「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」は、ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)の後任として、ミュージシャンのファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)を新たなメンズ・クリエイティブ・ディレクターに任命した。この人事に多くの人が驚き、同時に期待を膨らませているはずだ。ファレル・ウィリアムスとはどのような人物なのか。そして、ラグジュアリーの王者「ルイ・ヴィトン」はなぜ今、唯一無二のエンターテイナーをメンズのトップに起用したのだろうか。
ヴァージルが2021年11月にこの世を去って世界中が悲しみ、同時に、彼が残した偉大なクリエイティビティを誰が引き継ぐのかが少しずつ話題になっていった。特に、カニエ・ウェスト(Kanye West)ことイェ(Ye)の名が挙がったときは賛否両論が起こり、ポール・エルバース(Paul Helbers)、キム・ジョーンズ(Kim Jones)、そしてヴァージルといった“ファッションデザイナー”の後任としてはあまりに飛躍した憶測だと思っていた。であれば、ロンドンのショー会場にマイケル・バーク(Michael Burke)=前ルイ・ヴィトン会長兼最高経営責任者(CEO)が視察に訪れていたマーティン・ローズ(Martine Rose)や、16年に「LVMHヤング ファッション デザイナープライズ(LVMH YOUNG FASHION DESIGNER PRIZE)」グランプリ獲得後、飛躍的に成長を続けるグレース・ウェールズ・ボナー(Grace Wales Bonner)の方が現実味があると考えていたし、同様の予想をするファッション業界人も多かった。しかし今回の人事で、イェのうわさが決して飛躍的でなかったことを証明したといえるだろう。
チーム力を示した
最新のメンズショー
思い返せば、サプライズの布石はあった。1月にパリで開催した2023-24年秋冬メンズ・コレクションのショーは、ルイ・ヴィトン メンズ・スタジオが米ブランド「キッドスーパー(KIDSUPER)」創業デザイナーのコルム・ディレイン(Colm Dillane)ら、さまざまなクリエイターと協業して制作。ヴァージルが考案した、純粋な少年の感性で世界を見る考え方“ボーイフッド・イデオロギー®(Boyhood Ideology®)”を引き継ぐ壮大な世界観と、メゾンの卓越したクラフツマンシップを融合させ、デザイントップの不在を感じさせないチーム力をアピールした。クラシックなテーラリングに現在のストリートウエアの感覚をミックスし、変幻自在のシェイプや、おもちゃ箱をひっくり返したような装飾、アート作品のように多彩なカラーリングを、精巧な刺しゅうや上質な素材で美しく仕立て、完成度の高いコレクションを披露した。つなぎ役の“デザインチーム”ではなく、“ルイ・ヴィトン メンズ・スタジオ”という呼称が突然登場したのも、今後は「このチームがいれば誰をトップに迎えても安心」と印象付けるためだったのかもしれない。唯一欠けていたのは、新鮮さだった。23-24年秋冬シーズンは高い評価を得た一方で、ヴァージルの世界観の延長線というイメージも強かった。だから、今後は盤石のルイ・ヴィトン メンズ・スタジオを中心に据え、シーズンごとにさまざまなクリエイターを巻き込んで世界観を広げていくのだろうと想像していた。しかし、そこに音楽界のスターとして、すでに幅広い層から支持を得ているファレルが加わるのだから、強力な布陣になるのは間違いない。
ファレルは、音楽界をはじめ、ファッションやアート、映画界でも高い影響力をもつ存在である。音楽家としては現在チャド・ヒューゴ(Chad Hugo)との音楽プロデュースグループ、ザ・ネプチューンズ(The Neptunes)とヒップホップグループのN.E.R.Dに所属。音楽界の巨匠テリー・ライリー(Terry Riley)に見いだされてザ・ネプチューンズを結成すると、1990年代後半から2000年代にかけて王道ポップスのブリトニー・スピアーズ(Britney Spears)からヒップホップのネリー(Nelly)、スヌープ・ドッグ(Snoop Dogg)まで、幅広いジャンルで数々のヒット曲を仕掛けた。03年にはザ・ネプチューンズ名義でリリースしたアルバムが全米1位を獲得すると、N.E.R.Dでの活動や、個人でも05年にグウェン・ステファニー(Gwen Stefani)との共作により、ファレルは表舞台でも徐々に影響力を強めていく。個性的なスタイルで数々のショー会場やメディアにも登場し、ファッションアイコンとしてもファンを増やしていくと、03年にはNIGOとストリートウエアブランド「ビリオネア ボーイズ クラブ(BILLIONAIRE BOYS CLUB)」を設立。その後もビヨンセ(BEYONCE)やゴリラズ(GORILLAZ)、キングス・オブ・レオン(Kings of Leon)など多ジャンルのアーティストとの協業を続けながら、04年と08年には「ルイ・ヴィトン」とのコラボーレションを実現した。14年に長期的パートナーシップを結んだアディダス(ADIDAS)など、現在もものづくりに直接携わっている。
裏方ができて主役にもなれる
マルチなクリエイティビティ
裏方として他人をアシストできれば、自らもスターとして輝きを放てるマルチな存在は、現在の「ルイ・ヴィトン」が最も欲していた人材なのかもしれない。ヴァージルが評価されていたのは、その存在感もさることながら、自身のクリエイションと広いネットワークを、売り上げという結果につなげられる手腕だった。18年に「ルイ・ヴィトン」のメンズトップに就くとその感覚はさらに研ぎ澄まされていき、もともと抱えていたストリート界隈のファンに加え、モードを好む層からの支持も徐々に増やしていった。その点、ファレルはすでに全方位にファンを抱えており、コアなヒップホップファンから、“Happy”のような大衆ポップスを好むティーンエイジャーまで、世界中に愛されている。その大衆心理をビジネスにつなげてきた実績と知名度は、ファレルにしかない強みである。
とはいえ、未知数な部分もある。過去のファッションとのコラボレーションは、“音楽のファレル”だから面白かったのも事実だ。“ファッションのファレル”としてモードの王道に足を踏み入れ、目が肥えたファッション好きの心をどのようにしてつかんでいくのだろうか。23-24年秋冬シーズンのメンズは、ストリートウエア全盛時から残っていた過剰な装飾やプリントをリセットするかのような、削ぎ落としのスタイルが多かった。「グッチ(GUCCI)」「ロエベ(LOEWE)」「プラダ(PRADA)」などが代表的で、メンズ服の本質を、ミニマルなクリエイションであぶり出す提案である。おそらく、ファレルが率いる新生「ルイ・ヴィトン」はそのトレンドとは対極に位置する、音楽性やアート性をふんだんに盛り込んだコレクションになるだろう。しかし、ファッションには夢が必要だ。6月にデビューを控えたファレルのハッピーなモードは、私たちにどのような新しい世界を見せてくれるのだろうか。
【WWDJAPAN Educations】
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講義日時:
2023年3月17日(金)13:30~16:15(オンライン受講は13:30~16:00)
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【第1部】◇2023-24年秋冬メンズコレクションレポート
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