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動画追加:「ザ・リラクス」が東コレ中止でショー動画を急きょ制作 妥協なき9分間にかけた裏側

 「ザ・リラクス(THE RERACS)」は、2020-21年秋冬コレクションの無観客ショーを東京・恵比寿のエビスガーデンホールで3月18日に行った。当初は「楽天 ファッション ウィーク東京(Rakuten Fashion Week TOKYO以下、RFWT)」の公式スケジュールに参加する予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて「RFWT」の中止が決定し、無観客ショーの動画撮影に切り替えた。ライブ配信は行わず、ショー動画をベストな状態で公開することに徹底的にこだわり、設営から撤収までは約12時間という大掛かりな撮影となった。完成した約9分間の動画は、展示会開催に合わせて24日から「RWFT」公式サイトなどで公開している。無観客ショーという特異な現場の取材を通じて、同ブランドの“優しさ”と“強さ”がより鮮明に浮かび上がった。

14:00 
そろえたモデルはなんと31人

 取材チームが会場入りしたのは、モデルのヘアメイク真っ最中の14時。無観客ショーながら、31人という大人数のモデルにまずは驚かされた。外国人モデルが東京でショーに出演する場合の平均的な出演料は、一般的に男性モデルで10万円前後、女性モデルが15万円前後といわれているため、31人のモデルを起用したあたりからもブランドの覚悟が感じられる。各モデルが2コーディネートを着用し、60ルック以上を発表するという。スケジュールを見ると、ショーの撮影は1コーディネート目、2コーディネート目、最後にフィナーレの3回に分けて撮影する段取りのようだ。控え室のモデルたちは談笑したり、ノートに絵を描いたり、ケータリングの軽食を口にしながらスマートフォンを触ったりと和やかだが、壁を挟んだ向こう側のホールでは設営スタッフが照明の微調整や演出の確認などで走り回っている。モデルがターンする位置を演出担当者が入念に確認したり、若手は白い床のランウエイを必死に磨き続けたりと、無観客といえどこれも30人を超える現場スタッフ一人一人の目は真剣そのもの。たとえば一発勝負のファッションショーで想定外の事態が起こっても、時にはそれがプラスに作用して観客の記憶に刻まれることもあるだろう。しかし無観客ショーという“映像作品”となると、イレギュラーはただの失敗になる可能性が高く、撮り直しが発生すると全体の負担になってしまう。スタッフの緊張感はいつも以上だったかもしれない。倉橋直実デザイナーは和やかな雰囲気の控え室と緊迫感のある現場を行き来しながら、全体を冷静に見守っていた。

17:00 
まずは“後半”の撮影開始

 リハーサルを終え、予定時刻よりもやや遅れ気味に撮影が開始された。1コーディネート目は、グレーやカーキ、ホワイトといったニュートラルカラーのワントーンが中心。フィッティングの関係上、ショーの動画では後半にあたるパートからの撮影となる。アウターの肩が落ちた丸みのあるフォームや遠目でもわかる上質な素材感が同ブランドの“優しい”一面を描く。実際に手に取ると、ウールの繊細な毛羽立ちやコットンの心地よい張り感などは触るエンターテインメントといっても大げさではなく、バリエーション豊富なマテリアルに次から次へと触れたくなる。しかしそれと同時に、上質な素材感を武器の一つにするブランドが、パソコンやスマートフォンの画面上でその強みを伝えられるのだろうかとも考えていた。

18:00 
“前半”は圧巻のブラック一色

 1コーディネート目の撮影は、正面と横からの計2回行われた。ムービーカメラは1台のみのため、正面から横の位置へとセッティングし直すだけで約10分を要した。その後モデルはショーの前半にあたる2コーディネート目に着替えて、再び正面と横からの撮影を繰り返す。着替え終わって登場したモデルたちは先ほどの雰囲気からは一転し、ブラック一色の“強さ”を備えたスタイルばかり。レザーやはっ水性に優れたボンディング素材など、身を守る機能を有するユーティリティーウエアが一段とそのムードを盛り上げる。2コーディネートの撮影を終えた時点でモデルたちはランウエイを4回歩いたことになるが、ダンスしながら帰ってきたり、ヘン顔をつくって取材者を笑わせにきたりするモデルもいたりと、和やかな雰囲気だったのは無観客ショーならではだろう。

