イタリアのデザイナー、アドリアーノ・ゴールドシュミット(Adriano Goldschmied)氏が4月5日、82歳で死去した。がんとの闘病の末だった。“デニムの神様”とも称された同氏は、「ディーゼル(DIESEL)」や「リプレイ(REPLAY)」、「ギャップ(GAP)」の“1969コレクション(1969 COLLECTION)”などプレミアムデニムブランドの立ち上げに携わったほか、自身も「エージー(AG)」や「ゴールドサイン(GOLDSIGN)」などを手掛け、ジーンズをワークウエアからハイファッションへと引き上げた立役者として知られる。
OTBのレンツォ・ロッソ会長ら後進を育成
同氏は1943年、イタリア・トリエステ生まれ。70年代初頭に輸入デニムの販売からキャリアをスタートし、74年にデニムブランド「デイリーブルー(DAILY BLUE)」を設立。デザインを正式に学んだことはないものの、従来より高価格帯で新たなフィットやカラーのアイテムを提案し、デニムをデザイナーファッションへと進化させた。
後進の育成にも熱心に取り組み、「ディーゼル」の創業者であるレンツォ・ロッソ(Renzo Rosso)OTB会長もその薫陶を受けた一人。両者が出会った当時、ロッソ会長は20歳前後だったという。故ゴールドシュミット氏は81年、若手デザイナーの育成を目的としたコレクティブのジーニアス・グループ(GENIOUS GROUP)を立ち上げているが、そこには78年に23歳で「ディーゼル」を設立したロッソ会長も参画している。なお同グループは、デニムに不可欠なウォッシュや仕上げ加工における革新的な新技術の開発なども後押しした。
サステナビリティの推進にもいち早く尽力
その後、ゴールドシュミット氏はコンサルタントとして米国、日本、中国を訪れ、ファッションが環境および社会に与える影響について関心を深める。サステナビリティという言葉や意識が一般的になる以前から、デニム産業における環境負荷の軽減や、責任ある調達および生産を提唱。当初は抵抗に遭いつつも、先駆者として粘り強く活動を続けた。93年に「エーゴールドイー(AGOLDE)」を共同で設立。2000年には、「エージー アドリアーノ ゴールドシュミット(AG ADRIANO GOLDSCHMIED)」をユル・クー(Yul Ku)とスタート。洗い加工でリアルなビンテージ感を表現した“エイジド(AG-ed)”シリーズが一世を風靡し、00年代のプレミアムジーンズブームをけん引した。
業界における“コラボレーター”としても存在感を発揮し、栽培に大量の水を必要とする綿花(コットン)の代替素材として、オーストリアのセルロース繊維最大手レンチング・グループ(LENZING GROUP)が提供する「テンセル™(TENCEL™)」にいち早く注目。デニムへの使用の促進に大きく貢献した。近年では、リサイクル素材を使用したデニムについて「クロエ(CHLOE)」と協業したほか、生産工程や調達における環境負荷を軽減したブランドとして「デイリーブルー」をリローンチしている。4月14日には、バングラデシュのテキスタイルメーカー、バドシャ・グループ(BADSHA GROUP)が擁する「パイオニア デニム(PIONEER DENIM)」がアムステルダムで行うランウエイショーで、ゴールドシュミット氏がデザインしたアイテムがフィーチャーされる予定だ。
デニム業界に強い影響を与え続けた重鎮ゴールドシュミット氏の功績は、世界のデニム産業の発展のみならず、サステナブルなファッションへの転換を促した点においても大きい。プライベートでは、妻ミケーラ(Michela Goldschmied)との間に3人の娘がいる。