今年2月、「トーガ(T0GA)」2025-26年秋冬コレクションのランウエイで披露された「アシックス」との初コラボスニーカー“ゲル キュムラス 16 TG(GEL-CUMULUS 16 TG)”。本作は、デザイナーの古田泰子が1997年にブランドを設立して以来、初のハイテクスニーカーとなったが、その背景には「アシックス」の“機能美”への信頼があった。
古田デザイナーは、中学時代に初めて出合った体育館シューズとしての「アシックス」を、時を経たパリで“ファッションとしても成立するスポーツブランド”として再認識した。そして、「トーガ」で靴をデザインする過程でハイテクソールの複雑さと向き合い、スポーツブランド由来の機能性をどのようにデザインへと昇華させるかを探求し、数年にもおよぶ試行錯誤の果てに生み出したのが“ゲル キュムラス 16 TG”だ。この装飾と実用の均衡が宿る1足について、短い時間ながら古田デザイナーに話を訊いた。
逆輸入的に変化した「アシックス」の認識
ーーまずは、コラボスニーカーについてをお伺いする前に、協業前の「アシックス」の印象から伺えればと思います。
古田泰子:初めて「アシックス」と出合ったのは、中学生時代の体育館シューズですね。当時、バスケットボール部に所属しており初めて選んだのも「アシックス」のバスケットボールシューズだったので、とにかくスポーツブランドとしての印象が強かったです。ただ、15〜16年前に私たちがパリでショールームを開いていると、ヨーロッパチームが「『アシックス』ってカッコいいよね」と口にし、その時は正直驚きましたね。初めてのことだったので思わず、「え?体育館とかで履かれている『アシックス』だよね?」と返したら、「今、こっちではすごく人気だよ」と言われて。それから街に出て足元を見てみると、確かに多くの人たちが「アシックス」をファッションとして履きこなしていて、認識が変わりましたね。
ーー逆輸入の形でファッションイメージが形成されたんですね。
古田:そうですね。ファッションとも自然に結び付くスポーツスタイルのスニーカーだと思ったのは、海外がきっかけでした。国内の「トーガ」チームでも履くスタッフが増え、私は今年だと「アシックス スポーツスタイル(ASICS SPORTSTYLE)」と「オット 958(OTTO 958)」のコラボモデル“プロトブラスト-CMLVIII(PROTOBLAST-CMLVIII)”のグリーンカラーがお気に入りでしたね。
ーー「トーガ」は、以前からシューズライン“トーガ プルラ シュー(TOGA PULLA SHOE)”を展開していますが、スポーツスタイルのスニーカーはラインアップに無かったと記憶しています(注:「ヴァンズ」とのコラボを除く)。
古田:“トーガ プルラ シュー”は、2012年にロンドンのシューズディストリビューター「シックス(SIX)」と立ち上げたのですが、真剣に靴と向き合って初めてハイテクソールの難しさを知ったんです。たとえフラットなアナログソールはできたとしても、企業として開発に取り組んでいるスポーツブランドのハイテクソールには、機能面も技術的な信頼も敵わないと。そうした意識もあり、よく店頭でいろいろなブランドのスニーカーを見ていた中、コロナ禍前に「アシックス」の“ゲル NYC(GEL-NYC)”が欲しいと思って試着に行き、ほぼ同時期にコラボの話が持ち上がってきましたね。
実用性を鑑みながら両立させたデザイン性
ーーでは、コラボはどのようにスタートしたのでしょうか?
古田:5年ほど前に話が始まり、お互いのデザインチームが展示会を訪れるなど、理解を深める期間がありましたね。いくら好き同士でも、関係を築くには時間も必要ですから。本格的に手を動かし始めたのは、2年ほど前だったと思います。
ーー制作の過程で、やはりさまざまなモデルに足を通したのでしょうか?
古田:私個人の意見だけに偏らないように、チーム全員でいろいろなモデルを履きましたね。スニーカーというカテゴリーが、「トーガ」を好きでくださっている方々よりも大きいシェアのマーケットなので、趣味もスタイルも性別も異なる方々が履いた際、どのような印象になるかを繰り返し試行しました。
ーー今回のコラボモデルのベースは、“ゲル NYC”と同様のソールユニットを搭載している“ゲル キュムラス 16”ですが、これは「アシックス」からの提案だったのでしょうか?それとも、古田さんの希望でしたか?
