ファッション

10年先のファッション業界を読み解く 齊藤孝浩「アパレル・サバイバル」

 アパレル企業の仕事は、服を作って、売ること。当たり前すぎて疑問を挟む余地はなかった。しかし、このほど発売された「アパレル・サバイバル」(日本経済新聞出版社)で著者の齊藤孝浩氏は、その定義は通用しなくなると説く。

 「(これまで著者は)企業と顧客の接点である店頭にこそ顧客満足とビジネスの『真実の瞬間』があることを信じて、顧客の需要に合わせていかに店頭の在庫を最適化させるかに取り組んできたものでした」「しかし、これからの時代、(中略)その真実は店頭ではなく、顧客が購入した服(ワードローブ)を収納しているクローゼットにあるのでないかと思っています」。

 現在、ファッション業界はデジタルシフトによる流通革新の真っ只中にある。単にECが発展するだけではない。1990年代後半のSPA(製造小売り)、2000年代後半のファストファッションという流通革新は、製造から販売までのサプライチェーンが舞台であり、企業が市場を変えてきた。一方、現在進行形の流通革新の舞台は消費者が手にするスマートフォンである。テクノロジーの進化を享受する主体は、企業ではなく消費者自身になる。ショッピングを巡る環境が根本から変わるのだ。
 
 消費者の立場で服を買う・着るという行為を見つめ直すと、さまざまなストレスがある。欲しい服を見つけるための手間暇、販売員とのままならないやりとり、レジ待ちや試着待ち、わずらわしい会計、自分の手持ちの服とのコーディネート、周りの評判、洗濯やクリーニング、収納・整理、着なくなった服の処分……。

 それに衣料品には食品や化粧品、家電やクルマとは違い、季節性がある。「気温の変化とともに、おおよそ3カ月周期(春・夏・秋・冬)あるいは半年周期は(春夏・秋冬)で強制的にこのサークル状の循環が回り、毎年そこに新しい商品が加わっていくのです。よっぽど大きな家、広い収納スペースを持っていない限り、年を重ねるごとにオンシーズンのワードローブは雪だるま式に増え、クローゼットが溢れ始めるのは、誰もが味わっている、顧客を取り巻くファッション流通の隠れた大きな課題です」。

 ファッション業界はライフスタイルを提案するといいながら、顧客が新しい服を買い足すという服の循環の中のほんの一部にしか対応してこなかった。消費者の隠れた不満に手を差し伸べたのは、業界の常識に染まらないIT企業群だった。

 メルカリは不要な服の個人間取引という仕組みを作り出し、着用後にメルカリで高く売ることを前提にショッピングする消費者が増えた。ECの王者であるアマゾンは、購入前の商品を顧客の自宅に届けて、試着をした上で購入を検討してもらうサービス「アマゾン・プライム・ワードローブ」を開始し、顧客の自宅をフィッティングルームに変えようとしている。最近はネガティブな話題ばかりが取り上げられるZOZOも、採寸スーツ「ゾゾスーツ」だけでなく、革新的なサービスをいくつも提供している。ユーザー参加型のコーディネートアプリ「WEAR」は若者に定着し、ゾゾタウン(ZOZOTOWN)のWEARからの1カ月間の流入売上高は40億円超(18年10月)に達した。2次流通事業のゾゾユーズドは、顧客のクローゼットの出口戦略として機能し、ゾゾタウンの売上拡大にも寄与している。この本は国内外での豊富な取材に基づき、現在進行形の流通改革を追いかけつつ、10年先のファッション市場を展望する。

 著者の齊藤氏は総合商社で衣料品の生産や欧米ブランドの輸入販売を経験し、専門店チェーンに転じてからは店頭販売や商品管理に携わった。2004年に流通コンサルタントとして独立後は、店頭在庫の最適化を専門にしてきた。店頭在庫というビジネスのリアリティに向き合ってきた齊藤氏は、主観的・感覚的な言葉で語られがちなファッションビジネスを、即物的に描くことで本質を浮かび上がらせる。前作「ユニクロ対ZARA」(日本経済新聞出版社、14年)でも2大SPAの異なる性格を鮮やかに腑分けしてみせた。

 本書は巧みなナビゲートで、米国や英国の最先端ショップの店頭、新しい仕組みを作り出すIT企業の舞台裏、そして消費者のクローゼットの中までを旅するような感覚で読み進めることができる。ファッション業界の人が読めば、国内外の革新的な事例に刺激を受けることだろう。ファッション業界以外の人が読めば、ショッピングの未来の姿にワクワクするに違いない。

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