
ラグジュアリーの再定義が進む中、ミラノやパリのブランドは世代交代を図り、新しいデザイナーを起用することで新陳代謝を進めようとしている。結果2026年春夏シーズンは、ミラノで4つ、パリで9つのメジャーブランドが新しいデザイナーで新たなチャプターをスタートすることになった。それぞれのブランドは、何を継承し、何を変え、何を新たに加えたのか?バックステージで聞いたデザイナーのインタビューと共に、「グッチ(GUCCI)」と「ボッテガ・ヴェネタ(BOTTEGA VENETA)」「ヴェルサーチェ(VERSACE)」、そして「ジル サンダー(JIL SANDER)」の26年春夏シーズンを振り返る。おおむね順調なスタートを切った印象だが、課題が見えたブランドもある。(この記事は「WWDJAPAN」2025年10月13日号からの抜粋です)
「グッチ」
DESIGNER/デムナ(Demna)
デムナらしさと性格を盛り込んだ37の肖像
ランウエイデビューは来年2月だが、デムナはそれに先駆けて“ラ ファミリア(La Famiglia イタリア語で「家族」の意)”と題して写真家のキャサリン・オピー(Catherine Opie)が撮影した一連のポートレートを通して、「グッチらしさ」を再解釈した。37のキャラクターを生み出し、その個性と独自の美意識を浮かび上がらせることで、ブランドの多彩な側面を描く。「気取らない余裕と計算された無頓着さ」と解釈するイタリア流のエフォートレスなエレガンス「スプレッツァトゥーラ」のアイデアのもと、ブランドの伝統を受け継ぐ“グッチ バンブー 1947”や“ホースビット”ローファー、“フローラ”プリント、“GG”パターンなどを再解釈して随所に取り入れつつ、「バレンシアガ(BALENCIAGA)」で顕著だった“デムナ”らしさも盛り込む。ロング&リーンかオーバーサイズという真逆のプロポーションバランスなどは代表的。ミラノでは、俳優のデミ・ムーア(Demi Moore)らが今回のキャラクターを演じた映画「ザ・タイガー(THE TIGER)」をプレミア上映した。

INTERVIEW:
ミニマルな「グッチ」には、共感できる“何か”が必要だ
デムナ/「グッチ」アーティスティック・ディレクター
コレクションの構想段階からさまざまなキャラクターを想像し、架空の家族のそれぞれが大きな物語の断片を担うよう設計した。そこで「ラ・ファミリア」の物語は、短編映画で語るべきだと感じた。映画の登場人物や「ラ・ファミリア」のキャラクターは「グッチ」の群衆、未来の「グッチ」の顧客だ。顧客はそれぞれ、コレクションの中に共感できる“何か”を見つけられるだろう。「このシルエットが好き」とか「いや、私は嫌い」とか、そういう問題ではない。(「バレンシアガ」に比べると)ミニマルな「グッチ」においては、こうした(スタイル以上の共感につながる)アティチュードが必要だ。
「グッチ」はグローバルブランドだが、イタリアらしさも強調したい。そして何より自分の創造性、頭脳、直感に基づいて新しいビジョンを構築したい。「バレンシアガ」では創業者の圧倒的で恐ろしい影が常に付きまとい、その功績と比較し、自分たちのやっていることを正当化しようとしなければならなかった。その点、(プレタポルテの歴史が浅い「グッチ」では)クリエイティブを自由に謳歌できる。だから私は、今回のコレクションを赤いコート(こちらの記事の写真参照)で始めたかった。赤は「グッチ」を象徴する色。シグネチャーカラーであり、情熱の色だ。私は子どものころ、洋服屋で見かけた小さな赤いコートに一目惚れしたことがある。「女の子のコート」だなんて気にしなかったし、着る必要もなかった。ただ毎日眺めたいと思い、購入した。それが、私のファッションとの出合いだった。だが家族は私が寝ている間に返品して、「バルコニーから落とした」とうそをついたんだ。許せなかった。あの小さな赤いコートを奪われたことに、ずっとフラストレーションを感じていた。だからあのルックに付した名前は、「Incazzata(カッとなる)」。今回のコレクションがこの言葉で始まったことは、とても意味深く象徴的。象徴性は、あらゆる点において重要だ。
