ファッション

日本発 “世界最強グローバルEC”を率いる起業家・原田真帆人の挑戦

 「リングブル(LINGBLE)」という日本人起業家が立ち上げたグローバルECプラットフォームをご存知だろうか。14カ国語以上の多言語と世界の100以上の決済手段に対応し、しかも開発費や固定費は無料。カスタマーセントリック(顧客中心主義)の設計になっており、多くの地域でチャット接客が可能になっている(しかもチャットは35秒ほどで立ち上がる)。グローバルECサイトとしては、世界最強の高級ブランドECの「ファーフェッチ(FARFETCH)」すら上回る完成度の高さだ。

 リングブルの経営陣にはそうそうたる顔ぶれが並ぶ。最高執行責任者(COO)はニューヨーク大出身で世界的な法律事務所で企業弁護士を務めたアレハンドロ・バルガス(Alejandro Vargas)、最高技術責任者(CTO)はレーンクロフォード(LANE CROWFORD)でCTOを務めた香港出身のウィルソン・ラム(Wilson Lam)と、いずれも歴戦のプロフェッショナルで、極めつけは非常勤取締役で技術顧問のデイヴィッド・リンゼイ(David Lindsay)だ。リンゼイ氏は、欧州のラグジュアリーEC「ネッタポルテ(NET-A-PORTER)」の創業メンバーの1人で、同社のCTOを務めた後にファーフェッチに移って技術部門のトップを務め、直近ではLVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON)のEC技術責任者だった人物だ。リングブルはシンガポールに本社を置き、従業員は中国や香港、マレーシアなど15カ国・地域で50人が働く。

 にもかかわらず「リングブル」は、今はまだ世界でも日本でも知る人ぞ知る存在だ。「マウジー(MOUSSY)」「タトラス(TATRAS)」などの日本の有力ブランドに加え、欧州のラグジュアリーブランドも利用しているが、現時点では契約している企業数は決して多くない。謎多き次世代のグローバルECプラットフォーム「リングブル」とは?創業者でCEOを務める原田真帆人とは何者なのか。原田CEO本人に直撃した。

 39歳の原田CEOが、海外で豊富な経験を積んだ歴戦のビジネスパーソンであることは間違いない。高校卒業後に渡米し、米国のミネソタ大学で経営学を学んだ後、地元三重県の有力企業である自動車部品専門商社の扇港産業に入社し、アムステルダムや深センなどで海外駐在員を務めた。退社後はフルブライト奨学金を得てスイスの名門ビジネススクールIMD(国際経営開発研究所)でMBA(経営学修士)を取得後、クックパッドに入社し、新規事業部門の責任者を務めたのち2014年に退職。その後は、日本製のデニムを海外に販売するECサイト「デニミオ(DENIMIO)」の運営を本格的に始めた。自力で海外70カ国以上に販売するグローバルECプラットフォーム「リングブル」を構築し、19年に「リングブル」だけをスピンアウトさせ、シンガポールでリングブル社を設立した。「日本製のデニムを売ろうとしたら、世界中で100人の中の3人を掘り当てる必要があった」と振り返る。「あるラグジュアリーブランドのトップに日本製のデニムと『ザラ』のデニムを見せて、どっちが300ユーロのデニムか、クイズをしたことがあった。彼は『一方はストレッチがきいていて手触りもなめらか。もう一方ははいたら血が出るほどゴワゴワしている。こっちに決まってるよ』とザラのデニムを手にとった。僕は笑いながら、『正解はこのゴワゴワしている方です。これを求めて僕の横浜のお店には世界中からお客が来るんだ』と言ったら、『信じられないよ』って驚いていた。でも、それがメード・イン・ジャパンのデニム。誰もが認めるものではなくて、コアなファンがとにかく好き。『リングブル』は、そうした世界のマニアを掘り起こし、彼ら/彼女らに売ることを追求した結果、完成したものなんだ」という。