19:00 
フィナーレは意外な演出

 残すはフィナーレのみとなり、長時間の撮影もいよいよ大詰め。フィナーレはモノトーンのモッズコートを羽織ったモデルが一斉に登場し、ユーティリティーウエアにこだわったシーズンの色をあらためて強く主張する。このパターンでも異なる角度からの撮影が3回行われたため、31人のモデルはランウエイを合計7回歩き、30人以上のスタッフも7パターンの撮影を行ったことになる。20時を過ぎたころにはさすがにスタッフやモデルの表情にも疲れが少し出ていたが、最後の撮影が終わると拍手と歓声が湧き起こった。しかし多くの人たちが安堵する中、倉橋デザイナーの表情はゆるむことはなかった。ブランドにとってはここからが勝負だからだ。

「ライブ配信よりも長く残る映像作品にこだわる方が私たちらしい」

 「RFWT」の中止によって会場構成や演出など全てに変更を余儀なくされ、悔しさもきっとあったはずである。しかしすぐに前を向き「動画だからこそできる表現を考えた」と倉橋デザイナー。「リアルタイムで見られるライブ配信も視聴者はドキドキ感があっていいかもしれない。でもその10分間のためにできることが制限されるよりは、たとえ時間がかかってもやりたいことを全て詰め込み、長く残る作品を作る方が『ザ・リラクス』らしいから」と続ける。そして動画前半のブラック一色は「原点回帰」で、後半のニュートラルカラーは「時代感の表現」と語る。「今の市場は落ち着いた色合いのルーズなシルエットが主流。トレンドは意識しつつも、私たちが得意とするブラックに立ち返って強さも表現したかった」。さらに“優しさ”と“強さ”はシルエットでも表現されている。「ショーでの発表を続けていると、前シーズンと変えなればという意識に捉われがちだ。でも私たちはそこに左右されず、袖を通してくれる人たちのために実用性のある服を提供し続けていきたい。全体的に迫力が出る量感を意識しながら、ジャストサイズに感じられるきれいなシルエットを目指した」。記者が取材しながら感じていた、上質な素材感を画面上でどう伝えるかという点については、映画やCM撮影も可能な高性能のムービーカメラを用意し、「ブランドの写真を8年間撮り続けてくれている理解者にも動画チームに加わってもらった」という徹底ぶりだ。

 ブランドの代名詞であるモッズコートを着用したモデルが一斉に登場する迫力あるフィナーレの演出も、産地に対する思いを表現したものだった。「フィナーレのモッズコートは、フードやカフスなどのパーツを好きな色で組み合わせられるシステムを使ったもの。このシステムを開発したきっかけは、縫製工場など川上の多くが人手不足で苦しんでおり、疲弊している姿を見たから。今後は量を売るビジネスは成立しないし、少数生産でもブランドと生産者に利益が出る持続可能なシステムを開発したかった」。オーダーメードの開始時期や方法は検討中とのことだが、このように9分間の動画には「ザ・リラクス」のさまざまな感情が込められている。

 同ブランドは華美な装飾を削ぎ落としたデザインを得意とし、倉橋デザイナーも常に冷静なタイプだ。ミニマルな世界観だからこそ、ブランドとデザイナーの根底にある関係者を思う“優しさ”と物作りに対しての意思をストイックに貫く“強さ”がコレクションを通じてにじみ出ているのだろう。ショーを続ける理由について、「ビジネス的な効果はもちろん、たくさんのモデルや制作チームと新しい挑戦を続けることがブランドの力になる」と語るように、ピンチをチャンスに変えた今回の動画制作は、ブランドの新たなターニングポイントとなるはずである。彼らの思いが動画を通じて受け手にどれぐらい伝わるかは、正直まだわからない。でもたとえ画面越しであっても、作り手の感情を届けられるのがクリエイションの力なのだとあらためて勇気をもらった。多くの人の思いを力に変えて、設立10年目を迎えた「ザ・リラクス」はまだまだ進化する。