ファッション

ヨーロッパで日本発の価値を示し、機能とデザインで評価される「ワコール」の若代祥世 ランジェリー業界の開拓者 vol.7

 新型コロナウイルスの感染拡大は、従来の商品やサービスの在り方に変化をもたらしている。その影響は下着業界にも及んでいるのは言うまでもなく、ライフスタイルが大きく変わるなか、既成概念に縛られない新たな価値観の提供や働き方にも変革が求められている。この連載では、コロナ禍に先んじて新領域の商品やサービスを生み出してきた下着業界の開拓者を紹介する。

 最終回となる第7回に登場するのは、ワコールホールディングスの100%子会社で、主に欧州事業を担うワコール ヨーロッパの若代祥世「ワコール(WACOAL)」ランジェリーディレクターだ。日本と中国でパタンナー・デザイナーの経験を積んだ後、2016年に渡英。日本のワコールの開発力とヨーロッパの市場が求めるデザインの美しさを融合させ、18年にはパリ国際ランジェリー展の「デザイナー・オブ・ザ・イヤー」をアジア発のブランドとして初めて受賞し、その存在感をヨーロッパで確実なものにした。

――現在の仕事内容を教えてください。

若代祥世「ワコール」ランジェリーディレクター(以下、若代):ワコールヨーロッパが30カ国で展開する「ワコール」ブランドのランジェリーディレクターとして、シーズントレンドの情報収集、デザインや商品構成の立案、フィッティングの確認、コスト管理、全体のスケジュール管理などを行っている。それに加え、日本のワコールで開発された機能や新素材を企画担当に紹介するイノベーションミーティングの運営責任者も兼任している。「ワコール」のデザインチームは4人で、日本人は私だけだ。

――現在のイギリスと仕事環境の状況は?

若代:昨年3月末にロックダウンを経験して以来、規制緩和と引き締めの繰り返しが続いている。リモートワークになって1年になるが、最初のロックダウンでは、多くの同僚が一時帰休(Furlough)になった(*)。デザインチームにそれをどう説明するか、数日眠れなかった。3シーズン分のサンプルと仕事道具を自宅に移動し、出社は2週間に1回程度。材料やサンプルを取りに行く時だけ出社している。21年秋冬コレクションはベテランデザイナーと私の2人で手掛け、リモートワークのコツをつかむことができた。その後、一時帰休から復帰したメンバー2人が加わり、22年春夏コレクションを制作した。

*新型コロナ感染拡大防止のために英国政府が行う企業向け支援策で、休職している間の賃金の8割を政府が補助する(上限あり)。

言葉の壁や文化の違いを超えた“強固なチームワーク”が支えに

――コロナ禍の前と後では、仕事の仕方は変わった?

若代:マネジメントの仕方が大きく変わった。会社に行けず、直接会うことができない中で、私たちを助けたのは“強固なチームワーク”だ。チームワークが必要だと頭では理解していたつもりだったが、本当の意味は理解できず行動できていなかったのがコロナ禍前の私だった。イギリスは新型コロナウイルスの感染者も多いし、テレビでは失業者のニュースが流れ、同僚は自身の生活に不安な思いを抱えていた。そのような状況下で安心して働けるように、本人だけでなくその家族にも気を配るようになり、チーム全体で助け合えるようになったことはもの作りにプラスになっている。“強固なチームワーク”というものを理解し、体で習得することができたことは貴重な経験。チームが一体となる感覚は、日本と欧州の差、言葉の壁、文化の違いを超えたもので、今後も仕事を進める上で大きな助けになるに違いない。

――デザイナーの仕事内容に日本とヨーロッパで違いはあるか?

若代:私が日本のワコールでデザイナーをしていたころは、新機能開発を熱心に行った。シーズンごとに新機能を打ち出したキャンペーン商品を提案していたので、新開発素材の情報収集やワコール人間科学研究所(以下、人科研)との開発ミーティング、キャンペーンプロジェクトの運営と、とにかく新商品の開発に全力を注いでいた。一方、ワコール ヨーロッパでは継続品の新色開発が約7割、新商品の開発が約3割という仕事配分だ。これは、欧州内の多くの国へ広く円滑に販売していく方法と、日本という一つの国で新商品を浸透させていく販売方法の違いだと思う。欧州ではそれぞれの国に主力ブランドがあり、その中で各ブランドの特性を表現する必要がある。優れたフィッティングと継続品の実績がブランドの信頼につながるため、商品の約7割が継続品だ。

――欧州は広くて体型も好みも異なる。その中で同じ商品を売る難しさは?

若代:各国のデザインやフィッティングの好みを理解しつつ、より多くの消費者の期待に応え、「ワコール」らしさを表現すること。それが欧州で「ワコール」の存在感を示すことであり、私の仕事。18年秋冬から継続している“レース パーフェクション”と、19年に発売した“ラフィネ”は、この欧州戦略の成功例だ。

“3D スマート&トライ”を欧州へ

――欧州で日本生まれのワコールが存在感を示すために必要なこととは?

若代:「ワコール」のアイデンティティーを商品で表現すること。“日本文化と欧州文化の融合”を具現化できるのは、欧州の中でも日本生まれの「ワコール」だけ。また、“人間科学とファッションの融合”という弊社の強みは、イノベーションを求める欧州市場から期待されており、仕事をする上でも一番面白いところだ。その期待に応えることで、「ワコール」の存在感を増すことができると確信している。

――それを実現するために、どのような商品開発をしている?

若代:ブランドを象徴するコレクションが、21年秋冬シーズンに3つある。一つが、パリのノートルダム寺院をイメージしてデザインした“ルミエール ドルチェ”。19年の同寺院の火災のニュースを見て動揺したが、復興を願う気持ちはパリや欧州の人々と同じで、その思いを表現した。ほかのコレクションに比べて価格が高く、コロナ禍では厳しいかと思ったが、フランスの小売店からの支持が高く多く受注を受けた。もう一つが、日本の美しさと欧州の感覚を融合したコレクション“桜”だ。日本のレースメーカーと開発し、桜とその澄んだ空気のイメージを、欧州の女性が好む、パッドなしのバルコニーブラなどで表現した。次に「ワコール」が得意とするイノベーション技術を発揮した “グロワール”だ。これは日本でも使用されている日本製のナノファイバーを生地に編み込み、ブラジャーのバックベルトとショーツのヒップ部分に使用することで、脇やヒップ下を適度に抑えてボディーラインを整える。日本のクラフツマンシップが光る商品を提案できたと思う。

――今後の目標と、それを達成するための課題は?

若代:この連載の第1回目に登場した篠塚と人科研のメンバーとともに“3D スマート&トライ”を欧州で展開する準備を進めている。このプロジェクトを達成するにはさまざまな課題があるが、解決の糸口は強固なチームワークによるアイデアの抽出にあると感じている。欧州の消費者に「ワコールの」“人間科学とファッションの融合”と、“デジタルが結ぶ新しい下着体験”を楽しんでもらいたい。

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