ビューティ・インサイトは、「WWDJAPAN」のニュースを起点に識者が業界の展望を語る。今週は、ビューティメディアの編集長が「日本らしさ」を考える。
【賢者が選んだ注目ニュース】
一度聞いたら忘れられない 日本未上陸の「アクセルアリガト」
「ダムダム」が日本のクリーンビューティブランドとして初めて米セフォラに出店
ビューティやファッションにおいて、グローバルから見た日本ブランドの価値は相対的に高い。しかし、まだまだ日本市場だけに向き合っているブランドが多いのも確かだ。予想される日本の人口減と年齢分布を考えたとき、これからはグローバル市場の開拓も視野に入れるべきなのは明らかだが、ストーリーや哲学を強く打ち出す新興ブランドが世界で台頭している中、日本ブランドは長所や「らしさ」をどう打ち出していくべきなのだろう?
大きなヒントとなる記事を6月、「WWDJAPAN.com」の記事で見つけた。まずは、「一度聞いたら忘れられない『アクセルアリガト』 日本未上陸の北欧発シューズが絶好調」(6/15)だ。
ブランド名の「アリガト」は日本語の「ありがとう」が由来だが、スウェーデン発の「アクセルアリガトAXEL ARIGATO)」は日本で製造もしていなければ創業者に日本人がいるわけでもない。ついでにいえば記事タイトルにもある通り、日本未上陸だ。ただ、このブランドは創業者らが愛するミニマリズムを体現しており、そのインスピレーションを日本の文化や建築、デザインに宿るミニマルな美学から受けているという。そして「ありがたし」の意味を深く理解し、彼らのブランド名にその音を採用し、韻を踏み海外では少し奇妙に聞こえるかもしれない「アクセルアリガト」というブランド名にした。実際、ブランド名の由来について会話がはずむこともあるそうだ。
ここから学べるのは、これからは「日本製」「日本ブランド」という、これまで積み上げてきた質のよさ、モノづくりへの自信といったレガシーだけに頼るのではなく、「日本らしさ」を因数分解し、どう解釈し、ブランドの背景やストーリーにどう息づかせるかを明確にしていくことではないだろうか。
また「『ダムダム(DAMDAM)』が日本のクリーンビューティブランドとして初めて米セフォラに出店」(6/25)の記事で興味深いのは、このブランドがシンガポール版「ハーパース バザー」のジゼル・ゴー(Giselle Go)元編集長とパートナーのフィリップ・テリアン(Philippe Terrien)氏という、ともにグローバルな視点でファッション業界に関わってきた2人の目線で立ち上げられている点だ。
「ダムダム」の名の由来はタガログ語であり、成分にはこんにゃくや米など日本で昔からスキンケア成分とされてきたものを使い、その一方でスリランカの団体が支援する現地の女性たちが制作した布バッグをローンチにあたって採用する。さまざまな要素を含みながら、日本から発信するクリーンビューティとしてのポジションを築いている。
「ダムダム」と同じクリーンビューティブランドとして、「日本らしさ」を最大限生かした米国のプレステージスキンケアが2009年にローンチした「タッチャ(TATCHA)」だ。日本の芸者の美容法に着想を得てシルクや米、緑茶、海藻など日本古来の自然成分と、いわゆる日本式と呼ばれるステップの多いケアを推奨し、セフォラでも販売している人気ブランドだ。ロゴマークは家紋を思わるデザイン、パッケージの細部にはお盆や手鏡といったモチーフが使われている。どこか西洋のフィルターを通したオリエンタリズムでもあり、日本企業による日本ブランドが決してとらないアプローチでもあったように思う。18年には5億ドル(約555億円)でユニリーバに買収された。
「タッチャ」のアプローチもまた、さまざまなことをわれわれに教えてくれた。日本のユニークネスをどうローカライズし、どうリデザインすれば伝わるのかという一つの事例でもある。「タッチャ」の場合は、「日本らしさ」を丸ごと、いわば意訳のようなかたちで発信したが、ローンチから十数年がたち、時代は今、「らしさ」を丸ごと翻訳や意訳することよりも、そのブランドがどんな哲学を持ち、そのプロダクトでどんな世界を目指しているかを問う。日本ブランドであることだけでは、その問いには答えにくい。
インターネットがもたらしたさまざまな可視化で、あらゆる領域の境界線が溶けている。その中では「日本らしさ」にもさまざまな解釈があっていい。日本のアパレルもビューティ業界も、もっと自由に想像力を働かせ、さまざまな国のさまざまな世代、さまざまなジェンダーやアイデンティティーをもつ人たちの声を聞き、ターゲットも自由に定義してみることから始めてはどうか。新解釈の、あるいは揺るぎない理念の中に見える「日本らしさ」は世界のどこかで熱狂的なファンをつくり出すはずだ。