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【解説】私的整理のスパイバー、「これまでとこれから」

人工タンパク質素材の開発で世界をリードしてきたスタートアップ企業のスパイバーが、新たな局面を迎える。孫正義ソフトバンクグループ会長兼社長の長女である川名麻耶氏が設立した新会社に、設備や知的財産、人員を譲渡する。スパイバーはこれまで投融資で1000億円以上を調達しており、私的整理により巨額の金融負債を整理することで、事業再建を加速する。一方、創業者である関山和秀社長と菅原潤一取締役の2人は、新会社の経営陣に加わらないと見られる。川名氏主導で、夢の繊維である「人工タンパク質繊維」の未来を担う。今後どうなるのか。

経営危機に至る経緯

経営危機が表面化したのは、「事業価値証券化」で調達した400億円という巨額融資の返済期限が迫っていたためだ。2020〜21年10月にかけて調達したこの資金は、米国に新設した人工タンパク質の原料工場の建設に投じた。米国工場は、2大穀物メジャーの一つであるアーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(以下、ADM)と共同で進めており、米ADMからは100億円の出資も受けていたものの、コロナ禍やインフレに伴う建設費の高騰で予算が超過。結果的に建設計画は大幅な縮小を強いられた。

「事業価値証券化」は、事業そのものを担保にレバレッジ(梃子)をきかせて巨額の資金を調達できるものの、実質的には返済期限のある融資にほかならなかった。22年以降、米国でスタートアップやベンチャーキャピタルの投資環境が急速に冷え込み、スパイバーもリファイナンス(借り換え)や資金調達が思うように進まなくなったことも、状況を悪化させた。

結果として、昨年4月1日に公表した24年12月期の決算公告で、売上高にあたる営業収益4億1400万円に対し、営業損失48億9000万円、純損失295億円を計上。監査法人からは、「25年12月28日に到来する金銭消費貸借契約について、返済資金の確保に疑念が生じており、継続企業の前提に重要な疑義を感じさせる事象又は状況が存在しております」(原文ママ)と、継続企業の前提に関する注記(=GC注記)が付され、資金難が表面化することになった。

川名氏への事業譲渡は、こうした巨額の金融負債の削減が大きな目的だった。今回の私的整理で大きな影響を受けるのが、既存株主と債権者である金融機関だ。旧スパイバーの上位株主は、官民ファンドであるクールジャパン機構、次いで投資ファンドのカーライルの2社が占める。いずれも上場に向け、クールジャパン機構が140億円、カーライルが100億円を出資しており、両社は幹部が取締役にも就任していた。川名氏設立の新会社には、設備や人員、技術などの知的財産が引き継がれ、巨額の金融債務は旧会社に残されるようだ。

スパイバーの起業から飛躍、量産への道のり

スパイバーは2007年9月に、慶応義塾大学先端生命科学研究所(所長:冨田勝教授=当時)でクモの糸の人工合成を研究していた関山氏と菅原氏の2人が設立した。最初の転機となったのは、2014年に官邸主導で実施された大型の研究開発支援プロジェクト「ImPACT」だった。同プロジェクトを通してスパイバーは、総額30億円の研究費の助成を得るとともに、ゴールドウインや長谷虎紡績、カジグループ、小島プレス工業など、その後重要なパートナーとなる企業やキーパーソンからの協力を得た。1年後の2015年には、ゴールドウインから30億円の出資を受けた。スパイバーにとって何よりも大きかったのは、日本のスポーツ・アウトドアウエア業界の重要人物である渡辺貴生・取締役(=当時、現社長)との知遇を得たことだった。ラボレベルの繊維生産には成功していたスパイバーは、ゴールドウインの渡辺氏の協力を得ることで、当時「クモノス(現ブリュード・プロテイン)」と呼んでいた人工タンパク質繊維の量産に大きな一歩を踏み出すことになる。ゴールドウインと渡辺氏は、日本の有力な繊維メーカーに協力を呼びかけ、テキスタイル開発に着手。数年をかけて基盤となる技術を確立し、高機能ウエア用の糸の開発に成功した。これが2019年のタイでの原料工場の建設へとつながっていく。

