
今季も2026年春夏のメンズ・ファッション・ウイークを駆け抜けました。取材班は、コロナ禍前から久々にメンズコレサーキットに舞い戻った編集長・村上と、初参戦のヘッドリポーター・本橋。ヨーロッパを覆う熱波に負けないアツいリポートをお届けします。今回はパリ5、6日目の完結編。
本橋涼介「WWDJAPAN」ヘッドリポーター(以下、本橋):「キコ コスタディノフ(KIKO KOSTADINOV)」は、どこか現実から少し離れた架空の島にある、小さな町での一日を描きました。外の世界のトレンドや常識に縛られず、人々は目覚め、仕事をして、ティーブレイクをとり、夜は街へ繰り出す。そんな穏やかでミニマルな日常です。
印象に残ったのは、「素材」へのまなざし。ライトツイルやカスリコットン、テクスチャードメッシュ、レザーといった多様なファブリックは、ぶつかり合いつつも調和。ストーンウォッシュを施した日本製デニムや、読谷焼の釉薬から着想を得たオーバーダイのジャージーなど、手仕事のような味わい深い生地も印象的でした。キコはクリエイションにおいて、日本の市井の労働者の装いに着想を得ているそうですよね。整ったパターンの中に生まれるゆらぎや、素材同士のぶつかりで“人間らしさ”を浮き立たせる手法に趣を感じさせられます。
村上要「WWDJAPAN」編集長:本人は気にもしていないだろうし、むしろファンはそれが真骨頂だと理解していると思うのですが、やっぱり玄人感が強いですよね。本橋さんが話すニュアンスのある素材使いも、“ゆらぎ”のあるシルエットも、説明がないと共感しづらい印象は否めません。その点では「ルメール(LEMAIRE)」や「アミ パリス(AMI PARIS)」は上手だな、って思います。常々思うのは、「キコ」にとってベストな見せ方は、ランウエイショーなんでしょうかね?本人がじっくり語れるプレゼンテーションとかの方が向いているような気がします。とはいえ、嫌いなワケじゃないんですよ(笑)。そういうマニアックさがあるからこそ、「アシックス(ASICS)」との協業は大成功しているんだろうと思っています。マニアックだけど、気難しいカンジじゃない。ちょっとアクの強いアイテムを、自由奔放に纏っている感じ。自由奔放は、「ルメール」や「アミ パリス」との共通点かもしれませんね。その辺りが、ニッチなブランドなのに、比較的多くのファンを抱えている理由なのかも(笑)?
デザイン性あるスペックウエアの“進化”に期待!
本橋:「ホワイトマウンテニアリング(WHITE MOUNTAINEERING)」は、“Evolution theory(進化論)”がテーマです。序盤は、1970年代にハイカーたちに親しまれたアルミフレームパックを背負ったルックが多数登場しました。
パックと連動するベストやハーネス、速乾性のあるチェックシャツやナイロンシェルは、クラシックなアウトドアとモダンな都市生活の接続を感じさせます。マドラスチェックやオンブレーチェックといった柄も、ポリエステルのメッシュやガーゼで仕立て、モダンで涼しげ。ニットは、さまざまなメッシュパターンをデータ化し、無縫製で軽く編み立てています。動きやすく、無駄がないデザインには、日常に寄り添うリアルな視点が感じられます。懐かしいはずのディテールが、現代のウエアと違和感なく溶け合う。大胆ではないけれど、じわじわと未来を感じさせる服たち。目に見えた変わり映えはなくとも、しっかりと地に足をつけながら進化していることを感じさせました。
村上:個人的に「ホワイト」は、「(山登りするときの)機能性を都会にも。そこに色柄を」というブランドだと思っています。その意味で、もはやスイムウエアなテクニカル素材のアイテムは、まさに「進化論」なのかもしれません。世間一般では「ルルレモン(LULULEMON)」的なスパッツ姿の女性も増えてきたし、私も、「結局一番の日焼け対策は、霊感接触素材のスパッツやアームガードでは?」と思っており、「ユニクロ:シー(UNIQLO:C)」のスパッツと“エアリズム”のアームガードは最近、普段着に自然と取り入れています。とはいえデザイン性に物足りなさを覚えていたので、「ホワイト」あたりがカッチョいい機能服を出してくれると嬉しいですね。って、完全に自分目線になっちゃった(笑)。