「ヴェルサーチェ」
DESIGNER/ダリオ・ヴィターレ(Dario Vitale)
直感的なセクシー路線から方向転換
自由なミックスで自信を表現
前任のドナテラ・ヴェルサーチェ(Donatella Versace)によるボディコンシャスなウィメンズや逆三角形の体躯を強調するメンズなどの直感的なセクシー路線を改め、色や柄、テイストなどの自由奔放なミックスで己の自信を表現。グルカデザインやメデューサからも脱却した。シンボリックながら案外ベーシックなキーアイテムを意表を突くスタイリングで提案してバズらせてきた「ミュウミュウ(MIU MIU)」のアプローチを踏襲する。ベースは1990年代、ドナテラの兄でブランドを創業したジャンニ(Gianni)時代。カラフルなデニムやオーバーサイズのシャツにスクープネックや脇が大きく開いたタンクトップやノースリーブを合わせたり、そこにバロックな柄をプリントしたシルクシャツや、カウボーイのムード漂うレザーアイテムを合わせたり。セクシーのムードは、ローライズ一辺倒からの方向転換を印象付けたハイウエストで漂わせた。会場には、脱ぎっぱなしのバスローブや、シーツがシワクチャのダブルサイズのベッドを置き、愛の痕跡を表現。
INTERVIEW:
ジャンニ・ヴェルサーチェのスタイルではなく、魂を表現したい

ダリオ・ヴィターレ/「ヴェルサーチェ」チーフ・クリエイティブ・オフィサー
「セクシー」を語るときに大事なのは、セックスという行為だけがセクシーではないということ。「良いセックス」とは相手の香りや前後の肌の触れ合いなど、むしろ行為そのものではない場合が多い。直接的ではなく、雰囲気や文脈、背景などを表現するブランドになりたい。そこでジャンニ・ヴェルサーチェのスタイルよりムード、洋服より魂を表現してセクシーにたどり着こうとした。リラックスしたローライズより体を美しく見せるハイウエストを選んだのも、私が好きなのはもちろんだが、「ヴェルサーチェ」が先駆的存在だからだ。
ブランドとの出合いは、子どものころ。母親が、ジャンニの洋服が大好きだった。彼女はさまざまな色、黒と茶などを自由に組み合わせ、イタリアの大胆なアティチュードを示していたように思う。でもなぜか、いつも“まとまって”見えた。そんな風景を取り戻したい。Tシャツにシャツ、ジャンパーという普通の装いでも、セクシーは表現できるハズだ。ただノスタルジックやメランコリックを目指すつもりはない。ビンテージウエアのように見えた洋服も、魂をよみがえらせようと試みた結果だ。
そこで招待状には、僕からのラブレターを同封した。一回も受け取ったことはないけれど、いつか受け取ってみたいもの(笑)。母のように「ヴェルサーチェ」で自由を謳歌する時代の再来には、ショーに来てくれるゲストの存在が必要だ。「お願い、私のところに戻ってきて」―。そんな気持ちを表現したかった。会場をまるで自宅のようなムードにしつらえたのも、今の素の「ヴェルサーチェ」を知ってもらうため。アーカイブとして保管しているジャンニの記事や手書きのファクスから、素直な気持ちを表現すべきという勇気をもらった。あのころの「ヴェルサーチェ」が「コカ・コーラ(COCA-COLA)」同様のポップカルチャーだったのも、ジャンニのパーソナリティのたまものだろう。だからなおさら、魂の表現が必要だ。
「ボッテガ・ヴェネタ」
DESIGNER/ルイーズ・トロッター(Louise Trotter)
アート&クラフトから知的&クリーンへ
