今季、「ハルノブムラタ(HARUNOBUMURATA)」が打ち出したのは都市を生きるリアルな女性像だ。ラグジュアリーやエレガンスの表現において、東京の若手デザイナーの中では随一の手腕を誇る村田晴信デザイナーが、肩肘を張らない等身大のスタイルを模索し始めたのは新しい。「最近出会う女性たちは、自然を愛しながら軽やかに生きている。彼女たちが都会的な空間を歩いている風景を作りたかった」と今季の出発点を振り返る。
会場は、東京・青梅のテレコムセンター。天井の無機質な骨組みが印象的なアリーナに、スモークの滝が溢れ出るオブジェが立つ。その周囲を静かに歩き始めた1人目のモデルがまとうのは、愛らしい桃色のオーガンジードレスだ。「空気のように軽い」と村田デザイナーが評する同素材は幾重にも重なりあい、胸元から足元にかけて白味がかって溶けて消えゆくよう。続けて登場するサテンシャツは薄桃色やペールブルーとソフトなカラーパレット。光のスペクトル(波長)に含まれる色から抽出したといい、その後も淡いグリーンのリブニットやマーメイドスカートなどとして登場する。全て人工物で構成しながら、優しい自然のムードをはらむ不思議な空間が生まれた。
村田デザイナーはこれまでと同様に、ボケットに手を入れた女性のたたずまいや風になびく衣服の形を瞬間的な美として切り取り、閉じ込めようとしている。歩くたびに優美に揺れるビスコースのセットアップや、水飛沫を思わせるラフィア素材のフリンジバッグ、カスケード状に裾が連なるフィッシュテールドレスは、そのスタンスを後押しするアイテムだろう。
追求し続けたラグジュアリーの本質
ラグジュアリーをぜい沢な素材使いや、芸術作品や偉人といった高尚なリファレンスで表現する時、なじみのない女性にとってそれらは「ハルノブムラタ」との心的距離を感じさせる要因になりうる。しかし今季、どんな着想源でも多くの女性の共感を呼ぶであろう表現に昇華できている(と筆者は感じた)のは、村田デザイナーが直近で体験した“本質的な豊かさ”を素直に落とし込んだからかもしれない。「最近は料理にハマっていて、青山のスーパーマーケットでいいトマトを買って調理してみたら『本当に必要なものはそんなに多くないのかも』と思った。シンプルを意識し続けていたら、自分の中でうまく肩の力を抜けるようになった」。ドレッシーなアイテムのみならず、シンプルな薄手のニットやサロペット、シャツドレスといったカジュアルにも着こなせるウエアが増えたのも大きな特徴だ。
ブランド初のデニムアイテムは、完璧にこだわるのではなく「不確実性を受け入れる準備ができた」ことで誕生したという。中でもミニドレスは、20時間以上をかけて細かくスモッキングし、強く洗いをかけて柔らかな質感や偶発的なアタリを演出した。京都の織元・織楽浅野とコラボレーションした西陣織のスカートは、同社の代表と交友を深める中で、招かれた庭園の美しさに惚れ込んだ経験を生かした。「日本人らしい美意識に気づけることが、今後グローバル進出する上で強みになるのではないか」。
デザイナーとしての経験値の蓄積
最近の村田デザイナーを取り巻く状況の変化は目まぐるしい。2月には元麻布に予約制プライベートブティックを開き、5月にはファーストリテーリンググループの「プラステ(PLST)」とコラボレーションコレクションを発表。8月にはウィメンズ・クリエイティブ・ディレクターに就任し、ファーストコレクションを披露した。日常と非日常を問わず、さまざまな環境やシーンで生きる女性に思いを馳せる経験が、ブランドを進化させている。「ラグジュアリーの民主化を目指したい」。そう以前インタビューで話していた言葉が、ふと頭をよぎった。