ファッション
連載 齊藤孝浩の業界のミカタ

事業への投資資金をどう捻出するか 【齊藤孝浩のファッション業界のミカタVol.29】

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 企業が期ごとに発表する決算書には、その企業を知る上で重要な数字やメッセージが記されている。企業分析を続けるプロは、どこに目を付け、そこから何を読み取るのか。この連載では「ユニクロ対ZARA」「アパレル・サバイバル」(共に日本経済新聞出版社)の著者でもある齊藤孝浩ディマンドワークス代表が、企業の決算書やリポートなどを読む際にどこに注目し、どう解釈するかを明かしていく。今回は財務諸表からは読み取れない在庫の中身とそれを生かしきることの重要性を解説します。(この記事は「WWDJAPAN」2021年9月13日号からの抜粋です)

 前回はデジタルへの投資についてお話ししましたが、果たしてその資金はどこから捻出すればいいのか。人件費を削るのも、店を減らすのも嫌だ。しかしリソースは限られている。そういうとき、多くの企業が借り入れすることを考えます。でも、改めて自社の貸借対照表(BS)、特に在庫を見直してみると、そこに“埋蔵金”があることに気付きます。眠っている在庫を減らして現預金に換える。もちろんただ減らせばいいというものではありません。

 財務諸表や事業全体を見る帳票では金額や数量の合計しか出ていませんが、在庫の中身にはいろいろあります。私は「売れ筋在庫」「スロームーブ在庫(当シーズン商品だが動きが鈍い)」「キャリー在庫(前シーズン以前の商品)」の3つに分けて考えます。

 皆さん、「スロームーブ在庫」「キャリー在庫」を放置して「売れ筋在庫」だけで回そうとするから苦労するんです。「スロームーブ在庫」を放置すると、いずれは「キャリー在庫」になります。さらに、それを仕入れに対して毎年10〜15%残すのが当たり前だと思っていたら、どんどん積み上がってしまいます。営業年数が増えると、「キャリー在庫」を抱えながら、“上澄み”だけを回してるというのが実態になっていることが少なくないようです。

 だいたい事業年商20億円後半から30億円くらいの規模のアパレル企業またはブランドで、最終消化率を90%だとすると、「キャリー在庫(原価)」だけで億単位になってしまいます。それを常に足かせのように引きずりながらシーズンを繰り返している状況になります。

 こういった「キャリー在庫」はセールやファミリーセール、アウトレットに出すなどで仕入れから2、3年あれば、損をしながらも、当初仕入れの1ケタ台の前半くらいには減るようです。しかし、その間に抱えている分だけでも結構膨らみます。一度お確かめいただければ分かりますが、事業全体在庫の3割くらいは「キャリー在庫」が占めているのではないでしょうか?まずこの「キャリー在庫」の額と量を直視することが大事です。そして、毎シーズンできるだけ残さないように努力することで、そんな在庫の多くはキャッシュ(現預金)に変わります。

 よく「2:8の法則」、つまり2割の商品が8割の利益を稼ぐといいますが、実際よく回転している「売れ筋在庫」って、当シーズン在庫の40%くらい、全体在庫からしたら20〜25%ぐらいではないでしょうか?「スロームーブ在庫」も店頭に並んでいますし、全然売れていないわけではないですよ。でも動きが悪いところを放置すれば、値下げ対象になるのは間違いないという感じです。

「売れ筋」も作り過ぎれば「死に筋」に

 クライアント企業さんとキャリー対象となる「期末売れ残り在庫」の中身を確認することがあるのですが、お店の人から言わせたら「こんなの売れないのに」「なんで作っちゃったのかな」みたいなものは実は少ない。それ以上に「作り過ぎ」というのが多かったりします。あとは「納期遅れ」でしょうか。それから「売れない色」。売れ筋品番だったけれど、不人気色だけが残ってしまったとか。最初によく売れていたから「追加生産したらそれが多過ぎちゃった」というパターンもあります。

 どんなに売れている商品でも、欠品しないように、良かれと過剰仕入れしていたら過剰分は「死に筋在庫」になってしまいます。そんな在庫を抱えないようにするためにはどうすればいいのか。一番いいのは、「ザラ(ZARA)」のように在庫リスクを抱えないだけ作り、必要な分だけ、タイムリーに作り足せる体制を構築することです。それはそれで今後、そんなオペレーションに近づけるように取り組むとして、現状のサプライチェーンで、現場でできることは何でしょうか?

