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美術の歴史はブランディングの歴史 エディターズレター(2021年7月15日配信分)

※この記事は2021年07月15日に配信した、メールマガジン「エディターズレター(Editors' Letter)」のバックナンバーです。最新のレターを受け取るにはこちらから

美術の歴史はブランディングの歴史

 「WWDJAPAN」の百貨店特集(7月19日発売)の取材で百貨店6社の社長を取材しました。取材は応接間のような部屋で行うことが多いのですが、各社とも東山魁夷や平山郁夫などの巨匠の絵画を飾っています。その前でビシッとしたスーツを着た社長がインタビューに答える。一方、ネット通販などのスタートアップ企業の社長室に通される機会もあります。そこには現代アートと呼ばれる絵画やオブジェが置かれています。こちらの社長はTシャツやスニーカーが大半です。アート作品や社長の服装はとても対照的だったりします。

 先日、多摩美術大学教授・西岡文彦氏の「ビジネス戦略から読む美術史」(新潮新書)を読みました。書名の通り、美術の歴史をマーケティングの観点から解説した本は、目からウロコの連続でした。読みながらファッションビジネスにも通じると思った次第です。

 絵画が売り買いされる“商品”になったのは、16世紀の宗教革命がきっかけだったそうです。それまで絵画といえばカトリックの宗教画。絵画は教会の巨大な天井や壁に描かれるもので、人々に畏怖される「不動産」でした。しかしプロテスタントは偶像崇拝を禁じます。教会の依頼で描いていた画家たちは食い扶持を失いながらも、一般市民にビジネスチャンスを見出します。キャンバスの発明によって、絵画が持ち運びできる「動産」に変化したことが背景にあります。描かれる対象も聖書や神話の登場人物から、風景や市井の人々に変わっていきました。

 写真も動画も存在せず、すべての人々が文字を読めるわけでなかった時代。絵画のプレゼンテーション力は絶大なものでした。

 この本では、フェルメールの「牛乳を注ぐ女」がパン屋の看板として描かれた秘話、レンブラントのクライアント割り勘システム、インスタ映えを先取りしたようなナポレオンの肖像画戦略など、興味深いエピソードで美術史のビジネスの側面を描いています。

 圧巻は19世紀のパリ、ガラクタと言われていた印象派の作品の値段を急騰された画商デュラン・リュエルのビジネス戦略です。理解者の少なかったマネ、ドガ、モネ、ルノワールらのプロデューサーとして立ち回り、新興国アメリカの金持ちの欧州貴族へのコンプレックスを巧みに利用して高額で売りさばきました。彼によって印象派は美術界で確固たるポジションを確立するのです。

 今も昔も美術品の価格は水物です。かけられた手間暇、まして材料の原価で決まるものではない。あえて乱暴にいえばブランディングがすべての世界で、その価値をどうやって作り出してきたか、裏側には必ず周到に練られたビジネス戦略が存在することがよく分かります。服やバッグ、ジュエリーなど欧州でラグジュアリーブランドが発展した理由とも重なるように思いました。

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