ファッション業界のご意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。アンドエスティHD(旧アダストリア)が日本でライセンス展開する米ブランド「フォーエバー21」の事業の終了を発表した。3度目の上陸からわずか2年足らずでの撤退となる。最大の誤算は米フォーエバー21本社の2度目の破綻だが、細かく分析してみると違った側面も見えてくる。
アンドエスティHD(旧アダストリア)は「フォーエバー21(FOREVER21)」の日本事業を2026年2月末で終了すると発表したが、「フォーエバー21」の撤退はこれで3度目になる。米国における「フォーエバー21」事業運営会社(ライセンシー)も今年3月に2度目の破産を申請しているが、グローバルな知的財産権は米ABG(オーセンティックブランズグループ)が所有しており、新たにライセンスを供与された事業会社が「フォーエバー21」を再興して日本に再上陸する可能性は残されているから、“4度目の正直”があり得ないわけではない。
今回のアンドエスティHDによる事業が何故、行き詰まったのかも含め、ファストファッション(バイイングSPA※1.)の根源的な脆弱性を検証してみたい。
※1.バイイングSPA…自らは企画・開発のデザインチームを抱えず、ODM事業者などサプライヤーの企画をファストに調達して販売する擬似SPA事業。意匠性流通素材による小ロット短納期生産の産地背景があれば容易に高回転・高粗利益が成り立つが、産地背景が崩れればビジネスモデルも崩壊する
3度目の撤退の事情
「フォーエバー21」が日本から撤退するのは3度目だ。婦人服専門店の三愛が2000年に導入して2店舗を展開したが、2年も保たず撤退したのが1度目。09年には米国本社が直接上陸したが、19年10月に撤退したのが2度目。
09年の上陸直後は一足先(08年9月)に上陸したH&Mが巻き起こしたファストファッションブームに乗って1号店の原宿旗艦店には長蛇の列ができ、16年初めには24店舗まで拡張して推定年商は220億円まで伸びたが、多店化で希少性が薄れて販売効率が低下し、同年8月から閉店が始まった。17年10月には上陸1号店の原宿旗艦店も閉店し、19年10月末で残っていた14店舗とオンラインサイトを閉めて完全に撤退した。
ちなみにH&Mジャパンは17年11月期の推定売上高628億円がピークで、以降は販売効率の低下で出店しても総売上高は伸び悩み、コロナ下では500億円を割り込んだと推計される。18年の調査ではH&Mジャパンの坪当たり販売効率はユニクロの4掛け程度だったから、「フォーエバー21」も似たような水準だったのではなかろうか。それでは店舗段階の損益さえ厳しいから、不採算店舗の閉店が続いて撤退に至ったのは必然だった。人気の凋落は米国本土でも同様で、19年には米連邦破産法11条の適用を申請して破綻している。
アンドエスティHDによる「フォーエバー21」は23年春にスタートした。22年9月に伊藤忠商事が米ABGから日本国内の販売権を取得し、旧アダストリアの100%子会社Gate Win(24年3月1日付けで本体に吸収合併)にライセンスを供与。Gate Winが企画・生産して販売する方式で23年4月、ららぽーと門真に1号店を開設している。当初はアダストリアの品質管理でファストファッションとは一線を画したクオリティの高い(当然に価格もワンライン〜ツーライン高くなる)ライセンス商品を開発し、25年に15店舗まで拡張して年商100億円を達成し、その6割をECで販売すると計画していた。
米国「フォーエバー21」の企画(そもそもバイイングSPAなので「オリジナル企画」とは言えない)を土台としても8割方を日本企画にしてアダストリア流でマーケットを獲得しようとしたが、ファストファッションと「クオリテイ価格」は相容れず売り上げが伸び悩み、品質を問わず企画も価格もファストに徹した中国系越境産直EC(シーインやティームー)などに圧されて採算化の目処が立たなくなった。加えて、今年3月に米国の「フォーエバー21」事業運営会社が2度目の破産を申請して米国からのデザインや商品の供給が途絶え、もはや事業の継続を断念するしかなかった。7店舗まで広げた店舗も8月から9月にかけて立て続けに閉店しており、残るららぽーとTOKYO-BAY店(千葉)も10月13日に閉まる。
