2026年春夏は、かつてないファッションシーズン。特にミラノとパリでは、数多くの新デザイナーがビッグメゾンに名を連ね、先駆者へのオマージュをささげながら、革命というよりは進化を象徴するコレクションを発表した。米「WWD」は、ブランドを長く知る作家や美術館のキュレーター、歴史家ら、ファッションの専門家たちにデビュー・コレクションへの見解を尋ねた。バイヤー取材に基づくレビューとは一風異なるコレクション評を紹介する。(この記事は「WWDJAPAN」2025年11月10日号からの抜粋です)

BALENCIAGA
「バレンシアガ」 by ピエールパオロ・ピッチョーリ
アレクサンドル・サムソン/
パレ・ガリエラ オートクチュール & コンテンポラリーコレクション キュレーター
「バレンシアガ」にとっての新時代の幕開けは、その伝統に再び光を当てることだった。秩序への回帰と言えるだろう。創業デザイナーのクリストバル・バレンシアガ(Cristobal Balenciaga)が構想した歴史的なシルエットとボリューム感—サックドレスや、背中を傾斜させたシルエットとスプーン型の曲線、そして孔雀の尾のように伸びたトップス—を、説得力のある形で再解釈したコレクションだった。ピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)の卓越した素材への造詣は、このコレクションを静的な回顧展に終わらせず、動きと新たな魅力を生き生きと描き出している。ピエールパオロは、自身の独創的な個性を巧みに織り込みつつ、サングラス越しに先人たちにウインクを送った。これは、デムナによる過去10年間に獲得した顧客を動揺させないための手法でもある。
リンダ・ファーゴ/
バーグドルフ・グッドマン ファッション担当シニアバイスプレジデント
「バレンシアガ」はパリで生まれ変わった。生まれたばかりの赤ちゃんの鼓動が聞こえてくるようだった。まさに運命づけられていたかのように、ピエールパオロは生涯をかけて「バレンシアガ」のクリエイティブなかじ取りを担う準備をしてきたかのようだった。彼は常にクチュリエのまなざしを持っている。クリストバル・バレンシアガが前面に押し出した曲線美と丸みを帯びたクリーンなラインをほうふつとさせつつ、モダンでシックなシルエット、構造、そして絶妙な色使いで新たな次元へと昇華させた。私たちは、この新しい「バレンシアガ」をお客さまにご紹介できることを大変うれしく思う。

BOTTEGA VENETA
「ボッテガ・ヴェネタ」 by ルイーズ・トロッター
パメラ・ゴルビン/
キュレーター、作家、ファッション史家
ブランドの未来の方向性を構想するため、ルイーズ・トロッター(Louise Trotter)は創業者の思想—信念や価値観、そしてビジョン—を理解しようとした。初コレクションにおいて彼女は、「ベネチアの華やかさ、ニューヨークのエネルギー、そしてミラノのエッセンシャル」に焦点を絞り、輝かしいデビューを飾った。出発点と帰着点の双方となるこれらの都市は、今回のコレクションだけでなく、メゾンのアイデンティティーをも形作っている。ルイーズはまた、「ボッテガ・ヴェネタ」初の女性クリエイティブ・リーダーであるラウラ・ブラジオン(Laura Bragion)の創造の軌跡にも敬意を表している。1980年代から20年間、彼女はメゾンの伝統であるクラフツマンシップ、革新性、抑制、そしてステルス性を体現する力強さを築き上げた。ルイーズは卓越した技術で過去と現在を織り交ぜ、これらの価値観をぜいたくなものから日常的なものまで、今日の生活へと落とし込んでいる。
アレクサンドラ・フォン・オート/
タグウォーク創設者兼CEO
ルイーズ・トロッターのフェミニンさと同時に「ボッテガ・ヴェネタ」の力強いDNAが息づく、非常にクリーンで緻密なコレクションだった。コレクション全体のルックのうち、48%にレザー、66%にオーバーサイズのシルエット、17%にフリンジが用いられていた。最も閲覧数が多かった3つのルックのうち、2つにもフリンジが使われていた。最も閲覧数が多かったのは、白いレザーの“イントレチャート”のジャンプスーツ、白いフリンジがついたトップスにアイボリーのパンツのスタイル、そしてリサイクルしたグラスファイバーで作ったふわふわとしたスカートに半袖シャツのルックだった。

