「カルティエ(CARTIER)」は9月29日、「愛のシンボル」として知られるアイコンコレクション“ラブ(LOVE)“の最新作“ラブ アンリミテッド(LOVE UNLIMITED)“を発売する。1969年にデザイナーのアルド・チプロ(Aldo Cipullo)が手掛け、リジッドな(硬い)楕円シェイプ、ビスのモチーフ、専用スクリュードライバーを使って着脱する構造でジュエリーに革命をもたらした“ラブ“ブレスレットを大胆に再解釈した新作は、手首になじむリボンのようにしなやかさが最大の特徴だ。デザインは、ゴドロン装飾(古代ギリシャの柱やアール・デコ建築に見られた丸ひだ装飾)を表現するように200の精細なパーツをつなぎ合わせ、そこに象徴的なビスをプラス。一見クラスプとは分からないインビジブルな開閉システムを採用することでより着脱しやすくなり、クラスプで複数のブレスレットをつなぐこともできる。
価格は149万1600円(イエローゴールド、ピンクゴールド)と159万7200円(ホワイトゴールド)。また、ブレスレットのデザイン要素を落とし込んだリジッドなリング(イエローゴールドとピンクゴールドは42万9000円、ホワイトゴールドは45万6500円)もラインアップする。
言うまでもなく「カルティエ」には不朽のアイコンコレクションがいくつもあるが、長い歴史の中でそれらの再解釈を続けている。近年では、3本のリングが絡み合う“トリニティ“の100周年を記念してクッションシェイプ(角の丸い四角形)のモデルが登場したことも記憶に新しい。「『カルティエ』には創造性やスタイルの限界を押し広げる力があり、絶えず自らを変革し続けるメゾンだ」と語るアルノー・カレズ(Arnaud Carrez)=最高マーケティング責任者(CMO)に、新作の制作背景やアイコンの重要性、ブランディングやコミュニケーション、日本市場に対する考えまでを聞いた。
アイコンを育み続けるともに創造性と大胆さを追求
WWD:まず、“トリニティ“”パンテール“”ジュスト アン クル“など「カルティエ」の数あるアイコンの中で、“ラブ“はどのような位置付けか?
アルノー・カレズ=カルティエCMO(以下、カレズ):「カルティエ」には独自のコレクションポートフォリオがある。ジュエリーやウオッチの分野において、これほど豊かで多様なアイコンコレクションを有するメゾンは他にないだろう。その中でも“ラブ“は、最も重要かつ基準となるジュエリーコレクションの一つであり、メゾンの価値観を反映するもの。売り上げとブランドイメージの両面で中心的な存在として特別な役割を担っている。
WWD:“ラブ アンリミテッド“を制作することになった背景やデザインにおけるこだわりは?
カレズ:制作に取り組むのは自然な流れだった。私たちは、新しいデザインや「サカイ(SACAI)」の阿部千登勢さんとのコラボレーションのような特別なプロジェクトを通じて、象徴的なコレクションを育み続けるともに創造性と大胆さを追求してきた。“ラブ アンリミテッド“はその姿勢を体現し、既存のコレクションに新鮮さをもたらすもの。全く新しい解釈でありながら、象徴的なデザインやビスモチーフといった“ラブ“の本質につながっていて、ひと目で“ラブ“と分かる。従来は2つの半円形のパーツを組み合わせたリジッドなバングルで、誰かの手助けを必要とする構造だったが、今回はそこに予想外のアプローチを取り入れた。
WWD:アイコンに新たな解釈やアレンジを加える際に重要なこととは?
カレズ:第一に大切なのは、既存のコレクションに確かな価値をもたらすことだ。その価値とは、短期的な成功ではなく、メゾンと顧客にとっての長期的な意義を指す。私たちが常に重視しているのは、長期的な継続性と一貫性。新たなデザインを加える際には、ブランドやコレクションのイメージを高めるものであることが求められ、独自性と美しさを備え、現代の感性に合致することが欠かせない。そして、私たちにとって“現代的な関連性“は基本となる要素だ。というのも、「カルティエ」の製品はジュエリーやウオッチ、レザーグッズであると同時に、人生の節目を祝うシンボルとしても選ばれることが多いものだから。たとえば、“ラブ“ブレスレットを購入したり贈ったりすることは自分自身や大切な人との強い結びつきを示す行為であり、エモーショナルな意味を持つ。そんな製品に結び付く象徴的な価値を守り続けることが、私たちの使命だと考えている。
WWD:多様なアイコンを有することは、「カルティエ」にとってどんな意味を持っているか?
