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「アンリアレイジ」が“心臓を持つアートな服”に挑んだ理由 森永邦彦×ヘラルボニーCEOが語る不完全に宿る美

PROFILE: (左)松田崇弥(まつだ・たかや)/ヘラルボニー最高経営責任者 (右)森永邦彦(もりなが・くにひこ)/「アンリアレイジ」デザイナー

(左)松田崇弥(まつだ・たかや)/ヘラルボニー最高経営責任者<br />
(右)森永邦彦(もりなが・くにひこ)/「アンリアレイジ」デザイナー
PROFILE: 松田崇弥は小山薫堂が率いる企画会社オレンジ・アンド・パートナーズでプランナーを経て独立し、ヘラルボニーを設立。同社のクリエイティブを統括する。“異彩を、放て。”をミッションに掲げ、福祉領域のアップデートに挑む。社名は、4歳上の兄・翔太が小学校時代に記していた謎の言葉“ヘラルボニー”から採用した。森永邦彦は、1980年東京都国立市生まれ。早稲田大学社会科学部在学中にバンタンデザイン研究所で服作りを始め、2003年に「アンリアレイジ」を設立。ブランド名の由来は、「A REAL(日常)」「UN REAL(非日常)」「AGE(時代)」。「神は細部に宿る」という信念のもと、色鮮やかなパッチワークや人間の身体にとらわれない独創的なフォームに加え、テクノロジーや新技術を積極的にデザインに取り入れている PHOTO:TAMEKI OSHIRO

アンリアレイジ(ANREALAGE)」が9月30日(現地時間)、2026年春夏コレクションをパリで発表した。知的障がいのあるアート作家を支援するヘラルボニーとコラボレーションして、契約作家18人の作品をデザインに落とし込んだ。プリントや糸の織り方にこだわりアートを忠実に再現した一方、「アンリアレイジ」らしいテクノロジーも活用。衣服にセンサーを入れ、自由自在に動かすことでアートに内在するパワーを解き放とうと試みた。また、ハートの記号をコレクションのテーマに使用したのも意味深だ。森永邦彦「アンリアレイジ」デザイナーと松田崇弥ヘラルボニー最高経営責任者(CEO)に、協業を決めた理由や、コレクションに込めた思いを聞いた。

WWD:コラボレーションに至った経緯は?
松田崇弥ヘラルボニーCEO(以下、松田): 知人の紹介で1年前に森永さんと知り合った。ヘラルボニーの契約作家たちに会ってみたいと声かけられ、すごく嬉しかった。岩手にある本社や、全国の福祉施設を案内した1、2カ月後くらいに、コラボレーションが決まった。

WWD:ヘラルボニーは、すでにさまざまなブランド、企業ともコラボレーションしているが、「アンリアレイジ」との取り組みに感じた可能性は?
松田: 森永さんが障がい者の作家と相対して何を生み出すのか、イメージが全くつかなかった。これまでのコラボレーションは、おおよそ想像ができるもの。でも、「アンリアレイジ」との取り組みは、どうなるのかわからない。森永さんのクリエイションを通じて作家の創造性が解き放たれたら、どんな世界が生まれるだろうというワクワク感があった。

森永邦彦=「アンリアレイジ」デザイナー(以下、森永): 2016年から視覚障がいの方に向けて触覚で楽しんだり、「着る」という行為そのものを楽しむデザインに取り組んだりしているが、障がい者の作家たちと出会ってから、当たり前ゆえ無視してきた知覚が、人によってさまざまなことに気づいた。今まではデザインやモデルを考え、テクノロジーも活用してモノを作ってきたが、(当たり前だと思っていた感覚に目を向けても)未知なるものが生まれうることを知ることができた。

WWD:コレクション制作のため、今回コラボレーションした18人の全作家に会ったと聞いた。
松田: ショーまでの間に全員と会って対話し、それをクリエイションに落としてくれた。本当に隙間を縫うぐらい、とんでもないスケジュールの中で全国を飛び回ってくださり、すごく誠実で、シンプルにびっくりした。いい意味で狂気性を感じるほど、私にとって新鮮だった。

WWD:全員に会いたいと思った理由は?
森永:アートを使うのは簡単かもしれないが、最初からこのプロセスを遠回りしながらでもやろうという気持ちがあった。実際に作家に会うと、話はできなくても、澄んだ目で見つめてくれたり、開いているボタンを閉めようとしたり、背中を掻いてきたりなどのコミュニケーションが存在し、「どのような世界が見えているんだろう?」と思いを巡らすきっかけになる。そして彼らのアート作品は、普通では考えられない密度だったりと神がかったものさえ存在している。チャーミング(魅力的)な一方、人間が作り出せるものの凄みを感じることができた。

