ファッション

「キコ コスタディノフ」が10年で築いたスタイル 「アシックス」との協業、日本への想いを語る

キコ・コスタディノフ/「キコ コスタディノフ」デザイナー

PROFILE: ブルガリア出身。10代でイギリス・ロンドンに移住し、セント・マーチン美術大学でBAメンズウエア、MAファッションデザインの修士課程を修了。在学中に手がけた「ステューシー(STUSSY)」とのプロジェクトで注目され、2016年に自身の名を冠したブランドを設立し、同年6月のロンドン・メンズ・ファッション・ウィークでデビュー。「マッキントッシュ(MACKINTOSH)」や「カンペール(CAMPER)」などとも協業。18年にウィメンズ・ディレクターにディアナ・ファニング(Deanna Fanning)とローラ・ファニング(Laura Fanning)を迎える。同年アシックスと協業を開始し、23年には「アシックス ノバリス(ASICS NOVALIS)」をローンチ。パリ・ファッション・ウィークではメンズとウィメンズで年4回のショーを発表し、インディペンデントブランドとして着実な成長を続けている。昨年東京とロサンゼルス、今年ロンドンにストアをオープン。PHOTO:KO TSUCHIYA

ロンドンを拠点とする「キコ コスタディノフ(KIKO KOSTADINOV)」は、インディペンデントブランドとして着実な成長を遂げてきた。ワークウエアを起点に、実用性とデザイン性を融合させた複雑なパターンカッティングや構築的なシルエット、テクニカル素材への探究によって、独自のスタイルを確立。パリ・ファッション・ウィークでは年4回のショー発表を継続し、昨年には東京とロサンゼルス、今年はロンドンに直営店をオープンした。来年、ブランドは設立10周年を迎える。

そんな節目を前に、デザイナーのキコが来日し、アシックス(ASICS)との協業ライン「アシックス ノバリス(ASICS NOVALIS)」のシーズン3のローンチを記念したイベントを開催。この10年で築いた"ブランドの言語"、2018年から続くアシックスとのパートナーシップ、そして日本との深い結びつきについて語った。

──来年でブランド10周年を迎えますね。この10年を振り返ると、どのような思いがありますか?

キコ・コスタディノフ「キコ コスタディノフ」デザイナー(以下、キコ):長いようでいて、実際は小さな一歩の積み重ねでした。ロンドンでメンズのショーを始め、現在はパリでメンズとウィメンズ合わせて年4回コレクションを発表しています。独立系ブランドとして着実に歩んできたことを、今は大きな成果だと感じています。1〜2年で急成長し、セレブリティに着用され、世界中に店舗を広げるブランドもありますが、数年後には姿を消してしまうことも少なくありません。だからこそ、派手な成功よりも、確かな前進を少しずつ積み重ねていくことを大切にしてきました。

──昨年は東京とロサンゼルス、今年はロンドンに店舗をオープンしました。実店舗を持ったことで、どのような変化を感じていますか?

キコ:一番の発見は、ブランドを支えてくれる人たちの“顔”が見えるようになったことです。卸だけの頃は顧客との接点がほとんどありませんでしたが、直営店では毎週末訪れてくれる人がいて、ブランドが彼らの生活の一部になっていると実感できます。嬉しさと同時に、以前よりも強い責任感を覚えるようになりました。

“好奇心”でつながるコミュニティ

──最初の店舗に東京を選んだ理由は?

キコ:日本には「買い物が体験である」という文化があります。販売員との対話や丁寧な試着など、消費行動がコミュニケーションとして成立している。だからこそ、東京は自然な選択でした。ロンドンの店舗はアトリエと一体化した理想的な空間で、展示にも活用できる柔軟性があります。面白いのはそのスケール感。300着、200着と大量生産する必要はなく、5着だけ作って各店に1〜2着。それだけで十分な“対話”が生まれるんです。

──日本にはたくさん「キコ コスタディノフ」のファンがいて、実際キコさんもよく訪れていますね。

キコ:アシックスとの仕事が大きな理由です。神戸本社へ行く必要があり、自然と日本に滞在する機会が増えました。日本のファッションは日常に深く根づき、フランスに似た“真剣さ”があります。装うことを生活の一部とする姿勢に触れるたび、ここで学ぶことはブランドにとって非常に重要だと感じます。また、日本の人は新しいものを見つけるのが本当に早い。ブランド初期から支えてくれている強いコミュニティがあるのは心から嬉しいです。