終盤、久々にハイスペックラインの“BLK”を見せてくれましたが、個人的には、アクティブウエアブランドとコラボして生み出すデザイン性のあるスペックウエアの方向性は、アリだと思っています。今回は「エコー(ECCO)」とコラボしていましたが、「エコー」にとってはデザイン性の向上に、「ホワイト」にとっては開発に時間とお金がかかる機能性素材に挑戦する機会になり、結果、市場にはまだそんなに多くない洋服が生まれるのでは?と考えました。プレミアムスポーツが大きなマーケットになっている中、そしてパリメンズにスポーツブランドの参加が増えている状況を考えると、この方向性はアリです。
最上の軽やかなエスプリ
ニクい、ズルい、「エルメス」
本橋:「エルメス(HERMÈS)」は、正直「こんなのズルいよなぁ」と思いました……(笑)。最上級の素材と技術を持つブランドだからこそできる表現。出来上がったアイテムを、その価格で買える顧客を抱えることも難しい。たいていのブランドには真似できないでしょう。
でも、ただ上質な素材と技術で勝負しているわけじゃない。それが「エルメス」のすごさであり、エスプリを作り出していると感じました。たとえば、極細のレザーをメッシュのように編んだジャケット。リネンシャツの上にさらりと羽織ると、空気を纏う“あわい”の感覚が、都市の夏にぴたりとはまります。
そのほかにも石のように鈍く光るグレー、ミント、バニラのような優しい色彩、極薄に仕立てられたレザースカーフ、呼吸するようなリネンやシルク素材も、身体と布の関係性をとても心地よく、優雅に描いていました。
村上:私も昔、「上質って、素晴らしい」という声が漏れてしまったことがあります。「エルメス」のコレクションがスマッシュヒットを繰り出したときって、人間は“感嘆のため息”的なものが漏れ出てしまうんでしょうね(笑)。今シーズンは涼やかで軽やかな素材の良さを活かしたシルエットと色によるステイプル(定番な)コレクションが大きなトレンドですが、これを40年近く追求し続けてきたのが、「エルメス」メンズのトップを手掛けるヴェロニク・ニシャニアン(Veronique Nichanian)=アーティスティック・ディレクターなワケです。そりゃ、「あぁ、『エルメス』って、やっぱりいいなぁ」って思っちゃいますよね(笑)。
リネンやコットンはもちろんですが、何よりレザーやスエードを、あそこまで薄くなめしつつ、軽やかに仕立てられる素材調達力や加工力!そして、そんな素材からスカーフとかを作っちゃうエスプリなセンス!!本橋さんがいう通り、ニクいほどにズルいです(笑)。素材が素晴らしいから洋服はミニマルなステイプルが美しいし、洋服がミニマルでステイプルだから素材の素晴らしさが際立つという好循環をベースに、ちょっとしたシルエットの変化やユーモアで鮮度をキープしているんですよね。今シーズンだったら、意表を突くグリーン、大ぶりのバッグやビーチサンダル、グルカディテールのパンツなどが、「洒落てるなぁ」とか「気が利いているなぁ」というムードを掻き立てます。私は、ジャケットのようなラペルを持つ開襟シャツをグルカパンツにインしたルックにハートを撃ち抜かれてしまいました。なんてエレガントなのに涼やか。最高気温が40度を超えても、このスタイルの周りには爽やかな風がなびいているような気がします(笑)。
久々にメンズコレクションに赴いて改めて気づきましたが、「エルメス」って、メンズとウィメンズが結構違うんですよね。ヴェロニクのメンズは、いつもシンプルで穏やか。対するウィメンズは最近、若々しさや強さを秘めるようになりました。なのに、両方とも「エルメス」なんです。全然違うムードを「エルメス」たらしめるのは、素材なのか?メゾンコードなのか?そんなことを考えてみたいと思います。
服作りに携わる人々に感謝し
歩み進める「ダブレット」
本橋:「ダブレット(DOUBLET)」が2026年春夏コレクションのテーマに掲げたのは、おそらく日本人にとって最も日常的でありながら、最も深い意味を持つ言葉“いただきます”でした。自然の恵みと、それを育んでくれた人々への感謝を込めて手を合わせる。その所作に宿る精神を、服づくりへと落とし込みました。
たとえば、捨てられるはずだった金目鯛の皮をなめしたフィッシュレザーや、卵の殻から生まれた再生素材、高知の港町で出合ったジビエの革。素材の背景にある物語が、「ダブレット」らしいユーモアのある服へと昇華していく。コラボレーションの数は20以上。一次産業の現場で働く人々や陶芸家、アーティストたちなど、これまで服作りと無縁に見えていた人たちと手を取り合おうという、井野将之デザイナーの誠実さが伝わってきました。
リサイクルやエシカルといった言葉の枠を超えて、「良い素材って何だろう?」「本当の贅沢って何だろう?」と、あらためて考えさせられたコレクション。正直、サステナビリティーという言葉はまだ自分ごとにしきれていない部分もあります。でも、普段自分がしている「いただきます」と手を合わせる行為の中にも、そういった精神性はすでに織り込まれているわけですね。
