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リベンジ消費とインフレに押し上げられた「宴」の終焉が迫る【小島健輔リポート】

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ファッション業界のご意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。コロナが5類に移行した昨年春から衣料品の消費回復が顕著になった。ただ安心はできない。パンデミックの反動のリベンジ消費が一巡した2024年は各社の実力が試される。小島氏は大胆な予想を展開する。

都心の百貨店は富裕層と外国人旅行者の高額消費に押し上げられてこの世の春を謳歌し、大手アパレルやアパレルチエーンの多くも業績が回復しているが、地方百貨店や衣料消費総体の回復ははかばかしくない。売り上げの回復もインフレが押し上げたもので客数は回復しておらず、リベンジ消費が一巡すれば衣料消費の再失速が危ぶまれる。

リベンジ消費の宴は今年いっぱいで終わる

昨年12月は「ユニクロ」(前年比−15.4%/19年比−6.6%)や「無印良品」(前年比−9.0%/19年比−5.5%、衣料品は前年比−19.6%/19年比−21.8%)の既存店売上が失速し、年明けの15日にはバロックジャパンが24年2月期の業績予想を大幅下方修正するなど衣料消費の回復に黄信号が点った。もとより今の売上回復はコロナ明けのリベンジ消費とインフレが押し上げたもので、客数はほとんど回復していないという見かけの回復だから、リベンジ消費が一巡すればインフレも沈静化して売り上げが落ち込むリスクが予見される。わが国ではコロナ明けの衣料消費回復は23年春から始まったが、リベンジ消費による回復局面はいつまで続くのだろうか。

回復したと言っても、全国百貨店衣料品は19年比で7掛けに落ちたものが8掛け、9掛けと戻っただけで、総額が19年比4.1%増、インバウンドを除く国内消費だけでも同1.5%増と好調だった11月でも衣料品は同5.5%減、12月も同1.6%減にとどまった(年間では19年比13.4%減)。その11月の家計調査「被服及び履物」支出も19年同月を0.5%(10月は3.7%)上回ったが、通年では8掛けから9掛けに回復する途上でしかない。商業動態統計の「衣服・身の回り品」小売売上高は11月も19年比18.6%減(10月は14.8%減)とさえない。「回復」の勢いがその程度のもので、しかもリベンジ消費はいつまでも続くわけではないから、衣料消費の先行きには暗雲が漂う。

リベンジ消費は、コロナ下のおこもり生活で不要だったり先延ばしされたお出かけ消費が平常生活に戻って一斉に復活し、コロナ下の消費停滞や給付金で貯まっていた家計貯蓄が尽きれば一巡するという性格で、先行した米国では3シーズンで終わっている。

給付金が手厚く行動規制の解除が早かった米国では21年秋から消費が力強く回復して「衣料品&アクセサリーストア」は21年には早くも19年比7.7%増とコロナ前を超え、「百貨店」も22年には19年比1.4%増と回復したが、「百貨店」の回復は22年の秋冬で一巡して23年の春からは失速している。23年の5月以降は9月を除き19年の水準を割り込んでおり、直近の11月、12月と落ち込みが拡大して年計でも19年を1.4%下回った。

百貨店のリベンジ消費は21年秋冬、22年春夏、22年秋冬の3シーズンで終わったことになるが、米国のインフレ率は20年で1.25%、21年で4.68%、22年で7.99%、23年も4.08%(IMFによる10月時点推計)と高く、インフレを除外した実勢は回復ピークの22年で19年比−12.9%、23年は同−20.8%に留まる。わが国のインフレ率は20年で−0.03%、21年で−0.23%、22年で2.5%、23年でようやく3.21%(IMFによる10月時点推計)と格段に低く、わが国百貨店衣料品の実勢は22年で19年比−22.9%、23年で19年比−17.9%と米国と大差ない。

インバウンドによるかさ上げ(11月で全国百貨店売上総額の7.9%、12月で7.4%)やバブル期来という株高効果があるとは言え、それらの大半は高額なラグジュアリー雑貨などに流れて衣料品の回復は鈍いから、リベンジ消費が3シーズンで一巡するとすれば、早ければ24年の春夏まで、遅くても秋冬で宴は終わることになる。円安が継続すれば(なかなか縮まらない日米金利差や外貨実需を考えればその公算は高い)、デフレ転落した中国人の高額消費が戻らなくてもインバウンドの勢いは続くだろうが、国内客の衣料品購入は失速が避けられないと見るべきだ。

