ファッション

プロダクトのその先へ アシックスが“体験”で示したブランドの哲学(後編)

先日、アシックス(ASICS)が海外メディアを中心に招いた数日間のプレスツアーを開催し、「WWDJAPAN」もこれに参加。兵庫・神戸のアシックススポーツ工学研究所(ISS)を巡った初日に続き、2日目は京都、3日目は東京へ。研究開発の現場から日本の伝統文化、そしてプロダクトとグローバル戦略までを横断した今回のツアーは、アシックスが掲げる“人間中心”の思想を体験として可視化する一面も。今回は、その後編をリポートする。

京都・宇治の文化を辿り、“くみひも”の現場へ

一行は兵庫・神戸から京都へと移動し、海外メディアが多いこともあり、ワークショップを兼ねた観光プログラムに参加した。宇治川沿いに店を構える「京料理 辰巳屋」で郷土料理を楽しみ、10円玉でおなじみの世界遺産・平等院を訪れたのち、宇治茶問屋「堀井七茗園」で工場見学と茶道体験を行い、歴史と文化を身体感覚で理解する時間に。

その後、ワークショップのため向かったのが「昇苑くみひも」だ。ここでは、映画「君の名は。」で広く知られるようになった“くみひも”を製造から卸、販売まで手掛け、機械で組む“機械組”と、伝統技法を継承する“手組”の二本柱でものづくりを行っている。まず案内されたのは、工場内で稼働する“機械組”の工程。約70年前から動き続けているという製紐機(せいちゅうき)が、寸分の狂いもない一定のリズムで紐を組み上げていく様子は圧巻で、量産における合理性と、長年にわたり受け継がれてきた技術の蓄積を同時に感じさせた。一方“手組”の工程では、熟練の職人たちが繊細な手捌きで紐を組むことで、“機械組”と比べて太さやデザイン表現の自由度が高く、それぞれのメリットがあるという。

“機械組”と“手組”の違いを間近で体感した後、スニーカーに取り付け可能なブローチ型の“くみひも”を作るワークショップが開催。色や柄の異なる紐を2本選び、思い思いに組み上げていく工程には、参加者それぞれの個性が表れる。つくり手の視点に立つことで、先ほど目にした技術の奥行きへの解像度が自然と高まる内容となった。

“つくる”ことで理解するスニーカーの本質

翌日、プレスプレビューは東京へ。原宿某所で行われたセッションの冒頭を飾ったのは、前日のプレゼンテーションにも登壇していた“ゲルカヤノ(GEL-KAYANO)”の生みの親・榧野俊一氏によるワークショップだ。内容は、ミニチュアサイズのスニーカーを制作するというもの。榧野氏がスニーカーの構造を解説しながら、参加者は実際の工程に沿う形でミニチュア版を組み立てることで、各パーツがどのような役割を担い、どの工程で組み上げられていくのかを体験的に学ぶことができる仕組みだ。前日にISSで見た研究や検証のプロセスと頭の中でつながり、数値や理論だけではなく、「なぜこの形でなければならないのか」を自分の手で確かめることで、「アシックス」が積み重ねてきた設計思想への理解がより立体的なものに。

“ゲル キュムラス 16”の復刻の舞台裏

続いては、2014年に誕生したランニングシューズで、今年ライフスタイルシューズとして復刻を果たした“ゲル キュムラス 16 TG(GEL-CUMULUS 16 TG)”についてのトークセッションがスタート。登壇したのは、「アシックス スポーツスタイル(ASICS SPORTSTYLE)」で開発担当を務める山室典子と、デザイナーの浜名徳子だ。

「昨今の『アシックス』は、2000年代のランニングシューズらしい懐かしさと未来感のあるシルエットを提案し続けてきたことで、スニーカーブームの波に乗ることができた。さらに、今はジェンダーレスのアプローチはとても重要なところだと考えており、“ゲル キュムラス 16 TG”は女性顧客視点を意識しながらレトロフューチャーな雰囲気も強めて復刻した1足。とはいえ、ジェンダーを問わず幅広い方のスタイルに取り入れていただきたい。“キュムラス”のモデル名は、日本語で“雲”という意味を持つラテン語で、雲間から光が差すような情緒を内包する点が特徴。今回の復刻では、オリジナルモデルを忠実に再現しているが、シーズンを重ねるごとに素材やカラーをアップデートしていくことで、さまざまな表情を見せることができるポテンシャルのあるデザインに仕上げた」(浜名)