CHANEL
「シャネル」 by マチュー・ブレイジー
ウィリアム・ミドルトン/
「パラダイス・ナウ:カール・ラガーフェルドの並外れた人生」著者
カーディガンのようにゆったりと羽織るカラフルなツイードのスーツから、リブ編みの下着が見えるローライズのパンツやスカート、シルクのTシャツに床まで届くスカートまで、新しい「シャネル」にはどこか無頓着さが感じられた。マチュー・ブレイジー(Matthieu Blazy)はガブリエル・シャネル(Gabrielle Chanel)の作品、その力強さ、そして独創性に敬意を表しつつ、それらを現代に持ち込んだ。全てが非常に新鮮に感じられた。多くの点でマチューのデビューは、40年以上前のカール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)のそれよりもはるかに大きな賭けだった。1983年1月、「シャネル」は歴史ある名門メゾンでありながら、事実上破産寸前だった。一方今日では、年間180億ドル(約2兆7500億円)の売り上げを誇る国際的な巨大企業へと成長している。“賭け金”は、飛躍的に増大していた。カールの初めてのショーを語った最も簡潔な批評の一つが、マチューによる今回のコレクションにも通用するだろう。「ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)」紙のバーナディン・モリス(Bernardine Morris)は「ドイツ生まれのデザイナー(カール)は、軽視できない国家的建造物である『シャネル』というメゾンに果敢に挑んだ。カールは決して軽視しなかった」と記している。マチューも同様だった。
ファビオ・ピラス/
セントラル・セント・マーチンズ校コースリーダー
マチューによる「シャネル」は、あらゆる面で輝かしい成果を収めた。ショーの舞台は宇宙。あれはまさに、誰もが待ち望んでいた「ビッグバン」だった。世代交代が迫る中で、これほど大きな期待に応えるのはどれほど大変だったか、想像に難くない。コレクションが進むにつれ、メゾンのスタイルや歴史は、新鮮で、時に破壊的な洗練と現代性へと昇華され、ガブリエル・シャネルが再び大いなるレファレンスとしてよみがえった。さりげないカメリアの花、超軽量のツイード織りのメッシュジャケット、鮮やかなカラープリントとクラシックな白黒、オーバーサイズでボックスシルエットのシャツやジャケット、そしてロング丈のスカートやトラウザーで作るテーラード。どれもが大胆なボリュームとプロポーションを新たに表現し、どれもが「シャネル」を象徴するフォームを継承しつつ、メゾンのアトリエが誇る熟練の技とクラフツマンシップがあらゆる側面で見事に光り輝いていた。映画のような、感情を揺さぶるロマンチシズムも感じられた。最後には「あなたと駆け落ちしたい」という声が響いた。最後のモデルが溢れんばかりの生きる喜びとともに去っていく時、「マチューとココと駆け落ちしたい」と思わない人がいただろうか?

DIOR
「ディオール」 by ジョナサン・アンダーソン
ベンジャミン・シメノエ/
フランスの服飾学校IFM(Institut Francais de la Mode)教授兼研究ディレクター
予想通り、ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)は「ディオール」の世界に、より幾何学的な要素とエッジの効いた彫刻的なボリューム、そしてクロップド丈のミニ・バー・ジャケットなどに代表されるプロポーションの遊びを持ち込んだ。それは、直前の「ディオール」のデザイナーほど単純ではない。彼は1948年のコレクションを再び取り入れたようだ。昨年6月に発表したメンズ同様、“デルフト”ドレスや“カプリス”アンサンブルの要素が見られる。そして6月と同様、デニムなどコマーシャルなアイテムもいくつか発表している。私にとって最も興味深いのは、脱構築した“バー・ジャケット”と、クチュールをほうふつとさせる数々のノット。見どころは豊富だが、それも当然だ。ジョナサンは「ディオール」のヘリテージ、「ロエベ」で培った自身のレガシー、「ディオール」に注ぎ込む英国訛り、メンズとウィメンズの一貫性、そして手がけたことのないオートクチュールへの期待など、さまざまな側面を融合させた。
サイモン・ロングランド/
ハロッズ ファッション バイイング ディレクター
ジョナサンの「ディオール」デビューは、進化というより革命を象徴するものだった。ショーは、クチュールと日常の気楽さ、フェミニンさとアンドロジニー(性差の枠にとらわれないあり方)、そしてカバードとシースルーといったコントラストが際立った。モダンさ、若々しいエネルギー、そしてエレガントな気楽さが印象的で、「ディオール」の最も象徴的なコードをジョナサン独自の視点を通して再解釈している。彼がアップデートした“バー・ジャケット”とスカートは、間違いなく数え切れないほどのウィッシュリストにのり、「ディオール」の大胆な新章の幕開けを告げるだろう。