生活必需支出のインフレが衣料消費を圧迫

注目すべきは米国の「衣料品&アクセサリーストア」と「百貨店」の格差だ。「衣料品&アクセサリーストア」売上高の19年比は22年で+14.8%と「百貨店」を13.4ポイントも上回り、実勢でも+0.3%とわずかに19年を上回った。23年は「百貨店」の−1.4%に対して+16.4%と格差は17.8ポイントに開いたが、実勢では−2.3%と19年水準には届かなかった。

米国のコロナ明けの消費回復とインフレはほぼ同期しており、「百貨店」は22年秋冬までは同期した(値上げが受け入れられた)が23年春夏以降は同期が崩れ(値上げが拒否された)、23年秋冬では乖離が決定的になって値引き販売に追い込まれた。対して「衣料品&アクセサリーストア」は23年も辛うじて同期を維持した。その差は価格帯であり、割高感が強まった「百貨店」からモールの「衣料品&アクセサリーストア」やオフプライスストアに、値上げで大衆には手が届きにくくなったモールの「衣料品&アクセサリーストア」からウォルマートやターゲットのアパレル部門、関税も消費税も掛からない低価格の越境EC(「シーイン(SHEIN)」や「ティームー(TEMU)」など)に衣料消費がダウンサイジングしているのが実情だ。

米国のインフレはガソリンと光熱費に始まって食料品と家賃に波及し、人手不足と賃金上昇で外食(フードサービス)がチップの慣習も災いして法外に割高になり、その出費を抑えるべくスーパーマーケットのミールソリューション(オープンキッチンのイートインやテイクアウトの拡充)が活況を呈しているが、それでも追いつかずに衣料支出を抑制する傾向が見られる。米国とてインフレがようやくピークアウトして実質賃金がプラスに転じたのは23年5月からで(21年、22年、23年1〜4月はマイナス)、勤労者層の必需支出率(住居費、医療費、食料費、光熱費、通勤費)は65%、貧困層では80%に達すると言われるから、必需支出がインフレすれば衣料支出は抑制されてしまう。

ましてや30年ぶりのインフレで実質賃金の低下が止まらず(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」速報によれば23年は−1.0%だった)、エンゲル係数が22年は28.2%、22年9月〜23年8月では29.0%(2人以上世帯の家計消費支出)と1980年代初期の水準まで貧困化しているわが国では衣料消費の抑制は避けられず、リベンジ消費下でも19年比8〜9掛けの攻防に終始している。衣料品の供給単価(23年1〜10月で供給数量の98.4%を占める輸入品)は22年に22.6%、23年も1〜10月で6.6%上昇しているが、衣料品の消費者物価は22年は1.9%、23年も1〜11月で1.9%しか上昇していない。

公正取引委員会が23年11月に公表した「企業間取引に関する指針」でコスト転嫁の拒否は独占禁止法や下請法に触れる恐れがあると警告し、下請けGメンを増員して監視を強め価格転嫁を奨励しているから繊維品の企業物価こそ23年1〜11月で6.5%上昇とコスト転嫁が進んでいるが、同期間の衣料品消費者物価は1.9%しか上昇していないから消費者は必ずしも受け入れていない(その差が値引き販売を拡大した)。上手く値上げして売上高を回復して来たように見えるアパレルチェーンも相応に客数が減少しており、これ以上の値上げは難しい状況だ。

インフレがかさ上げた衣料品売上高

株式公開主要アパレルチェーン※の既存店売上高と客数、客単価の推移を見れば、必ずしも値上げが受け入れられてはいないことが推察される。

23年の3〜8月、23年9〜11月、直近の23年12月と、既存店売上高/客数/客単価の19年比推移を検証すれば、各社の好不調で差はあるものの値上げに相応して客数は減少しており、インフレ(値上げ)が売上高を押し上げた見かけの回復だと判る。3期間とも客数が増えたのは「ファッションセンターしまむら」だけで、他は軒並み3期間とも客数は減少している。

3期間の客数19年比には多少の差はあるが、ライトオンは71.7〜84.5、バロックジャパンは77.0〜81.9、国内ユニクロは82.7〜92.2、好調に見えるアダストリアも86.1〜90.9、ハニーズは91.9〜93.4(2期間)と、いずれも回復ははかばかしくない。値上げ率と逆相関している訳ではなく、客単価19年比が120超のハニーズの客数19年比が91.9〜93.4と高い一方、客単価19年比が90〜103と最も低いライトオンの客数19年比は71.7〜84.5とバロックジャパンに並んで低い。

ライトオンは慢性的な客数減で在庫が滞貨して値引き販売を強いられ、インフレ下で客単価が下がるという苦境にある一方、ハニーズは自社工場のQR生産と消化管理の連携で値引きロスが抑制され、結果として値上げが通っている。それでも客数19年比は91.9〜93.4(2期間)だから、値上げに対する抵抗感は否めない。

