、再販と循環性、サプライチェーン倫理といったプログラムへの投資を継続しており、特に注力しているのは前述したサプライチェーンの脱炭素化だ。また、私たちは製品が可能な限り責任を持って製造されるよう、フェアトレードUSA(Fair Trade USA)やブルーサイン(bluesign)、Bコープ(B Corp)、カスケーレ(Cascale)などさまざまな独立機関と連携している。
政府による環境政策や規制への支援が縮小または完全に停止することは、私たちにとって常に残念なことだ。
WWD:近年、他社も製品の回収とリサイクルの取り組みを開始している。回収とリサイクルにおいては規模が重要になるが、自社製品の自己回収と分別のみで大量の処理を行うことは困難だ。こうした状況に対して他社との協業についてどう考えるか?また、私的(個別)所有から共有モデルへの移行は可能性としてあり得るか?
ジョンソン:他社については言及できないが、パタゴニアの「ウォーン・ウェア」の成功にはいくつかの重要な要素があった。第一に、パタゴニア製品は長持ちするように作られている。もし当社の製品が6カ月で、あるいは数回洗濯しただけでだめになるようでは、リセールを魅力的にすることは困難、いや不可能だろう。
第二に、当社のコミュニティだ。当社には、中古品を購入することに金銭的にも環境的にも価値を見出す、素晴らしい顧客層がいる。製品をより長く使い続けることが、アパレルが環境に与える影響を最小限に抑えるための最善の方法の1つであると認識しているからだ。
「意図的に成長を制限している」
WWD:生産量削減を循環型ビジネスへの移行手段としている企業はごくわずかだ。これは、「より多く売れば売るほど良い」という従来の考え方から脱却することへの抵抗を示しているように見受けられる。この状況をどう考えるか。
ジョンソン:私たちは、利益の最大化を優先事項としていないし、それに基づいて意思決定を行うことはない。私たちはトレンドに左右されず、デザインも流行を追っていない。先日発売した25年秋の製品ラインも開発に18カ月を要した。当社は過度な成長を重視しておらず、製品をできるだけ迅速かつ安価に作るという以上の基準に基づき意思決定を行っている。在庫数に多くの検討を重ね、サプライヤーとは品質について連携し、全ての環境負荷を最小限に抑えるように取り組んでいる。
私たちが「責任」という言葉を使うとき、大量の安価な製品を製造しないことと、製造する製品は可能な限り品質を確保するための努力をすることの両方を含んでいる。アウトドア産業やアパレル産業全体と比較するとパタゴニアは依然として比較的小さな企業だが、それは私たち自身が意図的に成長を制限しているからだ。これは、製品とサービスの品質に妥協しないことを意味すると同時に、販売店(ディーラー)やお客さまが当社の製品を見つけられる場所についても厳選しているということだ。
WWD:2024年3月6日付の「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に発表された研究では、血管内の微細なプラスチック粒子が心臓発作(心筋梗塞)、脳卒中、および死亡のリスク増加と初めて関連付けられた。アウトドア製品には合成繊維が多く使用されており、特にフリースは大量のマイクロプラスチックを放出することが知られている。フリースはパタゴニアでも人気の高い製品だが、今後、マイクロプラスチック問題にどのように対処していくのか。
ジョンソン:私たちはマイクロプラスチックだけでなく、マイクロファイバー全体を研究対象としており、10年以上にわたり調査を続けてきた。自社製品がどのようにこの問題に関わっているかを明らかにするために12以上の研究に携わってきた。研究から分かったことは、マイクロファイバーと聞くとすぐにフリースが思い浮かぶが、実は生地の品質こそが、抜け毛(シェディング)の最大の決定要因であるということ。色や耐久性のために合成化学物質で処理されることのある天然繊維も抜け毛を起こす。この研究結果を基に、生地の抜け毛に関する基準を社内の品質基準に組み込んだ。
また、お客さまレベルでも、グッピーフレンド(Guppyfriend)ウォッシュバッグや洗濯機フィルターなどがマイクロファイバーの排出抑制に役立つ。
WWD:多くの消費者にとってファッションは気分やトレンドに左右されがちであり、環境や社会問題の解決を訴えるだけでは響かないことがよくある。ファッション性を提案する企業は、このような環境・社会問題にどのように向き合い、アプローチすべきだと考えるか。
ジョンソン:企業の環境へのコミットメントが製品の謳い文句やマーケティング資料の中にだけ存在している場合、そこには真の責任がない。私たちの経験上、環境への責任が会社自体の基本的な理念となっていない限り、コスト削減が必要になった際にその取り組みは削られがちだ。私たちはファッションブランドではないが、デザイナーは流行に左右されない、タイムレスな製品を作ることに注力している。
パタゴニアにとって、サプライチェーンを把握することは、多くの分野で前進するために不可欠だった。知らなかったことや場合によっては困難な真実、つまり製品がどのように作られているかという事実に立ち向かわなければならなかった。私たちは完璧な会社ではない。この取り組みに終わりはないが、私たちは挑戦し続けなければならない。そして、お客さまはその努力を評価してくださっていると信じている。私たちのコミュニティが私たちを支持し続けてくれるのは、私たちが彼らをこのプロセスに巻き込んでいるからだ。
WWD:顧客層について、最近、何か変化は観察されているか?
