ビジネス

アシックス廣田会長、「オニツカ」の店舗スタッフになる

アシックスの廣田康人会長CEO(69)が「オニツカタイガー」表参道店で店舗研修を受けた。オープン前の店舗でスタッフの指導を受けながら、入荷された商品をストックルームに搬入したり、店頭の陳列を整理したり、オープン準備に汗をかく。売上高8000億円(25年度見通し)、時価総額2兆7286億円(11月7日時点)の大企業のトップが受ける研修とはどんなものなのか。

「えーと、メキシコのキッズは……」

11月7日朝、「オニツカタイガー」表参道店のストックルームに、黒いシューズボックスを抱えて置き場所を探す廣田会長の姿があった。店舗スタッフ用の黒いジャケットの制服を着て、慣れない納品作業を行う。メキシコとは「オニツカ」の代表的なモデル“メキシコ66”である。

表参道には「オニツカタイガー」「ニッポンメイド」「ジ・オニツカ」「オニツカタイガー キッズ」の4店舗が隣接しており、インバウンド(訪日客)を中心に連日たくさんの客でごった返す。そのため毎朝、大量の商品が補充される。この日の入荷はシューズだけで約2000足。これをモデル、色、サイズごとに決められた場所に正確に収めるのが日課だ。入荷品は売れた商品の補充が主なので、モデル、色、サイズがまとまっているわけではない。一点一点きちんと収納されていないと、客から求められた際、速やかに探せなくなる。

「精度が第一」。廣田会長はスタッフから言われた言葉を復唱しながら、真剣な表情でシューズボックスを棚に収めていく。

指示をする側から受ける側に

アシックスには、執行役員以上の幹部による年に一度の店舗研修制度がある。18年に導入され、コロナ禍の中断を経て、昨年再開した。廣田会長は「『踊る大捜査線』ではないけれど、『事件は現場で起きている』。本社で報告を受けるだけでは、店頭のことは分からない。だから、とにかくスタッフと一緒に体を動かす。(店頭業務を)理解はできなくても何かしら感じることはできる」と研修の意義を語る。

昨年は「アシックス」原宿店で店舗研修を受けた。ランニングシューズが飛ぶように売れる店舗だ。開店前に膨大な入荷品をスタッフがてきぱきと整理し、11時の開店時にはさわやかな笑顔で客を出迎える。開店してからもスタッフは、引っ切りなしに訪れる客の対応に追われる。客は国籍もニーズもばらばら。スタッフはそれに全力で対応する。在庫を持ってくるように言われた廣田会長は足早にストックルームまで行き、シューズボックスを届けたが「サイズが違います」と言われてもう一度取りに行った。試し履きを何足も繰り返して、購入には至らないケースもある。

「シューズ1足を売るのが、どれだけ大変なのか。僕らは店舗営業中に視察することはあるけれど、それだけだとやっぱり分からない。研修は短い時間だが、現場の手触りのようなものが感じられた」

ふだん本社オフィスで「DXが」「マーケティングが」「グローバルの販売目標が」など、大所高所で議論している経営層が身をもって「現場の手触りを感じる」体験をする。経営層こそ現場と目線を合わせなければいけない。

現場が好きな廣田会長は、これまでボランティア活動にも積極的に参加してきた。神戸マラソンでは過去4回、ボランティアとして働いた。廣田会長は60歳を過ぎてから出場した大阪マラソンで3時間53分の記録を持つ市民ランナーだが、大会を黒子として支える立場で経験すれば、新しい気づきが得られるという。今月16日開催の神戸マラソンでもゴール直後のランナーにタオルを配る予定だ。

