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ユナイテッドアローズはなぜ「コーエン」売却に至ったのか【小島健輔リポート】

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ファッション業界のご意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。ユナイテッドアローズが低価格カジュアルウエアを販売する子会社コーエンを売却すると発表した。「H&M」が上陸した2008年に事業を開始し、セレクトショップの感性を生かしたファストファッションと当時は話題になった。それが17年目にしてなぜ売却に至ったのか。長年、ファッション小売り業界を見続けてきた小島氏が詳しく解説する。

ユナイテッドアローズは11月7日、100%子会社のコーエンをジーイエット(アパレル物流大手GFホールディングス傘下の旧マックハウス)に売却すると発表した。試行錯誤を重ねてもカジュアル市場でポジションを確立できず業績が低迷し、累積損失の拡大に歯止めをかけられなかった故の決断だった。

コーエン売却に至る経緯

コーエンは準郊外向けビジカジ・ライフスタイル業態「ユナイテッドアローズ グリーンレーベル リラクシング(GLR)」の成功を受け、準郊外向けカジュアル業態の開発を目的として2008年5月に設立された100%子会社だ。「GLR」のように本体で手掛けなかったのは、商品単価と運営コストのバランスがユナイテッドアローズの体質と大きく異なることを端から承知していたからと思われるが、実際は想定以上の乖離があった。

ちなみに「準郊外」とは郊外のターミナル商業施設や駅前型広域SC(ショッピングセンター)、車アクセス型では例外的にアップスケールな広域SCに限られるから全国で百数十施設しかなく、復調した「GLR」とて25年3月期末で都心のターミナル立地も含めて89店舗に過ぎず、コーエンは最盛期でも87店舗と3ケタに届かなかった。UA(ユナイテッドアローズ)神話の恩恵や価格競争回避を期待して想定した「準郊外」立地は事業規模に限界があり、調達ロットも限られて価格競争力にも限界が見えていた。

立ち上げ当初はアメカジベースの平凡なMDが類似したカジュアル店に埋没し、セレクト的な手法を加味するなど軌道修正して離陸したが、多店化する過程で価格競争力と調達ロット消化の相剋に苦闘し、インクルーシブ※1なMDに踏み込めないまま客数も販売効率も伸び悩んだ。最盛期の2020年1月期には136億円まで売り上げを伸ばしたが、コロナ禍の売り上げ急減(21年1月期は108億円)から22年1月期も104億円と回復できないまま損益が悪化し、壁に当たってしまった。

起死回生を図るべく、「GLR」をけん引してきたユナイテッドアローズの取締役専務執行役員COO木村竜哉氏が22年4月からコーエンの社長に就任して「ブランディングの再定義」「MD改革」「DX推進」の3本柱で黒字化を図ったが、カジュアルチェーンのインクルーシブMDはロットとコストの力技が必要で「GLR」の成功体験も通じず、23年1月期は売り上げ107億円に対して3億500万円、24年1月期は同95.7億円に対して4億2200万円、25年1月期は同104.2億円に対して6億6800万円と年々純損失が拡大し、債務超過額が38億1000万円に達するに至った。

純損失6億6800万円はユナイテッドアローズの25年3月期連結純利益の15.8%、債務超過額38億1000万円は同89%、純資産の10.1%に相当するから、もはや見過ごせる段階ではなかった。これ以上の損失と人材の消耗はユナイテッドアローズ全体の足枷となりかねず、自社での再建は困難と見切って売却を決断したと思われる。
 
売却先は24年10月にアパレル物流大手のGFホールディングスが出資するファンドによるTOBで買収されたジーンズカジュアルチェーンのマックハウス(現ジーイエット)で、株式譲渡契約日は25年12月25日、株式譲渡日は26年1月31日を予定する。事実上、GFホールディングスによる買収であり、GFが培ってきたECマーケテイングと物流体制でコーエンを立て直すと期待されている。

コーエンのEC比率はコロナ下の22年1月期では4割を超えていたが、高単価商品を扱うユナイテッドアローズのEC物流に載せてはコスト負担が重く、収益貢献に限界があった。GFホールディングスのEC物流に載せればコストが圧縮され、マックハウスの店舗運営で人時効率も多少は改善されると期待される。

※1.エクスクルーシブ(exclusive)とインクルーシブ(inclusive)…エクスクルーシブは排他的・独占的、インクルーシブは包括的・開放的という意味で、顧客の間口を絞るか広げるかというマーケティング&マーチャンダイジングの基本政策を分ける

バッドエンディングを招いた3つの敗因

コーエンが設立から17年の試行錯誤の果てに売却されるに至った「敗因」は大きく3つあったと思われる。第一はカジュアル市場でメジャーなポジションを確立できなかったこと、第二は価格競争力に必要な調達ロットと消化歩留まりの相剋を打破できなかったこと、第三は店舗運営やEC物流の高コスト体質を打破できなかったことだが、まとめていえばカジュアル市場でメジャーポジションを取る「インクルーシブ戦略」が欠如していたということだろう。

