スニーカーにまつわる噂話のあれやこれやをアトモスの本明秀文CEOに聞く連載。カニエ・ウェスト(Kanye West=Ye[イェ])の問題行動や発言が波紋を呼び、ついにアディダス(ADIDAS)が決別を宣言した。ナイキ(NIKE)からアディダスにくら替えしたカニエが、2015年2月に発表したたった1型の“イージー ブースト(YEEZY BOOST)”。その小さな火種は一夜にして業火へと変わり、世界中のヘッズを夢中にさせながら、スニーカー市場はここまで大きくなった。今回は、カニエ事件で揺れ動く業界について。(この記事はWWDジャパン2022年11月7日号からの抜粋です)
――アディダスがカニエ・ウェストの反ユダヤ主義的な言動を問題視して、とうとうパートナーシップを解消しました。
本明秀文CEO(以下、本明):今回の件は、とにかくカニエが絶対に悪いよ。今の世の中が差別やヘイトを許すはずがない。一時代を築いた男が時代遅れの言動をとった。これを受けてアディダスの株価は暴落。反動でナイキやプーマ(PUMA)の株価が上がっている。アディダスが発表している「2億5000万ユーロ(約365億円)のマイナスの影響」というのは、恐らく「イージー」の流通在庫だと思う。つまり既に生産した分を店頭から引いた分。アディダスの売上高に占める「イージー」の割合以上にインパクトはあるだろうね。リセールストアも20%ぐらいは売り上げが下がるだろうし、「アトモス」も例外じゃない。みんな穴埋めに必死だよ。「イージー」で食っていた人がたくさんいるから。
――一部報道では、「イージー」の年間売り上げは2020年に17億ドル(約2500億円)と言われています。アディダス全体への影響はもっと大きいでしょうね。ただ「イージー」のデザイン権は、アディダスが所有しているとか。
本明:「イージー」と「ジョーダン」の違いは、「イージー」にはロゴがないこと。だから、あの高価なスニーカーが一般には浸透しなかった。僕も恥ずかしいけど、最初は“YEEZY”が読めなかった。あの字面が普通に読めるのは、スニーカー好きだけだよ。でもジョーダンなら“ジャンプマン”や“ウイングロゴ”がある。子供だって、マイケル・ジョーダンは知らなくてもロゴは知っているからね。だけど、今の「イージー」の人気ってカニエの人気じゃん。だからアディダスはロゴビジネスにも負けた。
――確かに。アディダスと同じく、今回の件でパートナーシップを解消した「ギャップ(GAP)」や「バレンシアガ(BALENCIAGA)」も、カニエ人気の方が目立っていました。
本明:アディダスがカニエと縁を切ったのは正解だけど、ブランド化できなかったのはアディダスの責任だし、そもそもここ数年、カニエの一本足打法に頼り過ぎた。株式の世界では、「卵は一つのカゴに盛るな」(銘柄分散投資の教え)と言われるけど、まさに今、カゴを落として全部の卵が割れてしまった。これってリスクマネージメントで、ビジネスでも大切なことなんだよ。アディダスが「イージー」の良いところをパクりまくっていたのも問題だし。
――6月には、アディダスの通常ラインのサンダルを見たカニエが「パクリだ」と怒り、一悶着起きました。これで、本当に一大ブームが終わってしまいましたね。
本明:でもカニエは自分でブランドを始めると思うよ。
――そしたら売れると思いますか?
本明:もちろん。カニエのアルバムを聞いても、あれはもうヒップホップじゃないよね。僕は宗教みたいに感じた。今回の件はカニエが悪い。それは間違いないんだけど、でもカニエの音楽を聞いた黒人は元気が出るんだと思う。例えば、僕は学生時代からアメリカでアメフトの試合をよく観に行っているけど、観客の90%が白人なわけ。でもプレイヤーの90%(今は70%と言われている)は黒人。白人は、花形のクオーターバックぐらいしかいない。だからクオーターバックに黒人が出てくると、黒人たちはみんな沸き立つように応援するんだ。だから実際、カニエの発言に共感した黒人はたくさんいると思う。「俺たちは差別されているんだ。カニエ、よく言った」と。僕にはその心は分からないけど、アメリカにいると、そういうことをすごく感じるよ。