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地球最強ファイバーをめぐる昆虫バトル勃発

 “地球最強のファイバー”の称号をめぐる、虫たちの熱いバトルが勃発している。これまで自然界最強ファイバーの名をほしいままにしてきたクモの糸に、繊維商社が祖業で「キューピーコーワゴールド」で知られる興和と農林水産省管轄の研究機関、農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)が「ミノムシの糸が、タフネスなどのあらゆる面でクモの糸を上回っていることを発見した」と待ったをかけたのだ。美しい絹糸を吐き出すカイコ(蚕)を筆頭に、虫の糸は人類の歴史を彩ってきたが、現代では石油を原料とする化学繊維の登場でその存在はほぼ無視されるほど小さくなっていた。なぜ今、虫なのか。そして自然界最強ファイバーの称号を得るのは何か。この虫バトルには、改造人間「仮面ライダー」のごとき最新の遺伝子工学を駆使した人工合成クモの糸も参戦。サステイナビリティーなどの現代社会の新しい潮流も絡み合いながら、人類の歴史に新たな物語を紡ごうとしている。(この記事はWWDジャパン2019年7月22日号からの抜粋です)

興和と農研機構は昨年12月、これまで困難とされていた一本の長い糸をミノムシから採取する基本技術を確立し、特許を出願したと発表した。興和の広報担当者によると「ミノムシの糸はこれまで自然界で最強の繊維といわれてきたクモの糸を、弾性率、強度、タフネスの全てにおいて上回った」という。重さあたりのタフネスが鋼鉄の340倍にも達するクモ糸が自然界の最強ファイバーである、というのは多くの研究者たちの間で長らく定説だった。興和と農研機構はミノムシから糸を採取する技術と共に、人工繁殖による大量飼育法も確立。両者は衣服や工業用途での実用化に向けた研究もスタートしている。

一方、これまで虫系ファイバーのクイーンとして、圧倒的な存在感で君臨してきたのがカイコだ。家畜として4000年以上の歴史を持つカイコから採取するシルクは、世界の衣服の歴史だけでなく、人類史の中でもまばゆいほどの輝きを放ってきた。明治維新後、日本の工業化を象徴したシルク産業は、ピーク時には日本に221万戸の養蚕(ようさん)農家が支え、シルク糸を世界中に輸出することで外貨を獲得した。その資金は重化学工業や鉄鋼業、造船業などに投じられ、日本の近代化を支えた。だがその後レーヨンやポリエステルなどの化学繊維が登場し、取って代わるとシルク生産は激減。養蚕農家も減少の一途をたどり、いつしかその輝きも失われていった。

そんなカイコが再び注目を集めるきっかけになったのは、熊本県の求人広告会社あつまるホールディングスが約23億円を投じ、熊本県山鹿市に建設したクリーンルームや人工飼料などを駆使した養蚕スマートファクトリーだ。17年4月の、日本最大の繭(まゆ)の産出量を誇る栃木県と同等の生産能力を持つ山鹿工場の竣工後は文部科学省も“新たな蚕(さん)業革命”として積極的にバックアップ。官民一体になって、衣料だけでなく最先端の再生医療分野も含めたプロジェクトをスタートしている。

 こうした虫系ファイバーに、禍々しいまでの光をたたえながら突如登場したのが、慶應義塾大学発のスタートアップ企業スパイバーが開発した人工クモ糸「クモノス」だ。「クモノス」はクモの糸を遺伝子レベルで解析し、人工的に合成したタンパク質を原料に、クモの糸のさらにその数倍の強靭さを持つ。2015年に「クモノス」を使ったウエアをゴールドウインと「ザ・ノース・フェイス」から発表。昨年末に同社は今度はカシミヤを超える新素材も発表している。

 「クモノス」は厳密に言えばクモの糸ではなく、いわばクモの糸の遺伝子を持つプラスチックであり、人間に例えればクモの遺伝子が注入されたスパイダーマンや改造人間仮面ライダーに近い。この人工合成タンパク質素材は、1953年に工業化され、現在では世界の全繊維生産のうち約6割を占めるまでになったポリエステル以来の大発明ともいわれている。この人工合成タンパク質の研究は日本だけでなく米国でも盛んで、シリコンバレー発のスタートアップ企業ボルトスレッズも商業生産の前に有力ベンチャーキャピタルなどから200億円以上の資金を獲得。「ステラ マッカートニー」とコラボレーションするなど、世界的に注目を集めている。

 虫ファイバーが再び脚光を浴びているのは、地球環境に優しいバイオマテリアルであるという点が大きい。地球上に最も豊富に存在する物質の一つであるタンパク質を使用し、さらに生産のためのエネルギーも低いため、究極のサステイナブル素材なのだ。スパイバーの関山和秀取締役兼代表執行役は「スパイバーを創業したのは、本気で地球の資源問題を解決したいと思ったから。地球環境に優しいと思われているウールも羊の飼育工程などを含めると大量の二酸化炭素を排出しているという研究結果もある。枯渇資源である石油を使い、大量生産、大量消費に依存した現在の社会構造を続けていては世界がいずれ破綻する。タンパク質を使いこなすことは、新しい循環型社会のための大きな一歩だ」と指摘する。

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