前任マチュー・ブレイジー(Matthieu Blazy)の「シャネル(CHANEL)」への移籍に伴い(「シャネル」を含むパリ・ファッション・ウイークについては次号で特集する)、「カルヴェン(CARVEN)」からルイーズ・トロッターがやってきて、最初のコレクションを披露した。前任のマチューは少年・少女のようにピュアな気持ちを大事に、夢と色柄にあふれたオプティミスティックな世界観を描きながら、テーラードを基軸に据えてアートやクラフトと融合したコレクションを発表。対してルイーズは「カルヴェン」でも顕著だった、抑揚の効いたボリュームながら知的でクリーンなムードを大事にリアリティを感じさせるスタイルを見せた。「ボッテガ・ヴェネタ」が長らく掲げていた「自分のイニシャルだけで十分」という、過剰な装飾を排して内に秘めた自信と美意識を静かに際立たせる哲学を体現する。
マチューと変わらないのは、職人たちとの試行錯誤。リボンを貼り合わせた10万mのレザーを50人の職人が延べ4000時間かけて編んだケープ(3枚目の写真)は、静謐な佇まいながら圧巻。ブランドの原点である9mm×12mmという格子柄を筆頭に、トーマス・マイヤー(Tomas Maier)による“カバ”、マチューによるフィッシュネットなど、先人の代表作を含むさまざまな“イントレチャート”を開発・復刻・改良してバリエーション豊かなバッグ&シューズに仕上げた。オーストリッチの羽根を編み込んだり、長いフリンジを垂らしたりなどの“イントレチャート”のバッグは脇に抱え、静かなコレクションに躍動感をプラスする。ショーピースは、リサイクルガラスを原料としたガラスファイバーをレザーなどと編み込んで作った“ファー”のトップスやスカート。ムラーノガラスの色彩にヒントを得た。
ACCESSORIES
「ジル サンダー」
DESIGNER/シモーネ・ベロッティ(Simone Bellotti)
創業時の徹底したミニマリズムに回帰
ミニマル以外の個性を追求し、後年はエモーショナルやポエティックなムードを発信したルーシー&ルーク・メイヤー(Lucie & Luke Meier)夫妻の後任となったシモーネ・ベロッティは、再びミニマリズムに原点回帰。特に1990年代の創業デザイナーの素材選びや色使い、シルエットをよみがえらせた。一方でシモーネが前職「バリー(BALLY)」で打ち出していた、ウエストがほんのりくびれたベルシェイプは健在。所々に加えたカットアウトは、肌を見せることなく、軽やかさや外に開かれたムードを醸し出すための工夫という。実用性を求めるアメリカ市場では高い評価を得たというが、デザイナーズブランドには意志を求める日本市場の関係者からの評価は異なっている。特に「明らかなシンプリシティ」を標ぼうしたが故に、共感する“きっかけ”がつかみづらかったのは否めない。ベルシェイプや腹部における生地のドレープというよりは“もたつき”は、スイスの素朴さを描く「バリー」ではハマったが、ミニマルな「ジル サンダー」では悪目立ちしてしまった。クワイエット・ラグジュアリーなスタイルではニュアンスの表現を磨くアフォーダブル・ラグジュアリーなブランドが勢いを増す中、バッグ&シューズを含めて課題を残した。
ACCESSORIES
INTERVIEW:
2つの相反する要素や感情のバランスを追求したい

シモーネ・ベロッティ/「ジル サンダー」クリエイティブ・ディレクター
「ジル サンダー」とは、2つの相反する要素や感情が同居しているブランド。1つは、クラシックでフォーマル、構築的で、時には厳しささえ感じるようなムード。と同時に、常にモダニティを探求しており、軽やかでもある。そこで2つの要素のバランスを意識した。例えばファーストルック(1枚目の写真)を含む序盤はとても構築的で、四角い部屋で言えば隅、直方体で言えば角のようなイメージ。そこから少しずつ、その緊張感を解きほぐすような、でも肌を見せることのない開放的な雰囲気を取り入れている。身体を守るようなスタイルもあれば、一方で解き放つような感覚も大事だ。
素材では化繊のテクニカルタフタが気に入っている。現代のライフスタイルにふさわしいクチュールライクな素材だ。軽いのに形を保ち、体を保護するようなイメージ。化繊の生地をカスケード状に重ねたドレスは、書籍のページが重なっている様子から。この仕事に就く際、膨大な資料に目を通したから(笑)。生地は軽やかだが、重なり合うと影が生まれる。