アンドエスティHDは「業績(26年2月期)への影響は軽微」としているが、同じ23年春にイトーヨーカ堂と取り組んで立ち上げた「ファウンドグッド」も今期末(26年2月末)で終了することと合わせ、新規事業の見極めはもちろん、お家芸とする「修正力」にも疑問符が付いた。
「市場(いちば)アパレル」に発して二極化したファストファッション
そもそも「ファストファッション」とはなんだったのだろうか。「品質やスペック(生産仕様)は怪しくてもトレンドが速くて安いアパレルや服飾雑貨」と定義されるが、「速くて安い」には意匠性の流通素材が豊富で小ロット短納期生産ができる中小工場がそろう産地背景が必須だ。
アパレル製品の生産プロセスは複雑な垂直分業で成り立っていて、布帛製品を例にとれば生機があっても染色・整理工程、マーキング〜裁断の前工程、縫製という中工程、プレス成形や製品後加工などの後工程から成るが、そのどこが欠けても「速くて安い」は成り立たなくなる。どこかの工程が欠ければ離れた工場への外注と工程間物流が生じるから、時間もコストもかさんでしまう。
1990年代までのわが国では綿系(東海や備州、播州)、ウール系(尾州)、合繊系(北陸)など産地の垂直分業が成立して短納期生産も可能だったが、生産の海外移転が進んで染色・整理工程や前工程、後工程を担う工場が欠けていき、職人不足から中工程も歯抜けていった。今日でも綿系や合繊系では萎縮したとは言え国内産地もまだ回っており、ファクトリーブランドや国内生産商社(伊藤忠モードパルなど)が活躍しているが、「速い」はともかく「安い」には遠い。
08年9月のリーマンショックまではギャル系や平成系など国内生産のファストなアパレルチェーンが少なからず成り立っていたが、以降の円高と生産の海外移転急進で国内産地でのファスト生産が困難になり、多くのアパレルチェーンが破綻に追い込まれ、あるいは海外生産にシフトして「ファスト」を放棄していった。アンドエスティHD(当時はポイント)の2010年の「SPA宣言」(バイイングSPAから開発型SPAへ)は国内ファスト調達を見切った決断だった。
90年代の南欧圏アパレル生産の空洞化局面で、前工程から後工程はもちろん物流加工まで一貫するハブ・コンビナートを自ら備えて空洞化を回避し、品質とスペックを兼ね備えた「速くて安い」近隣生産圏(スペイン、ポルトガル、モロッコ)を確立したのがスペインで「ザラ」を運営するインディテックスだ。染色・整理工場からプレス成形工場まで備えて品質とスペックを担保しての「速くて安い」だから、今時のウルトラファストファッションのように激安・激速ではないが、「付加価値型ファストファッション」として揺るぎない競争力を確立している。
今や一人当たりGDPが日本を凌駕する韓国では、いまだ意匠性の流通素材が豊富に流通し、小ロット短納期生産の中小工場も残って、独特の「付加価値型ファストファッション」(専門店プライス)業界が成立している。極め付きはシーインやティームーのウルトラファストな越境産直ECを成り立たせた中国の広州産地だが、その生産背景とDXに載せればわが国のアパレル事業者も最短2週サイクルの短納期調達が可能だ。
意匠性の流通素材と前後の工程設備が揃った中小工場群という生産背景さえあれば誰でも活用できるのが実態だから、「速くて安い」レッドオーシャンになってコストを削る競争になりがちで、安定した収益は望み難い。ファストファッションがブランド化する以前のアジア市場に満ちていたのがそんな「市場(いちば)アパレル」で、欧米でも中国でもわが国でも多くのアパレルチェーンがバイイングSPA方式で「ストアブランド」化して一世を風靡したが、同質化競争に陥って販売効率が低下して収益性が崩れ、先進国では生産背景も崩れてファストでもなくなり、越境産直ECの「ウルトラファストファッション」とインディテックスや韓国アパレルのような「付加価値型ファストファッション」に二極化したと捉えられる。