カレズ:「カルティエ」は1847年の創業以来、ジュエラーとしての伝統を守り抜き、今は「The Jeweler of Styles(スタイルのジュエラー)」を掲げている。「The Jeweler」はジュエリー分野のリーダーとしての地位を示し、「of Styles」は多彩な表現の幅を意味する言葉だ。“ラブ“のようなコレクションがエッセンシャルなデザインを表現する一方で、“パンテール“や”クロコダイル“といった大胆で華やかなテーマのコレクションもある。そんなスタイルの幅広さは非常に重要であり、それこそが「カルティエ」を多様な顧客層に応える普遍的なメゾンたらしめている。私たちが望むのは、個性やスタイル、唯一無二の存在感を表現する一助になることだ。
逆風の中でも優先すべきは長期的な価値
WWD:現代は生活者のニーズや趣向も多様化している。幅広い層に「カルティエ」の価値を伝える上で大切にしていることは?
カレズ:最も大切なのは、イメージと憧れ。それらを生み出し維持するためには、「カルティエ」が明確なアイデンティティーと価値を持ち、ブランドの中にも外にも共有することが不可欠だ。加えて重要なのは、信頼関係。信頼を得るには長い時間を要するが、失うのはあっという間。製品の品質、伝えるメッセージ、コミュニケーションのあり方など、全てが信頼に直結している。だからこそ、「カルティエ」はブランディング、そして顧客との長期的な信頼関係を重視している。不確実性の高い時代にあって、人々が求めているのは安心感や信頼、そしてブランドとの真摯な対話であり、それに応える存在でありたいと考えている。
WWD:逆風が吹く現在のラグジュアリー市場をどのように分析している?
カレズ:外部環境において、地政学的、経済的、社会的に不確実性が高まっているのは事実だ。ラグジュアリーブランドは逆風を乗り切らねばならないが、それは多くの業界に共通すること。その中で私たちが目指すのは、長期的な価値を築くことにほかならない。サイクルが以前より短くなる中、一時的な問題があったとしても、優先すべきはブランドの長期的な価値だ。
WWWD:カレズCMOはかつて日本でも働いていたことがあるが、日本市場をどのように捉えているか?
カレズ:約5年間を過ごしたが、日本での経験はとても素晴らしいものだった。日本は今なお世界における主要市場の一つ。その事実を私自身もうれしく感じているし、日本はイノベーションの拠点であると同時に伝統と遺産への深い理解を併せ持つ場所だと考えている。日本人の顧客に対して今でも感銘を受けるのは、その洗練度やエレガンス。彼らはブランドへのロイヤルティーが高いだけでなく、ジュエリーやウオッチの職人技や品質、技術的な部分に関する知識と理解を持っている。細部へのこだわりは、私たちにも深く共鳴するものがあると思う。昨年には日本進出50年の節目を祝ったが、歴史的なつながりは年々豊かさを増している。パリのカルティエ現代美術財団でも、これまで三宅一生や北野武をはじめとする多くの日本人アーティストの展示を行ってきた。またメゾンのアーカイブとカルティエ財団が有するアート作品を組み合わせた東京国立博物館での展覧会をはじめ、日本は常に新しいアイデアやプロジェクトを受け入れる市場であるとともに、今もメゾンの大きなインスピレーション源になっている。実は世界で初めてEコマースを導入したのも日本だった。
WWD:今月には日本のクリエイターや俳優を起用したアニメーション作品「ラ パンテール ドゥ カルティエ(LA PANTHERE DE CARTIER)」を公開し、話題を集めた。現代、そしてこれからのコミュニケーション戦略におけるカギと考えるのは何か?
カレズ:本質は大きくは変わらない。メディア環境が変化したとしても、コミュニケーションの役割は“憧れ“を生み出すこと。メゾンの世界観を表現し、クリエイティビティーと大胆さを伝えることが重要だ。新しい点を挙げるとすれば、顧客との接点がかつてより増えたことだろう。デジタルネットワークの発展によって手法やコンテンツは変化するが、目指す方向性は常に一貫している。ブランドイメージを高め、予想を超える体験を提供すること。それが「カルティエ」のコミュニケーションのカギだ。