WWD:コレクション制作において気に掛けたことは?
森永:私には、作家たちの世界を見ることはできない。つまり自分にとって、彼らの世界は非日常だ。日常/非日常をテーマにする「アンリアレイジ」として、100%は難しいけれど、なるべくその世界を表現しつつ、自分のエッセンスを加えたら面白いことになるのでは?と思った。

WWD:デザインのコンセプトは?
森永:形としての正解を持たない服。時間とともに常に形が変わり続け、良い時がある一方、アグリー(不細工)な形になる瞬間もある。作品を服の全面に落とし込み、プリントだけでなく、糸の織りで表すなどヘラルボニーがやっていなさそうなことにもチャレンジしている。また、今回のテーマである「ハート」に合わせ、その服自体に心臓を入れているような感じで、服を生き物のように「アンコントローラブル(制御不可能)」に動かすことを試みた。動物の尻尾の動きや、植物の開き方など、自然物だからこそ常に形が変わることを研究した上で、ソフトロボットのチームと組み、服の中に加速度センサーと振動察知センサーを入れてみた。モデルの動きに合わせて、服が自在に動くように仕上げている。ただ現段階(取材は9月上旬)では服は脱げてしまったり、おとなしいほどに動かなかったり。終着点は、まだよくわかっていない(笑)。

WWD:テーマに「ハート」を選んだ理由は?
森永:作品から狂気性を感じるせいか、アート作家に会う前は、少し怖さもあった。でも実際は全然怖くなく、温かい気持ちになった。ハートのマークは、紀元前5000年前にできたと言われている。ある人には「いいね」だったり、別の誰かにはラブだったり、同じ形でも呼び方、見え方、感じ方が違うというのもいいなと思った。

WWD:「アンリアレイジ」はこれまでテクノロジーを活用した精緻さを追求してきたが、今回は真逆の表現を選んでいる。
森永:AIに聞いても答えが出ないからこそ、美しさを感じる。もちろん1mmの違いも見過ごせない完璧さや、これまで考えてきた分子構造にも美しさは存在するが、その真逆、決められていないものや、ある意味で不完全なもの、どこで始まってどこで終わるかわからないけれどとてつのないエネルギーがあるものには、「アンリアレイジ」と重なる部分もある。

WWD:障がい者アートがパリ・ファッション・ウイークの舞台でお披露目になる感想は?
松田:ここまでになるとは想像できなかった。パリコレが健常者前提で作られている中、彼らもまたものすごく面白いことが世界にプレゼンできることにすごくワクワクした。ショー会場には作家たちと一緒に行く。彼らがその場に存在すること自体も、1つのメッセージだ。ある種の美しさの頂点のような場所で重度の知的障がい者たちの命が鼓動するのは、社会運動的でもあるし、周りの人たちに対する希望でもあるだろう。

WWD:ショーの音楽にもこだわっている。
森永:元ダフト・パンクのトーマ・バンガルテル(Thomas Bangalter)が担当した。彼もずっとテクノロジーを活用してテクノを生み出してきた人で、前回はシンメトリー(対称的)かつ、理論的な音楽だった。しかし今回は、作家全員の日常の音を取り入れている。「キュッキュッキュッ」という制作風景の音や、喋っている声などを組み合わせた今回の音楽は不完全かもしれないが、エモーションがあり、パワーがある。最後の方は彼が自らの声をのせている。「自分でも何を言っているかわからない」けれど、すごく気に入っているようだ(笑)。

WWD:今回のコレクションを通じて伝えたいメッセージは?
松田:彼らのアートがファッションの美しさの中で認識され、リスペクトが生まれることが重要だ。制度を変えてきた運動はあったが、「すごく素敵だよ」「かっこいいよね」「『アンリアレイジ』との新しいクリエイション、半端ないね」など感想と共に、作家さんの作品が広がっていくことで人の可能性を自然に見出していきたい。「面白いんだな」とか、「会ったことないけど、ワクワクするな」などの、別の種の美しい“社会運動”になるといいな。

森永:ヘラルボニーとの出会いを通じて、改めて発見したところもあるし、「クリエイションとは何か?」をあらためて考えるきっかけにもなった。今回のコレクションで、僕が1年間を通して感じたことを少しでも伝わったらいいと思う。

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