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UA名物バイヤーが独立 小売りの垣根を越えて伝える“ファッション愛”

 ユナイテッドアローズ(以下、UA)のウィメンズ統括バイヤーとして活躍した中島英恵さんが2月、22年間勤めた同社を退社した。3月にはファッションコンサルタント、ディレクターの仕事を始動し、5月26日付で自身の個人事務所「アヴェック アッシュ(AVEC H)」を設立。阪急うめだ本店モードゾーンのファッションアドバイザーに就任するなど、これまでのキャリアを生かし新たな領域にも挑んでいる。そんな彼女にこれまでの経歴と今後の展望について聞いた。

WWDジャパン(以下WWD):UAに入社したきっかけは?

中島英恵ファッションコンサルタント、ディレクター(以下、中島):昔からファッションが大好きです。ミーハーなので、いろいろなスタイルをミックスして合わせていました。そこで、当時セレクトショップの先駆けだったユナイテッドアローズに新卒採用で入社しました。その頃、「メゾン マルタン マルジェラ(現メゾン マルジェラ)」が日本でショーを行うことになって、原宿本店が会場に選ばれたんです。私は下町生まれで小さい頃から和太鼓のレッスンに通っていたもので、履歴書の特技の欄にたまたま“和太鼓”と書いていたら、それが栗野(宏文・上級顧問)さんの目に止まり、ショーの和太鼓の演奏に参加させてもらうことに!そのショーでは、ファッションのエネルギーやパワーの大きさに圧倒されました。内定時のかけがえのない思い出です。

WWD:入社後のキャリアパスは?

中島:最初に配属されたのは二子玉川店でした。メンズとウィメンズが一緒の売り場でしたので、カジュアルからスーツまで幅広く接客のノウハウを学ぶことができました。その後、有楽町西武店へ。二子玉川店が顧客向けのアットホームな雰囲気だったのに対して、有楽町店は原宿店に次ぐ品そろえを網羅した大型店舗。数字(売り上げ)の作り方やVMD、インポート商品の知識もここで学びましたね。売り上げが良い店舗でしたので、商材が足りない時は店舗別注の限定オリジナル商品の開発にも携わりました。同店の店長まで務め、商品部に異動しました。オリジナルレーベルのバイヤーとディレクターを経験した後、デザイナーズブランドのバイヤーに。ドメスティックからインポートまで、扱う商材も幅広く手掛け、チーフバイヤーとして8年間チームを統括しました。トータルで商品部には14年間在籍し、UA内でも珍しいキャリアだったと思います。

WWD:転機はいつ?

中島:バイヤーの仕事がとにかく楽しくて「一生続けたい!」と本気で思っていました。でも、20代、30代と頑張ってきて、今後のビジョンを描いた時に、「このままでいいのか?」と思う自分もいて。また、プライベートでも両親の死など転機があったので、ますます今後の人生について考えることが増えたんです。命が限られているからこそ、充実した日々を送りたい!とより強く思うようになりました。ファッションの現場で、デザイナーや関わる人たちの思いを汲める仕事を続けたい。自分のこれまでの経験を生かしながら、もっと視野を広げて前進したいと思ったんです。今の40代前半という年齢が、次のステップに踏み出すラストチャンスかもしれないとも思いました。そこで、2月15日付でUAを退社しました。

WWD:しばらく休もうとは思わなかった?

中島:全然思いませんでした(笑)。ファッションは仕事でもありますが、私にとってはオン・オフ関係なく日常生活の一部なんです。有給休暇消化期間中も、展示会をあちこち回っていました。また、UAのスタッフやお取引先の方々が何回も送別会を開いてくれて、本当に温かい会社だと実感しましたね。UAで脈々と培ったファッション愛を、外へつなげていきたいなと改めて感じました。