GUCCI
「グッチ」 by デムナ
バーバラ・フランチン/
ITS財団会長、ITSコンテストおよびITSアーケード創設者
私は常にデムナ(Demna)のストーリーテリング能力に魅了されてきた。今回の「グッチ」の「ファミリー」という概念は、より本能的で感情的なアプローチを通して皮肉とレトロなセクシーさを巧みに表現しており、まさにその才能を体現している。アーカイブへのオマージュを超越した、力強いショルダーラインやドラマチックなシルエット、ぶつかり合うような生地、そしてデムナが体現する普遍的な理念を表現している。ファッションは私たちを喜ばせるためだけにあるのではなく、感動させ、世界に疑問を抱かせ、別の視点から見させるためにもある。これらのルックの中には、気楽なものもあれば、不快感を覚えるものもある。私たちはまだ革命を目の当たりにしていないが、まるでデムナが私たちを、これから起こることの証拠を書き留め、見つけ出すように招いているかのようだ。だまされてはいけない。そこには意図がある。私が感銘を受けるのは、今日のデザイナー、デムナだ。私の目には、2004年のITSコンテストでコレクション・オブ・ザ・イヤーを受賞した20代の才能が今も映る。あの熱意、あの詩情、世界を見つめるロマンチックな魂が見える。しかし今は、長年にわたる概念的な挑発と技術的な進歩を経て、彼は心地良い服、そして喜びや驚きを運ぶ服を作りたいと考えているのだろう。
クリストス・ガルキノス/
コヴェット・バイ・クリストス(高級品専門のライブストリーム配信ネットワーク)創設者兼CEO
全体的に見て、私は気に入った。しかしこれは、デムナの「グッチ」における将来を垣間見せるものであり、明確な方向性を示すものではないと思う。参照点は明確だ。トム・フォード(Tom Ford)、アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)、そしてもちろん彼自身の「バレンシアガ」のDNA。誰にとっても、何かがある。それがまさに彼の初登場の狙いだ。今後のシーズンで彼がどの「キャラクター」を昇華させ、そこからどう新たな「グッチ」の物語を描き出すのか、注目したい。個人的には1960年代風のタッチが特に気に入った。賢明にも、デムナはやり過ぎていない。彼は幅広い選択肢を用意することで、観客にもっと何かを求めさせるよう仕向けている。

LOEWE
「ロエベ」 by ジャック・マッコロー&ラザロ・ヘルナンデス
モード・プパト/
プランタン ラグジュアリーウィメンズウエア、アクセサリー、フットウエア バイイングディレクター
ショーの入り口には、エルズワース・ケリー(Ellsworth Kelly)による幾何学的なバイカラーのアートワークが展示され、「ロエベ」の前デザイナー、ジョナサン・アンダーソンのショーとの統一感が感じられた。ジャックとラザロは色彩の達人であり、ブランドのコードと巧みに融合させながら、その青写真を積み重ね、繊細なフリル、ロングドレス、スマートなレイヤードを体現している。ジョナサンの功績をたたえるなど過去への真の敬意を感じつつも、ブランドの未来を予感させる。アウターからバッグまで、レザーアイテムは「ロエベ」の強みであるシャープなデザイン。ジャケットは、程よいモダンさでフェミニンなシルエット。この期待の星となるデビューに、スタンディングオベーションを送る。

VERSACE
「ヴェルサーチェ」 by ダリオ・ヴィターレ
アンナ・ロッタースベルガー/
フェラーリ・ファッション・スクール マネージング・ディレクター兼学部長
ダリオ・ヴィターレ(Dario Vitale)は、「ヴェルサーチェ」の魅惑的な精神、つまり遊び心のある魅力を、アーカイブへの文字通りのオマージュに陥ることなく巧みに取り入れた。私は、その点を高く評価している。ボリューム感やスタイリングの一部には、彼のブルジョア的な「生い立ち」が感じられるが、プリントやメタリックなアップリケ、インレイのレザーパターン、ニットのバリエーション、そして光沢のある仕上げは、色と素材の魅力的な探求を物語っている。ショーは、もっと見たくなるほどだった。
キャメロン・シルバー/
ヴィンテージ古着専門店「ディケーズ」創設者
コレクションは、ジャンニ・ヴェルサーチェ(Gianni Versace)のヴィンテージアイコンに深く根ざしながらも新鮮だった。ここ数シーズン、「ヴェルサーチェ」は特に際立った視点を持っていなかったが、ダリオはレトロな要素と若々しい活力とを巧みに融合させ、前任のドナテラ(Donatella)の視点を一新した。非常にカジュアルかつマイアミシックなスタイルだったが、イブニングルックが登場しなかったのは残念だ。ダリオは、“ジーンズ・クチュール(アンダーグラウンドなカルチャーと若者のファッションを表現したかつてのライン)”から飛び出してきたような原色のハイウエストジーンズ、ゴールドのバックル付きベルト、控えめなスカーフプリント、そして誇張したショルダーラインで、ジャンニの全盛期へのオマージュを明確に表現。「ヴェルサーチェ」のコードは非常に力強く、ダリオは馴染みのあるデザインを遊び心たっぷりにアレンジした。彼の「ヴェルサーチェ」は風変わりでセクシー。この「オタク」的な要素は独特だ。
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