「フォーエバー21」やH&Mは「市場(いちば)アパレル」をバイイングSPA方式で「ストアブランド」化しただけのオリジナリティ(付加価値競争力)を欠く過渡期のビジネスモデルだった、と総括したらシビアに過ぎるだろうか。
「付加価値型ファストファッション」の要はデザインチームを抱えてのオリジナル素材開発とDX(CAD企画とCAM生産をオンライン連携するPDM※2.)だが、外部依存のオリジナル素材開発に踏み込めばリードタイムは月単位に延びるから、インディテックスのような染色・整理工程の内製化が必要になる。対してDXは踏み込むほどリードタイムが短縮されるから、スペックを担保して「速くて安い」を追求できる。多くのアパレル事業者にとっては後者が現実的な選択とならざるを得ない。
オリジナル素材の後加工による意匠性のオンデマンド生産は万点ロットのビッグブランドに限定されるのだろうが、流通素材をデザインで付加価値化するDXなら生産ロットは数十点でも数百点でも回っていく。韓国や日本で台頭している新世代D2Cアパレルは後者である場合が多いが、専門店価格〜NB(ナショナルブランド)価格なので「付加価値型ファストファッション」とは認識されていないのではないか。
※2.PDM(Product Data Management)…企画と生産のCADデータ連携、コストと納期の見積り、ワークフロー管理の実務マネジメントシステムで、商品の企画・開発から生産・物流、流通・販売、二次流通までライフサイクル全体の流れを戦略的に管理・運用して品質とブランド価値、利益とキャッシュフローを最大化するマネジメントシステムたるPLM(Product Lifecycle Management)と使い分けられる。
求められるハイブリッドな柔軟性
モノ作りのプロセスから「ファストファッション」の二極化を指摘したが、アパレルチェーンのビジネスモデルとしてはどう捉えるべきだろうか。
ファストなオンデマンド調達で在庫リスクを抑え、開発組織を抱えず固定費を抑制し、軽装備で低コストに回していく「バイイングSPA」に徹するか、固定費が嵩む開発組織を抱えて素材から差別化して付加価値を高め、在庫リスクを抱えても計画生産してコストと完成度を追求する「開発型SPA」を選択するか。二者択一に見えるかもしれないが、調達背景が許す限り、双方のいいとこ取りをしたハイブリッドモデルがいくつも存在する。
「バイイングSPA」はオンデマンド生産可能な産地背景さえあれば、安くはないが消費地(日本国内)生産の「地産地消」で付加価値ビジネスが成り立つし(衣料や雑貨の国内産地支援セレクト開発型)、低コスト海外産地から越境産直ECで激安免税販売する仕掛けも成り立つ(シーインやティームー)。
VMI※3.ならオンデマンド生産でなくてもオンデマンド調達が成り立つから、サプライヤーが計画生産でコストと完成度を両立させる一方で間欠的に補正生産※4.すれば、アパレルチェーン側は在庫リスクを抑えてオンデマンド調達を享受できる。ベンダーサプライではないが、ユニクロの「カスタムオーダー」も似たような仕組みで計画生産と期中補正生産を連携している。PB(プライベートブランド)を広げる以前のワークマンやしまむらのJB※5.を想起してもらえば良いだろう。突出した高収益で知られる米国のジーンズカジュアルチェーン、バックル社も仕入れが過半を占めながらJBで高粗利益とオンデマンド調達を両立している。
国内生産が高コスト化すれば付加価値型のセレクトSPA(基本は企画仕入れのバイイングSPA)で「地産地消」を訴求すれば良いし、低コスト海外計画生産で欠品を回避するには(割高になるが)期中で必要なSKUだけ補正生産すれば良い。そんな仕掛けが自分で組めないなら、生産管理に長けたサプライヤーにVMIを委嘱すれば済むことだ。