カジュアル市場は近年、カントリーなワーク&ジーニングからメトロライフスタイルなジーニングとアスレジャーへの移行、イージーケアな機能性商品や夏場を中心としたインナー機能代替トップスの拡大という変化が進行し、対応できたブランドと取り残されたブランドの明暗が大きく開いた。「ライトオン」や「マックハウス」から「アズール バイ マウジー」までジーニングを軸としたブランドほど落ち込みが大きかったが、コーエンも取り残された側だった。同じユナイテッドアローズでも「GLR」や「シテン」が相応に変化に対応したのに対し、コーエンは従来のカジュアルの枠を出られなかった。

「ユニクロ」が覇権を確立して以降のカジュアル市場では価格と品質のハードルが上がり、メジャーマーケットを志向するなら価格競争に耐えられるコストを可能にする調達ロットが必須となった。その実行には色やサイズを揃えて顧客の間口を広げる「インクルーシブMD」と、多数の色・サイズの在庫を抱えて欠品を回避しながら利益を確保できる歩留まりに着地させる消化促進と在庫運用の仕組みとスキルが不可欠だが、コーエンにはどちらも欠けていた。

もとよりカジュアルの「インクルーシブMD」という戦略どころか概念さえ欠いて、客層が団塊ジュニアから若年層まで広がったことや顧客の間口を広げようと価格帯を下げたことを「失策」と受け止めるなど、差別化を前提とした旧来の「エクスクルーシブMD」の感覚を出られなかった。仕組みとスキルどころか「インクルーシブMD」の概念さえなかったのだから、カジュアル市場にメジャーなポジションを築けるわけもなかった。

メジャーなポジションに届かない以上、調達ロットも人時効率も物流効率も高まらず、ユナイテッドアローズより単価が格段に低い分、コスト負担が嵩んで損益が圧迫されるのは必定だった。単価の違いによる販売効率や人時効率の格差はユナイテッドアローズ内のトレンドマーケット(「UA」「ビューティ&ユース ユナイテッドアローズ(B&Y)」)とミッド・トレンドマーケット(「GLR」)でも顕著だから、格段に単価の低いコーエンの効率格差は大きく、損益は苦しかったはずだ。

ユナイテッドアローズの企業体質はエクスクルーシブな差別化で高い付加価値を稼ぎ、高い運営コストをカバーして利益を確保せんとするもので、インクルーシブな普遍化と手頃な価格で顧客を広げ、マスな調達と販売でコストを抑えて利益を残すメジャーなカジュアルチェーンとは対極の体質と言わざるを得ない。だからこそ100%子会社の別経営としたのだろうが、経営陣が「エクスクルーシブMD」の戦略意識を欠いていたため方針が定まらず、試行錯誤の果てに超過債務が嵩んでバッドエンディングとなった。

高付加価値事業への「選択と集中」を徹底できるか

ユナイテッドアローズの高コスト体質は長年の課題で、コロナからの回復局面では他社が賃上げに転ずる中で賃下げを強いられたが、円安インフレ下で若年層や女性を中心に大幅賃上げが競われる今や賃上げは必定だから、高コスト体質を前提にそれを上回る高付加価値を実現するという選択しか残されていない。ならば現状より高単価・高付加価値でコスト吸収力のある事業に特化していくべきで、24年8月の小島健輔レポート「ユナイテッドアローズに見る大手セレクトの選択」でも「コーエンのような低単価で人時効率が低く高給与に見合わない事業には見切りをつけて売却すべきだ」と提言した。

その意味では今回のコーエン売却は正しい決断だったが、「シテン」でコーエンの二の舞を演じてはこの決断を無駄にしかねない。アスレジャーの要素も取り入れた機能的で軽快かつ手頃なメトロライフスタイル・カジュアルのシテンにはメジャーポジション獲得の可能性を感じるが、そのコンセプトをインクルーシブなMDやVMDに展開できているわけではなく、現状では店舗規模も小さく人時効率は期待できない。これからインクルーシブな戦略視点でMDもVMDも店舗規模もスケールアップしていくのか、エクスクルーシブなMDとVMD、コンパクトな店舗規模で単価を上げていくのか、出店布陣を見る限りどっち付かずで方針は不透明だ。

「GLR」にしても「UA」や「B&Y」との人時効率格差を埋めるべく、シーンやカテゴリーを広げてビジネス世代のライフスタイル業態にスケールアップすべきだが、MDの改善とプロモーションに終始するばかりで飛躍が見えない。

高付加価値事業への「選択と集中」を徹底する一方、コーエンよりは単価が高くアップデートな魅力がある「シテン」や「GLR」にインクルーシブMDを取り入れ、単価の壁を超える人時効率を実現して事業規模を拡大するという選択もあるのではないか。

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