古田:ベースに採用したいモデルをリサーチしましたが、「アシックス」は企業として打ち出したいモデルがありますし、当然ベースにできないモデルもありました。ただ、話を進めていく過程で「どのモデルと言わず、好きな形を提案していただければ、合体することもできます」と言っていただけたので、“ゲル キュムラス 16”と“ゲル NYC”を組み合わせる方向で進め、最終的に“ゲル キュムラス 16”がベースになりましたね。
ーーデザインやコンセプトは、どのように進めていったのでしょうか?
古田:初めての「アシックス」との取り組みだったので、それぞれが本当に融合した形でありながら、デザイン性も機能性も両立させたいと思っていました。なので、アシックスストライプスを「アシックス」の特徴であるシルバーカラーに配色し、私たちのアイコンであるメタルポンチョとウエスタンディテールのカットワークを落とし込むという考えからでしたね。
ーー二重のシューレースシステムも目を引きますが、初期段階から構想されていたのでしょうか?
古田:シューレースをダブルであしらった複雑なデザインだけれども、容易に着脱ができるアイデアは当初からありました。シューレース本来の機能を損なわずに何ができるか。実際にテーブルの上でパーツを乗っけるアナログの作業から始めて、それを「アシックス」が実際に形として具現化してくれましたね。
ーーこのシューレースシステムが、「トーガ」には新鮮なスポーティーなムードをもたらしていますよね。
古田:“重くない・固くない・キツくない”など、街中で履かれているスニーカーが当然のように必要とされている快適性や機能性は、スポーツブランドの最新の技術があるからこそ。なので“履くたびにダブルのシューレースを縛る”という行為よりも、機能的な要素を強く打ち出そうとした結果、「アシックス」からコードストッパー付きのシューレースを提案していただいたんです。

ーー3カラーが同時に展開されるのはコラボモデルとして珍しい試みでしたが、こちらも最初からアイデアにありましたか?
古田:1つは、メタルポンチョをあしらった“ありそうでなかった誰もが履けるカラー”を考えていました。これを考えていく中で、エスカレートしてバリエーションが増えてしまい、最初は2カラーの予定だったんですが、いつの間にか3カラーの展開のお許しが出ていましたね(笑)。
ーープロジェクトを振り返り、洋服のデザインとは異なるハードルに直面したことはありましたか?
古田:私の中で希望することは落とし込めたので“終わりよければすべてよし”ではあるのですが、振り返ってみると完成までに2年の歳月がかかり、最終的な形と色に行き着くまで数え切れないほどのプロトタイプを経ました。というのも、洋服はアートピースとしてデザイン性を優先することができますが、スニーカーは日常的に履かれるものですから、「アシックス」の耐久チェックなどの機能面をクリアする必要があり、求められることがより難しかったですね。
ーー今回のような“ファッション × スポーツ”の領域は、「トーガ」としては新しい取り組みだったかと思いますが、今後も同領域を手がけていくことは考えていますか?
古田:スポーツブランドの技術開発は、歩く動作をより快適にするなど、日常のストレスをクリーンにすることにもつながっています。すでに「アシックス」からは、スニーカーのような履き心地のビジネスシューズなどが展開されていますが、「トーガ」としてもローファーにハイテクソールを組み合わせてみたりしたいですね。
ーー最後に、古田さんのスポーツ習慣についてお伺いできればと思います。普段から体は動かされていますか?
古田泰子:何かしら始めると突き詰めるタイプで、少し前はランニングとヨガを、今はピラティスをやっています。ランニングしている頃、意外と膝と腰に負担がかかるとは聞いていたのですが、2年ほど走っていたある日、突然痛みが出てしまって。その時から自分に合ったシューズを選ばなきゃいけないと考えるようになりましたね。その後、友人に勧められて始めたピラティスは、もう4〜5年は続けています。女性先行のコマーシャル的なイメージがあるかもしれませんが、もともとはドイツ人男性のジョセフ・ピラティス(Joseph Pilates)が生み出した男性向けのエクササイズメソッドで、誕生経緯などを調べてもおもしろくて。
ーーやはり、習慣的に体を動かすことは重要だと感じますか?
古田:頭の整理が付くというか、朝の時間帯に体を動かすと1日のパフォーマンスが上がることは実感しています。だからこそ、気分が乗らない日や何も考えたくない日ほど、あえて体を動かすようにしていますね。