「もともとはランニングシューズとして誕生したが、ライフスタイルモデルとしての復刻に際し、適した素材や形状の見直しなど機能面のアップデートを行なった。例えば、当時は技術的な問題から圧着とステッチを併用していた接合を圧着中心に変更したり、片側のみだったヴァンプ補強を両側に施すことで歩行時の安定性を向上させている。さらにサステナビリティの観点から、多くのパーツにリサイクル素材を用いている点も大きな変更点のひとつ」(山室)

協業がもたらした“正当な評価”と拡張

次に登壇したのは、キコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)とのパートナーシップなどを手掛けるグローバルコラボレーション部門ヘッドのライアン・クア(Ryan Cua)だ。2018年に始動したキコとの競業は、世界的に大きな話題を生み「アシックス」に新たなイメージをもたらしたが、これについてクアは「互いのブランドに対するリスペクト」で始まった関係性として説明し、「立ち上がり当初から印象的だったのは、イノベーションとクオリティー、クラフツマンシップ、そして『アシックス』の企業理念である“健全な身体に健全な精神があれかし(Sound Mind, Sound Body)”にいたるまで強いシナジーでつながっていたこと」と語る。「キコは他のコラボレーターと共に『アシックス』をファッションの文脈において押し上げ、その存在を正当に評価されるものにしてくれた。彼は、常に『アシックス』が誇る豊富なアーカイブを活用しながら、新しい表現を生み出そうとしている素晴らしいコラボレーターだ」。

また、コラボを通してファッションやカルチャーに関心を持つ新たな層とのつながりを形成していることについては、「世界各国にそれぞれの地域を特徴づけるサブカルチャーへの理解が深い優秀なチームがいるおかげで、『アシックス』のコアな既存顧客との関係性を大切にしつつ、新規層に対する視野を広げることができている。だが、何よりも重要なのはブランドとしての軸を見失わないこと。この姿勢を保ったまま、新しいクリエイターや意外性のあるパートナーと協業することで、大きな成長につながっているのだろう」と説明してくれた。

ゲイリー・ラウチャーが語る成長戦略と“Sound Earth”

続いて、「アシックス」のグローバルマーケティング責任者であるゲイリー・ラウチャー(Gary Raucher)へのインタビューでは、近年の成長の手応えと市場戦略、デジタル、そしてサステナビリティの考え方が語られた。

2010年代初頭から「アシックス」は世界的に業績を伸ばしているが、特にヨーロッパと米国、カナダの成長が著しいほか、インドや東南アジアといった新興国での売上も好調だという。この背景には、全ての市場を“ブランド認知が高い市場”と“認知が相対的に低い市場”に大きく分け、それぞれの国と地域で打ち手を細かに変えている点が強みだと話す。

デジタル戦略では、他スポーツブランドの後塵を拝しているイメージだったが、ロイヤリティプログラムやランナー向けアプリ「ランキーパー(Runkeeper)」を通じたコミュニティー形成を推進。さらにサステナビリティについては、企業として最優先すべきテーマのひとつだとし、「過去には着色されたシューズボックスを使用していたが、それではリサイクルに不向きなので、現在はできる限り非着色のシューズボックスを使用し、将来的には使用廃止も検討している。また、社員には公共交通機関での出社を推奨したりと、“健全な身体に健全な精神があれかし(Sound Mind, Sound Body)”以上に、“健全な地球(Sound Earth)”だ」と語ってくれた。

“体験”が示した「アシックス」の現在地

そして、数日間にわたるプレスツアーの締めくくりとして、屋形船での打ち上げが行われた。和食を囲みながら各国メディア同士が交流を深め、最後は船上でのカラオケ大会へ。公式プログラムを終えた後でも、国や言語を超えて自然体のコミュニケーションが生まれるひとときとなった。

ISSでの研究から京都の伝統工芸、東京でのプロダクト開発やグローバル戦略にいたるまで、その一貫した姿勢を体験として示してみせた今回のプレスツアー。「アシックス」は、単なる日本発スポーツブランドではなく、常に“人間”を起点に価値を編み上げ、思想と文化を伴って進化を続ける存在であることを、あらためて強く印象づけるものとなった。

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