──アトリエチームにも日本人のメンバーがいますね。

キコ:はい。現在も4人の日本人メンバーが在籍しています。ほとんどがセント・マーチンズ出身のインターン生として始まり、卒業後に会社でビザをサポートし、チームに加わってくれました。メンズチームに2人、ウィメンズチーム1人、そしてパターンナー1人として、それぞれ重要な役割を担っています。最近では、メード・イン・ジャパンのアイテムも増えてきました。デニムをはじめ、直近のメンズショーではテーラリングの多くを日本で生産しています。彼らは工場とも非常に密接にやり取りしていて、それも含めて、ブランドにとって新しい章が始まっていると感じています。

──「キコ コスタディノフ」のコミュニティを一言で表すなら?

キコ:“好奇心(Curious)”です。服を作りショーを行うだけでなく、多様なプロジェクトに取り組んでいます。その根底には欲求や探究心、純粋な興味があります。音楽はその分野に強い友人に任せるなど、信頼できる仲間を中心に小さなコミュニティが自然に広がっていきます。人を結びつけるのは共通の興味。すべてを好きでなくても構いません。音楽好き、靴好き、ショーだけ楽しむ人など、それぞれが自分の関心でつながれるのが、このコミュニティの面白さです。

「なぜ存在するのか」を問い続けて
生まれたブランドの"言語"

──創作において、ブランド初期から変わった点、変わらない点は?

キコ:変わらないのは、毎シーズンをファーストコレクションのつもりで取り組むことです。誰もブランドのことを知らない前提に立ち、過去にやったことには頼らず、何も当たり前だと思わない。常に新しい視点で考えるようにしています。一方で、直営店を持ったことで顧客の反応がより明確に見えるようになりました。人気のあるディテールや、すぐに完売するシルエットなど、実際の声を受けてコレクションの構成や物流面を考えるようになったのは大きな変化です。バッグや小物など、ワードローブ全体を提案する領域にも挑戦しています。ただ、根本にある姿勢は変わりません。毎シーズン、新しいアイデアや色、構造に挑戦しながら、学びを重ねて、ブランドの“言語”を少しずつ育てている感覚です。

──ブランドの“言語”とは?何か築かれたハウスコードはありますか?

キコ:はっきりとした定義はないけれど、「キコっぽい」と言われる要素は確かにあります。大胆な色使いに加えて、縫い目やアームホール、肩、パンツの構造を重視すること。曖昧だけど、癖のように自然と身についた自分なりのルールだと思います。学生の頃、みんながジャケットには強いこだわりを見せる一方で、パンツはプレーンで似通ったデザインばかりだったことに疑問を持ちました。僕は、パンツもジャケットと同じ熱量でデザインされるべきだと考えます。だから服は平面ではなく、身体の上で立体的に作る。数シーズン前には、セルフオマージュだけで構成したコレクションにも取り組みました。シーズンを積み重ねてきてやっと取り組むことができたアプローチです。「リック・オウエンス(RICK OWENS)」のような歴史あるブランドが行う“振り返り”を、自分自身のコレクションで実践できたことは、大きな達成感がありました。

──しっかり“らしさ”を確立したからこそできることですね。着用している人を見るだけで、「キコ コスタディノフ」の服だとわかります。

キコ:それをずっと目標にしてきました。これはとても難しいことで、ブランドらしい明確なシルエットを確立できたデザイナーは、過去100年でも10人ほどしかいないと思います。それでもメンズでは毎シーズン、最初の10ルックをシルエットの提案から始め、その季節の全体像を示すことをルールにしています。僕は“シルエットで語る服作りの最後の世代”だと感じているので、この精神をできるだけ保ち続けたいと思っています。

アシックスとの7年
アイデアを育てる"新しい土地"

──アシックスとのパートナーシップは2018年から。関係性はどう進化してきましたか?

キコ:始まりはとても自然で、期待も前提条件はなく、お互いにとって未知の領域からのスタートしました。アシックスは製品の質を最優先にし、話題性だけに捉われていないところにも共感できました。その姿勢は今も変わらず、常に"良いものをつくる"ことに焦点があります。関係性は、靴づくりを超えて、「ノバリス」のようなプロジェクトへと広がりました。進化を続け、型にはまらず柔軟であり続けています。

──なぜライン名を“ノバリス”にしたのですか?