商品企画に目立った変革がないまま値上げが続いた国内ユニクロは客単価上昇より客数減の方が大きく、既存店売上高の落ち込みが拡大している。新機軸素材で機能や肌触りを訴求したりトレンド感度を訴求して付加価値を高めたアダストリアは客数の減少を客単価の上昇が上回って既存店売上高を伸ばしたが、リベンジ消費(=インフレ)が一巡すれば客数減少が客単価上昇を上回って売上高が減少するリスクが指摘される。

「ファッションセンターしまむら」を除けば各社とも既存店客数の減少が続いており、インフレが売り上げをかさ上げてきたのが実態だ。百貨店とてインバウンドを除けばその構図は同様で、インフレが一巡するか顧客が受け入れる余力がなくなればかさ上げた分は剥げ落ちてしまう。インフレの大きな要因だったリベンジ消費が一巡すれば衣料消費の水位は確実に低下し、客数減少が売上減少に直結することになる。

唯一、期待されるのは23年11月も−3.0%となって20カ月連続となった実質賃金の低下が24年は大幅賃上げでプラスに転じることだが、日本経済新聞が民間シンクタンク5社に聞いた実質賃金浮上に必要な賃上げ率は中小企業も含めて平均3.6%以上。労働界はもちろん産業界も政府も賃上げの大合唱だが、3.6%は23年の大企業(従業員1000人以上)平均であり、中小企業も含めて3.6%以上というのはハードルが高い。むしろインフレが沈静化(日銀の予想は2.4%)して賃上げ率を下回る方が現実味があるのではないか。

※下記期間業績が集計可能な2月決算、8月決算企業。5月決算のハニーズは2期間のみ集計

商売繁栄の黄金律に覚醒せよ

客数減でも客単価増で売上高を伸ばすというのはインフレ局面でのみ成り立つ施策であり、インフレが沈静化すれば成り立たなくなる。00年前後の米国チコス社のように8年間で売上高を18.7倍、営業利益を60.8倍に伸ばすという驚異的成功劇もあるからインフレ政策を否定するものではないが、それは同期間の米国の継続的インフレとベビーブーマーミセスのお洒落トレンドという背景ゆえに成立したもので、毎年8%という値上げでも客数は減少しなかった。

今のわが国のインフレはコロナ明けの消費回復局面における世界的なサプライチェーン混乱とコスト増に円安が加わっての過渡的なもので、リベンジ消費が一巡すれば沈静化する性格のものだ。円安基調は根強いから元のデフレ体質に戻ることはなく、日銀が目指す2%前後の穏やかなインフレに着地する公算が高いのではないか。実質賃金はようやく僅かなプラスに転ずるかどうかだから一般大衆の衣料品に対する価格抵抗感は根強く、インフレ政策が通用するのはリベンジ消費が一巡する24年春夏までで、秋冬には壁に当たる公算が高い。それまでに客数増政策に転換する必要がある。

客数増は商売繁栄の鉄則で、購買力のある顧客に絞り込んで客単価で売上高を伸ばすという政策はインフレ局面が終われば継続が難しい。三越伊勢丹など富裕層向けの顔も財布も見える顧客商売への転換を誇っているが、バブル期の百貨店は皆、似たような方向に走り、インフレ局面の終焉とともに奈落に落ちた。

失われた30年の果てに中産階級が崩壊し、生計に追われる大多数の大衆層と資産が増殖する少数の富裕層という二極化(先進国は皆、大同小異だが)に加えて少子高齢化が加速するわが国において、客数減を是とするインフレ政策は成長を放棄するようなもので、過渡的な対応策に留めるべきだ。商売繁栄の鉄則は顧客を増やしていくことで、自ら顧客を切り捨てることを是とするべきではない。

食品業界においては低粗利カテゴリーの価格訴求による集客と高粗利カテゴリーによる収益確保をバランスするカテゴリー(粗利率)ミックスで客数も売上高も粗利益も増やすのは定石であり、近年の米国では外食需要を取り込むミールソリューション戦略で客数も粗利率も高めて驚異的な売上高(食品スーパーの平均店舗年商が1億ドル超)を実現するリージョナルチェーンが台頭している。わが国ではドラッグストアが同様なカテゴリー(粗利率)ミックスによるフードプラス戦略で客数を倍以上に増やして平均店舗売上高を1.7倍にするという革命的な成功劇を見せつけているが、アパレル業界は客数減の客単価増という袋小路に突っ走るばかりで、カテゴリー(粗利率)ミックスによる客数増・売上増・粗利益増という繁栄の黄金律に目を背けていている。

コロナ禍からのリベンジ消費とインフレが一巡する24年、袋小路を脱して繁栄の黄金律に覚醒し、新たな成長路線を見出すべきではないか。

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