村上:「ダブレット」は、サステナ的な“頭で理解しようと頑張っちゃう”概念を、“心で素直に共感させてくれる”という意味で、稀有なブランドです。もしかすると今シーズンのユーモアは、たとえばポケットから刺しゅうした野菜がこぼれ落ちそうなほどに大豊作なワークブルゾンや、農協の米袋から作ったように見えるミニスカート、米粒を模したビーズをあしらったブルゾンなど、抱腹絶倒というよりはクスリと笑える程度に控えめだったかもしれません。でも、それこそが井野将之さんが考える「いただきます」の精神。自分のユーモアでじっくり煮詰めて抱腹絶倒に仕上げることはできたハズだけど、ユーモアはスプーンでひと匙、隠し味のように仕込む程度にして、素材の良さをそのまま味わう「いただきます」の精神性を表現したのではないでしょうか?それが結果、気の利いたステイプルが価値を帯び始めたファッション業界の時代感ともシンクロしているのではないか?と思います。デザイナーって、本当に時流を読みながら、自分の得意技を微調整して、歩みを進めていくんですね。
本橋:「クレイグ グリーン(CRAIG GREEN)」のショーが始まって最初に驚いたのは、モデルたちの“目”でした。暗闇から姿を現した彼らの瞳が、まるで猫のように光を反射していて、一瞬ギョッとしてしまいました(笑)。
ショー序盤では、構築的な黒のコートに、ゆるやかに揺れるパープルのガウンを重ねるなど、影の中に差し込む光のようなニュアンスを演出。シャツやベスト、ジャケットはハーネス状に分解され、服の構造を問い直すような造形が続きます。中盤からは、一転して色彩を解放。ストライプのセットアップ、鮮やかな原色のレインコート、花の刺しゅうが施されたニット。どれもただのカラフルではなく、記憶に眠った風景を呼び起こされるような、どこか懐かしい色使いでした。
コレクションのテーマは「記憶と変容」。過去の自分をもう一度見つめ、その輪郭を確かめていくような、静けさと高揚感が共存する時間を描いたそう。モデルたちの目の光も、その象徴だったのかもしれません。
村上:レンズの代わりにライトを仕込んだアイウエアをかけたモデルは、真っ直ぐ前を見て歩くのが大変だったでしょうね(笑)。単純にアレ、眩しくなかったのかしら?多くのモデルが布切れを加えているのも気になりました。ヨダレが溢れないか、心配です。
「クレイグ グリーン」のショーを見るのは随分久しぶりでしたが、随分変わりましたね。端的に言えば、軽やかになった。以前はハーネスのディテールをいくつも持つ、着脱に数十分はかかりそうな洋服が多い印象でしたが、正直、気難しい洋服は今っぽくありませんからね。そこでコードのディテールは無くさないまま、色や柄を取り入れ、少年時代ならではのホープフルやピースフルな世界を描いたような印象があります。そう考えると、貴族的なシャツや、レトロな花柄、サッシュベルトに施したチロリアン風の刺しゅうなどは、納得ですよね。
「ターク」のベーシックは
“普通”じゃ終わらない
本橋:「ターク(TAAKK)」の森川拓野デザイナーは、今回のショーで「タークにとってのベーシックとは何か」に挑戦したと話していました。
とはいえ、そこは「ターク」です。決して“普通の服”が並ぶはずもなく。ショーテーマに掲げたのは、「The Common Baseline of Art and The Ordinary(アートピースと日常着の境界)」。冒頭に現れたのは、ブランドの代名詞ともいえるジャカード織りのプログラムパターン。黒やブルーで描かれた有機的なモチーフが、シャツやセットアップ、ブルゾンの中に浮かび上がり、精密さと柔らかさが共存するようなムードを漂わせていました。
シャツとジャケットが一体化した新作のトップスも目を引きました。肩から裾にかけて、まるでグラデーションのように形状が変化していく構造は、「これはシャツか、ジャケットか?」と混乱させられます。中盤からはカラーパレットが一気に広がっていきました。白一色のルック、鮮やかなブルーのジャケット、ライムグリーンのグラデーションコートなど。後日、これらの服を展示会でよく見ると、繊細な刺繍や、透ける生地のレイヤー構造など、細部に仕掛けが詰まっていることが分かりました。
どの服もさまざまなアプローチで再構築していますが、原型は定番。「ターク」というブランドのフィルターを通すと、“普通”がこんなにも面白くなるのかと、感銘を受けました。