キコ:ラテン語で"新しい土地"を意味します。アイデアを育てる場所のようで響きもいい。アシックス自体も"Anima Sana In Corpore Sano"(日本語で“健全な身体に健全な精神があれかし”を意味する)というラテン語由来なので、同じ言語というのがいいと思いました。プロジェクトは当初ごく小さく、日常のためのユニフォームとして始まりました。僕はフットウエアの専門家ではないので、靴にも"キャラクターとワードローブ"という文脈を持たせることが重要だったんです。現在のコレクションは最も成熟しており、ブランドらしいカッティングや色も反映され、深みが増しています。朝から夜まで無理なくつながる、僕ら自身が日常で着られる服になっています。

──アシックスの理念である“健全な身体に健全な精神があれかし"を、どう解釈していますか?

キコ:僕にとっては「自信を持って行動すること」と解釈しています。自分の仕事に誠実に向き合い、他人に過度に依存しない姿勢。野心のために誰かを踏み台にするのではなく、自信を基盤に周囲と協力しながら成果を作ること。ブランドの成長も、「2年以内にこれを達成しなければ」という目標設定ではなく、できることを着実に積み重ねてきました。この理念とつながっている気がします。


──今回の来日で、音楽が持つ「心の整理」「感情の安定」「身体のリラックス」をキーワードにしたリスニングイベントを企画しましたが、ファッションと心の健康はどう結びついていると思いますか?

キコ:正直に言うと、あまり結びついていないと思います(笑)。この仕事は膨大な時間と集中力を要するし、特に東京、ロンドン、パリのような都市では、完璧にヘルシーな状態でいられる環境ではありません。ファッションは本質的にストレスの多い世界です。だからこそ、「アシックス」や「ノバリス」は、業界の外にいる人にも届いてほしいと思っています。ストレスのない人生なんて現実にはない。でも、その負荷があるからモチベーションを保てる部分もある。ウェルネスはもちろん大切だけど、今はとにかく動いて、働いて、挑戦する時期だと思っています。50代や60代になって振り返ったときに、「もっとやっておけばよかった」と後悔したくないんです。

“情熱を持ち続けながら、降参しない”
10周年とこれから

──インディペンデントブランドとして、デザインと経営の難しさとは?

キコ:基本的には、仕事を通じて学んでいます。経験豊富なCEOを雇うのではなく、自分たちで一つひとつ積み重ねていくことが、いちばん大切だと思っています。店舗運営や卸売の対応など、クリエイティブではない部分こそが、ビジネスの難しいところです。楽しいコレクション制作は全体の5%ほどで、残りの95%はマネジメントやメール対応、日々の運営業務(笑)。しかし、それが人生であり、この仕事が本当に好きなんです。

──これから挑戦したいことは?

キコ:まずは店舗の体制強化と物流面の改善をすることですね。ロンドンではEU離脱や政治的な問題で、正直めんどくさいことが多くあります(笑)。早く安定した環境で、クリエイティブな活動やショーに専念したいと思っています。インディペンデントブランドとしてリソースは限られているので、年4回のショーに集中していますが、ショー以外のプロジェクトにも力を入れています。直近の東京での音楽イベントや、パリのオフィスでは「アート・バーゼル・パリ(Art Basel Paris)」の期間に展示を行いました。さらにロンドンの店舗を開いた際には愛犬のダンテ(Dante)にオマージュを捧げた小規模なショーを開きました。ファッション・ウィークのプレッシャーがない分、純粋に楽しめましたね。そして2カ月前には、(ウィメンズ・ディレクターのディアナ・ファニングとの間に)娘が誕生しました。人生の新しいチャプターが始まっています。

──おめでとうございます!次の10年後のビジョンはありますか。

キコ:正直、10年先のことまではあまり考えていません。長期的に願っているのは、今やっていることにワクワクし続け、ファッションショーを行い、毎シーズン伝えたいメッセージを持ち続けることです。僕とディアナ、ローラの間にはファッションへの強い情熱があり、それを今も心から楽しめている。世の中は厳しい状況ですが、だからこそリサーチを重ね、良書に触れ、先人たちの功績から学んでいます。これからも“降参しない”という気持ちを失わず、小さなステップを積み重ねていきたい。そうしていれば、きっと大丈夫だと思っています。

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