ジョンソン:パタゴニアの顧客層は幅広く、その中心をなすのはアウトドアスポーツ愛好家と環境活動家だ。多くのお客さまはその両方の側面を併せ持っている。私たちはさまざまな側面を持つことで知られているが、その核心は、地球上で最も過酷な場所にも耐えうる製品を、可能な限り責任ある方法で製造するアウトドアアパレル企業であるということだ。
紫外線対策に注力「気候危機時代にアウトドア活動をどう楽しむか」
WWD:現在、どのような素材やテクノロジーに注力しているか?
ジョンソン:今年私たちは意図的にPFAS(有機フッ素化合物)を添加しない初の製品ラインを発表した。私たちは引き続き、リサイクル素材、有機再生素材(環境再生型有機農法でつくられた素材)、そして環境負荷の低い生地といった「推奨素材」のみの使用に注力している。
最近特に時間をかけて取り組んできたのが、サンプロテクション(紫外線対策)だ。私たちが取り組むスポーツでは日光への曝露は避けられない現実であり、それは危険を伴う。
当社では、アウトドアスポーツ向けの製品の品質とパフォーマンスを妥協することなく、後加工(トリートメント)に頼らない日焼け防止効果を製品がどのように提供できるかについて、研究を進めている。
私たちの製品は、お客さまの「困りごと」を解決するために存在しており、気候が変動している現代において、私たちは「気候危機時代に大好きなアウトドア活動をどう楽しむか」という問いに向き合っている。
WWD:最近最も成功した製品は?
ジョンソン:最近、“ダウンセーター・ジャケット”をブレオ社(Bureo)の廃漁網を原料としたリサイクルナイロン「ネットプラス(NetPlus)」を100%使用して再発売した。これは時代を超えた名品であり、より責任ある方法で作られることで、私たちの製品を継続的に改善するという考え方を体現している。
WWD:「地球が唯一の株主」の新体制となってから3年以上が経過した。この体制は、従業員を含むステークホルダーにどのような影響を与えたか?
ジョンソン:あの発表以来、私たちの日常業務が劇的に変わったわけではない。しかし、地球の健康と自然に対する脅威はかつてないほど増大している。米国では、前例のない速さで環境規制が撤廃されてきた。
ここにいる私たちの多くは、私たちが日々行っている仕事が、地球を傷つける政策に直接対抗できることを知っているからこそ、責任感を新たにしていると感じている。
製品面に関していえば、意図的に添加されたPFAS(有機フッ素化合物)の排除に向けた弊社の取り組みは、ゴアテックス(Gore-Tex)で知られるゴア社との提携や影響力を考慮すると業界全体に影響を与えたといえる。また、ウェットスーツの最終的な廃棄ソリューション(エンド・オブ・ライフ・ソリューション)も発見した。
当社の所有構造(オーナーシップ・ストラクチャー)は、より多くのリソースを迅速に投入することを可能にしているが、これは22年以降、大きく変わっていない。社会貢献活動では、公有地キャンペーンとして40000人以上の人々が議会に連絡を取り、連邦予算の財源として公有地が売却されることに反対するよう議員に伝えた。この結果、その規定は米国予算案から除外された。23年には、ビヨサ川がヨーロッパ初のワイルド・リバー国立公園となるための支援を行った。