スパイバーの依然高い「ポテンシャル」

今後の最大の焦点は、人工タンパク質素材「ブリュード・プロテイン」をどこまでスケールさせられるか、またそのポテンシャルをどこまで引き出せるかだ。従来の化学繊維や天然繊維に分類されない画期的な新素材である「人工タンパク質素材」は、1953年に登場し、現在では世界の繊維生産の7割近くを占めるまでになったポリエステルと同等の発明とも言われる。基盤となるタンパク質の遺伝子設計次第で、自在に機能や強度を付加することができ、原料に石油を使わず、生産も発酵技術を用いるため、従来の石油化学系の工場に比べてエネルギー消費量もはるかに低く抑えられる。生産規模が拡大し、石油を原料とする化学繊維のシェアを奪うことができれば、地球への環境負荷も大きく低減する。「夢の繊維」と言われるゆえんだ。関山氏と菅原氏が率いる旧スパイバーが、多少の無理をしてでも世界規模で量産を急いだのも、環境へのインパクトをできるだけ早く、かつ大きくするためだった。

一方で「人工構造タンパク質」は、繊維だけでなく樹脂や成形材料、医薬など幅広い分野に応用が可能だ。実際にスパイバーは研究開発段階で、自動車やメディカル、プラスチック材料など幅広い分野のプロジェクトを進めていた。繊維分野では、遺伝子設計から発酵、紡糸までを垂直統合で人工タンパク質素材の量産に成功。遺伝子設計ではロボットアームを駆使した高速化を実現し、原料となるタイの発酵工場の生産性も高い。「人工構造タンパク質」の開発と生産においては、世界的にも他を圧倒して先行している。つまり、アパレルに比べて実用化に時間はかかるものの、アパレルほど量を求められないメディカルや添加剤などの分野であれば、オーダーメード型の部材や原料としてのポテンシャルは今なお高い。

新生スパイバーの課題と強力パートナーの「特損リスク」

繊維・アパレル分野では、ゴールドウインの渡辺社長を筆頭に、染色大手の小松マテーレの中山大輔社長、長谷虎紡績の長谷享治(たかはる)社長ら、日本の名門・老舗企業のキーパーソンたちが、関山氏や菅原氏の熱く高い志に共鳴し、人工タンパク質素材の開発を支援してきた。川名氏の率いる新生スパイバーは、まずはこうした繊維企業の変わらぬ協力と支援を仰ぐ必要がある。

ただ、これまでスパイバーを出資も含めて支援してきた上場企業は、今回の私的整理でスパイバー株の減損を強いられることは必至だ。すでに小松マテーレは、昨年10月に発表した4〜9月期決算で12億円を特別損失として計上している。他の企業も26年度の決算で特別損失を計上する必要があり、株式市場の圧力にさらされる可能性が高い。それでも小松マテーレの中山社長は「スパイバーの人工タンパク質素材のポテンシャルは高く、テクニカルレザーや透湿防水加工などの素材開発はむしろ加速させる」と語っており、引き続き開発に注力する姿勢をいち早く表明している。

現時点で、川名氏の率いる新生スパイバーの経営体制は明らかになっていないが、創業者である関山氏と菅原氏が新会社の経営陣に加わらないと見られる。ただ、大学発のベンチャーであるスパイバーは、創業直後からの古参メンバーや中枢スタッフの多くが、2人の創業者と深いつながりを持つ。2人の離脱が新生スパイバーにどのような影響を与えるかは未知数だ。

多くの企業と人の協力を得て紡いできた日本発の「夢の繊維」の普及・拡大は、まさにこれからが正念場となる。

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