 あるジーンズ好きのマレーシア人がクアラルンプールの自宅で日本製のデニムブランドの名前をグーグルに打ち込んだとしよう。そうすると、かなりの確率で「デニミオ」のECサイトにアクセスするはずだ。マレーシア語で書かれたやたらと詳しい日本デニムの記事を30秒ほど読んでいると、「なにをお探しですか?」というマレーシア語のチャットウィンドーが立ち上がる。このチャットには、本当に聞きたいことが聞ける。なぜなら自動応答のボットではなく、デニムに詳しい人間のオペレーターが待ち構えているからだ。

 信じ難いことに、「リングブル」はこうした仕組みを世界規模で実装している。クラウド化され、多言語対応するECプラットフォーム、100以上の決済手段(国や地域によっては現金や銀行送金が主流だったりする)、物流、返品・返金、トラッキング、通関、多言語でのカスタマーサポートまで、グローバルECに必要なことはすべてそろっている。「そろっているというか、泥水をすすりながらそろえていったというのが正しい表現だ(笑)」。

 経営陣や社員が多国籍化していったのも自然なことだったという。「日本でも、中国でも、インドネシアでも、マレーシアでも、売ろうと思ったらどこでもやるべきことは変わらない。サイトが現地の言葉で表示され、チャットを含めてスムーズにコミュニケーションが取れ、現地で当たり前の決済手段が使えて、できるだけ早く問題なく手元に商品が届く。その上、返金や返品の対応がスムーズ。それを実現するために、あらゆるコネクションを使って人材を集めていったら、自然と社員は15カ国に広がった。だから業務は完全なフルリモートで、リアルなオフィスは持たず、オフィスはある意味でオンラインのプロジェクト管理ツール『ベースキャンプ(Basecamp)』にある。シンガポールに本社を登記したのは、日本の会社法だと外国籍の人にストックオプションが使えなかったから」。日本の約40のデニムブランドを集めた「デニミオ」のECサイトは数年前に月商5000万円を達成し、そのうち海外売り上げが9割を占め、出荷先は70カ国以上に達している。

 しかしそれなら、なぜこうした苦労を重ねて開発した「リングブル」が、初期費用や月額固定費が無料なのか。原田はクックパッド出身者らしく、ビジネスを料理に例える。「僕らは自分たちをITの開発会社とは考えていない。あくまでもグローバルビジネスの進出をサポートするパートナーだと考えている。いわゆるこれまでのECビジネスやITベンダーは、おいしい料理を出すのが目的と言いながら、高性能な冷蔵庫や使い勝手のいい調理場、よく切れる包丁などを買わせて、あとは知らないという感じだった。でも料理するには当たり前だけど料理の腕を磨く必要があるし、新メニューだって考えないと。その意味では、『リングブル』は調理師学校。3年間でグローバルECに二人三脚で取り組み、美味しい料理を出すためのすべてを提供する。パートナーだからリスクも折半。売れない場合はわれわれも収入が得られない――そういう仕組みにした」。「リングブル」の契約者数が少ないのも単なるクラウド型のシステムではなく、グローバルECをブーストさせるためのサポート体制をセットで提供するためなのだ。

 リングブルは今後、何を目指すのか。「資金調達をしたのは、グローバル企業がクライアントに加わって、その対応が必要だったから。新たなラウンド(シリーズB)にも今は動いている」という。原田CEOには忘れられない光景がある。海外から来たラグジュアリーブランドのトップを、デニム産地の岡山や徳島に案内したときのことだ。「現地のデニム企業の社長は、そのトップエグゼクティブを当たり前のように自分の運転で、自分の行きつけの居酒屋に案内した。極めつけは『ワシらは自分たちのデニムを染めた排水を浄化して、その水を田んぼに使い、その米を食べてるんだ』という説明。サステナビリティの究極にわかりやすい説明をいとも自然に話した。ラグジュアリーのトップもその言葉に衝撃を受け、ラグジュアリーブランドと日本のデニムのビジネスが始まった。日本の産地には、計り知れないポテンシャルがある。その可能性をとことん広げたい」。

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