 カギはMD担当者の商品計画と、販売担当者への販売計画の共有にあります。いつ、何をどれだけ売るか。そして、いつまでに売り切るか。MD担当者の頭の中にあるその計画をきちんと販売担当に共有して、チーム全体で把握することが重要です。そんな当たり前なことを、と思うかもしれません。しかし、多くの現場の声を聞くと、販売担当が行動に移せるような明確さで共有されていないことが非常に多いことに気が付きます。

 新作の商品紹介はしていても、どういう思いで、どれだけ仕込んで、どういうふうに売ろうとしているのかということまでは、意外と共有されていません。誰でも分かるように、優先順位をつけて、どれだけの在庫があり、いつまでに売り切るのか。それを販売担当が分かっていれば、事業として売るべきものを中心に売り場作りができますし、在庫を配分するディストリビューターもその販売計画に合わせて、品番ごと、店舗ごとの配分に強弱を付けることができます。そして、次に入ってくる販売の核となる商品が分かっていれば、売り場も入れ替えに対して備えられます。

 要は、店舗やECを担当する人が一番知りたいのは、「来月何を売ればいいか」なんです。ですから3、4カ月というシーズン単位の仕入計画をちゃんと月単位にして伝えてあげなくてはいけません。さらに売り場は、今店頭にある商品の他にどれだけの在庫が滞留しているのか、そして、いつまでに売り切らなければならないのかを知らないことが多いです。それはMD担当者が伝え切れていないからです。実際、しっかり伝えている会社は最終消化率も高いですから。

 ここが整ってくれば、「売れ筋の過剰在庫」や「スロームーブ在庫の放置」がなくなっていきます。そういう繰り返しをしていけば「キャリー在庫」も減りますし、資金を前向きな投資に回せるようになります。

 コンサルティングやセミナーの場でもよく話すのですが、「機会損失」とは売れ筋が欠品しているという意味だけではないんです。売れるタイミングにあったはずの在庫を販売拠点各所で生かし切れなかったというのが、私は隠れた「機会損失」だと思います。

 売れ筋を作り過ぎてもいけません。3000枚だったら売れるだろうなと思ったのに、この原価にするためには5000枚作らないとできないとなったら、そもそもその原価設定がいけないのでしょう。値下げをしたら、原価を切り詰めた分なんて一発で吹っ飛んでしまうのに、大幅値下げを前提とした原価設定になってしまっているわけです。そして、売り切ることができずに「キャリー在庫」になってしまえば、もう目も当てられません。

 やはり適正な商品価値のものをプロパーで売り切るための愚直な実践に尽きます。販売計画を共有して、「スロームーブ在庫」と「キャリー在庫」を減らすように活動していけば、売り上げも粗利も上がります。そうして増えた営業利益、売り減らした在庫から生まれる現預金が、次への投資、つまり新たな仕入れやシステム投資への原資へとつながっていくのです。
頭では分かっているのだが……という方は是非、それを阻害している要因が何なのかを考えてみてください。

最近気になっているのは
ショッピングアプリの進化

 店舗の公式アプリといえば、今までは会員証代わりだったり、クーポンを配信するプッシュ通知機能であったり、販促目的で使われることが多かったもの。最近のマクドナルド、ユニクロ、カインズなど業界大手のアプリを使ってみると、取扱商品固有のショッピング体験を快適にするユーザー目線の機能が実装され、アプリも新時代を迎えていると感じることが多いです。乗り遅れないように体験するところから始めましょう。


齊藤孝浩/ディマンドワークス代表

齊藤孝浩/ディマンドワークス代表 プロフィール

1988年、明治大学商学部卒業。大手総合商社アパレル部門に勤め10年目に退職。米国のベンチャー企業で1年勤務し、年商100億円規模のカジュアルチェーンへ。2004年にディマンドワークス設立。ワンブランドで年商100億円を目指すファッション専門店の店頭在庫最適化のための人材育成を支援。22年4月、明治大学商学部特別招聘教授就任。著書に「ユニクロ対ZARA」「アパレル・サバイバル」(共に日本経済新聞出版社)。「5月に発売した『図解 アパレルゲームチェンジャー』(日本経済新聞出版)の第4章ではワークマンのビジネスモデルの優位性をその他のチェーンストアと比較し解説しています。ワークマンは本文にもあるようにFC方式を採りますが、しくみは違えど、一般のチェーンストアでも学べる本部と店舗の関係性のあり方があります。どんな共通目標を成果報酬の対象にしたらよいのか、その答えは、FCでも、直営でも変わりません」

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