関西・大阪万博のボランティアに個人で応募し、3日間の休暇取得と合わせて計5日間、会場案内や迷子センター、ベビーカー・車椅子の貸し出しなどの業務を行なった。「万博は開幕前に批判の声もあったけれど、実際の現場はどうなっているのか知りたかった」。ベビーカーの貸し出しでは、絶え間なくやってくる家族連れに組み立て方、畳み方、注意事項をやさしく伝える。ボランティアの同僚もベビーカーを借りる人も、目の前の男性がアシックスの会長だとは知らない。

「会社とは違って、マラソン大会でも万博でも僕は一介のボランティアとして指示を受ける側になる。どういう指示であれば、きちんと意図が伝わるのか、受ける側が気分よく仕事できるのか。学ぶべき点はとても多い」

見えない仕事が強いブランドを作る

「オニツカタイガー」表参道店での廣田会長の店舗研修は、場所を売り場に移して続けられた。オープンまでに商品陳列の隅々に目を配る。

ディスプレーするシューズの靴ひもをマニュアル通りきれいに整える。壁面の棚のたくさんのシューズが乱れなく並ぶようにする。ハンガーにかけられた服の間隔を均等にそろえる。服から飛び出た下げ札を内側に収める。シューズの形を美しく見せるための紙の詰め物(アンコ)も、崩れている場合は紙をたたみ直して入れる――。

オープンまでにやる仕事はけっこう多い。廣田会長は一つ一つ教わりながら手を動かす。

廣田会長が腰をかがめて布巾でガラス棚を磨いていると、店の外にはオープンを待つ行列が伸び始めていた。

オープン20分前、朝礼が始まった。4店舗のスタッフ30人ほどが集まる中、マネージャーが前日の販売実績や新作シューズの概要を説明する。「よろしくお願いします!」の唱和の後、スタッフたちは持ち場に散る。

11時にエントランスの扉が開けられ、外で行列していた約60人の客が入店する。約8割がインバウンドだ。廣田会長は一人一人の客に「いらっしゃいませ」と声をかけた。「午前中からこれだけ多くのお客さまが駆けつけて下さることに胸が熱くなった」。

午前中の研修を終えた廣田会長は「まさに『神は細部に宿る』だ」と、しみじみ語った。

「『オニツカ』のブランドは、商品力やマーケティングだけで成り立っているわけでない。シューズに詰めるアンコ一つとっても、こんなに丁寧にやるのかと驚いた。現場の一人一人の細かい仕事の積み重ねでブランドが作られていることがよく分かった」。

アシックスの業績は目下、絶好調だ。過去5年で連結売上高を2倍以上に伸ばし、2025年12月期には前期比18%増の8000億円を見込む。ランニングシューズの「アシックス」、ファッションスニーカーの「オニツカタイガー」「スポーツスタイル」の人気が世界中で加速しており、1兆円の大台も見えてきた。急成長中だからこそ、経営と現場が目線を合わすことの重要性は増す。

関連タグの最新記事

最新号紹介

WWDJAPAN Weekly

“カワイイ”エボリューション! 2026年春夏ウィメンズリアルトレンド特集

「クワイエット・ラグジュアリー」の静寂を破り、2026年春夏のウィメンズ市場に“カワイイ”が帰ってきました。しかし、大人がいま手に取るべきは、かつての「甘さ」をそのまま繰り返すことではありません。求めているのは、甘さに知性と物語を宿した、進化した“カワイイ”です。「WWDJAPAN」12月15日号は、「“カワイイ”エボリューション!」と題し、来る2026年春夏シーズンのウィメンズリアルトレンドを徹…

詳細/購入はこちら

CONNECT WITH US モーニングダイジェスト
最新の業界ニュースを毎朝解説

前日のダイジェスト、読むべき業界ニュースを記者が選定し、解説を添えて毎朝お届けします(月曜〜金曜の平日配信、祝日・年末年始を除く)。 記事のアクセスランキングや週刊誌「WWDJAPAN Weekly」最新号も確認できます。

ご登録いただくと弊社のプライバシーポリシーに同意したことになります。 This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.

メルマガ会員の登録が完了しました。