長年、さまざまなアパレルチェーンをサポートしてきたが、慣習的なワンパターンの調達手法に捉われてオンデマンド調達ができず、過剰在庫と欠品に挟撃されるケースを幾度も見てきた。さまざまなサプライヤー(メーカー、OEM/ODM業社、商社)を柔軟に使い分ければ解決できるのに、それに踏み切れない視野狭窄から抜け出すのに何年もの説得を要することが多かった。
調達手法のみならずビジネスモデルは基幹の仕組みに幾つものサブシステムやバイパスを組み合わせて情況に最適化していくもので、柔軟な対応が求められる。マーケットサイドのみならずサプライサイドやインナーサイド、時にはソーシャルサイドやレギュレーションサイドにも目配りする必要があるが、アンドエスティHDによる「フォーエバー21」はどうだったのか。
※3.VMI(Vendor Managed Inventory)…あらかじめ定めた陳列棚割と販売計画に基づいてベンダーに在庫管理と補給・補充生産を委任する取引形態。同一商品を継続補給する「台帳型サプライ」が一般的だが、アクセサリーやベルトなど服飾雑貨では類似アイテムをリレー供給する「トコロテン型サプライ」も多い
※4.補正生産…不足するSKUのみを期中に追加生産して品揃えの欠落を補正する。縦売り(継続販売)商品では不可欠な対応で、アウトレット商品でも似たような補正生産が行われている
※5.JB(Joint Development Brand)とPB(Private Brand)…小売業が仕様書発注して一括調達するPBに対してJBはサプライヤーが企画と補給を分担する協業型のPBで、最低引き取り保証を付けたVMIで自動補給されることが多い
急がれるガバナンスの引き締め
23年春の立ち上げ以来、店頭でのMD展開を見る限り、調達手法とVMD手法をアンドエスティ流に換えてもMD展開はバイイングSPAたる「フォーエバー21」と大差はなく、アンドエスティ流になって値上がりした分を納得させる「付加価値」は創造できず、ジーユーのようなインクルーシブ※6.なマーケットの広がりも得られなかった。D2C的な高付加価値化戦略か低価格のインクルーシブ戦略かという、今日のわが国のマーケットに最適化する戦略も仕組みも見出せず、ブレイクスルーを果たせなかったと総括されよう。
「過渡期のビジネスモデル」として終わったはずの「フォーエバー21」をブレイクさせる唯一の突破口は「ジーユーのようなインクルーシブ戦略」だったと思われるが、アンドエスティHDは「グローバルワーク」の生活圏型派生業態「スマイルシードストア」でもインクルーシブMDに挫折しており、仕組みもスキルも会得できていない(ジーユーのインクルーシブMDについては近々に検証してみたい)。
マーケットに最適化する戦略も仕組みも見出せなかったのは総合量販店(GMS)衣料フロアにおける「ファウンドグッド」とて同様だ。サプライヤーが量販アパレルからアンドエスティHDに代わっただけで、商品開発・調達の仕組みが革新されたわけでもオンデマンドサプライが仕組まれたわけでもなく、価格もお値打ちも革新されなかったから、顧客が広がらなかった(8月19日掲載の「ヨーカ堂『ファウンドグッド』終了で問われるアダストリアの正念場」を参照されたい)。
「フォーエバー21」にせよ「ファウンドグッド」にせよ、事前の検証を徹底しないまま事業を開始して、お家芸とする「修正力」も発揮できず、短期での撤退となったことはガバナンスの甘さが指摘される。外食子会社のマネジメントや物流子会社の自動化投資でもガバナンスの甘さが露呈しており、今は立ち止まってガバナンスを引き締めるのが先決と思われる。
※6.インクルーシブ(inclusive)とエクスクルーシブ(exclusive)…インクルーシブは包括的・開放的、エクスクルーシブは排他的・独占的という意味で、マーケティング&マーチャンダイジングの基本政策を分ける