1月31日、「ディオール(DIOR)」メンズ・アーティスティック・ディレクターを務めるキム・ジョーンズ(Kim Jones)の退任が発表された。そのちょうど1週間前に披露された2025-26年秋冬メンズは、彼が「ディオール」で手掛ける最後のコレクションになった。今季は、メゾンが誇るクチュールの伝統に敬意を表しつつ、メンズウエアの進化を探求。削ぎ落としたシルエットと“ニュールック”をほうふつとさせる控えめな色使いで、アトリエの技術に裏付けられた美しい仕立てと装飾、ぜいたくな素材を際立たせ、ミニマルでありながら華やかな至高のエレガンスを見せた。
シンプルな会場から感じる、服で勝負する覚悟
会場は、ここ数シーズンと同じ旧陸軍士官学校(Ecole Militaire)の庭園に作った巨大な箱型の空間。三方の壁を囲むようにひな壇状の客席が設けられたシンプルな黒の空間の中に、大階段が目を引く白のスペースを配した。ショーの開始とともに流れたのは、英国人音楽家マイケル・ナイマン(Michael Nyman)がもともと1985年に映画「ZOO」のために作曲し、2018年に公開された故アレキサンダー・マックイーン(Alexander MqQueen)のドキュメンタリー映画「マックイーン:モードの反逆児」でも使用された「タイムラプス(Time Lapse)」。感情を揺さぶるような力強く哀愁漂う旋律が響く中、モデルたちは大階段を下り、会場内を闊歩する。そんな大掛かりなセットや派手な演出、アーティストとのコラボに頼らないショーから感じるのは、純粋に服で勝負するというキムの覚悟。オールブラックのファーストルックが登場した瞬間、真っ白な背景の中で際立つその美しいシルエットに目を奪われた。
創業者が手掛けたクチュールの“Hライン”から着想
今季の着想源は、創業者クリスチャン・ディオール(Christian Dior)が1954-55年秋冬オートクチュールで発表した“Hライン”の構造やシルエット。「原点回帰し、メゾンの真髄に焦点を当てたかった」というキムは「(“Hライン”は)今シーズンのためにアーカイブに立ち返る前から私たちの頭の中にずっとあったもの。グラフィカルで角張った印象があり、メンズウエアの世界ととても親和性が高いと感じていた」と話す。そして、稀代の色男ジャコモ・カサノヴァ(Jacomo Casanova)に代表されるような18世紀の華やかで絢爛な装いから19〜20世紀の直線的で実用的なデザインへのシフトというメンズウエアの歴史をはじめ、「進化」や「変容」という概念に着目。フェミニンなアーカイブの要素を現代的な男性服へと落とし込むアプローチから、ファーストルックなどに登場したコートとしても着られるスカートのように実際に用途が変わるデザインまで、さまざまな形で表現した。
フェミニンな要素を現代のメンズウエアに
提案の軸となるのは、ボリュームで遊びながらも削ぎ落としたシルエットが特徴のテーラリング。タックや切り替えで描くHのラインや生地を折りたたむことで表現したラペル、片側だけロング丈で仕上げたアシンメトリーなデザインが印象的だ。そこに、シャープなシガレットパンツや滑らかなワイドパンツを合わせている。また、ワークウエア由来のジップアップやスナップボタン留めのブルゾンには、ネオプレンをボンディングしたレザーや、クロコダイル、シルクを使用。バルーンスリーブのサテンブラウスやフレアラインのオペラコート、シアリングを用いたノーカラージャケット、デコルテを見せるニット、18〜19世紀に貴婦人たちの間で流行した装身具のシャトレーヌを再解釈したパンツに着けるアクセサリーなどからは、ウィメンズ由来の要素が感じられる。
そしてキーディテールも、「ディオール」のクチュールにおけるシグネチャーの一つであるボウやリボン。テーラードジャケットやオペラコートの背中に大きなボウをあしらったほか、繊細な刺しゅうが施されたリボンをシャツの襟の内側から飛び出すように取り付けたり、ブルゾンの袖にリボンを結んで留めるパフスリーブ風のパーツを加えたり。レザーのブーツも結び目のついたサテンのトーキャップで仕上げ、何人かのモデルは仮面舞踏会を想起させるリボン状のアイマスクでミステリアスな色気を醸し出す。
贅を尽くしたメンズクチュールもお披露目
また、今季はアトリエの技術を存分に生かしたメンズ向けのオートクチュールも披露。ムッシュ・ディオールが1948年春夏オートクチュールで発表したルック“ポンディシェリ“から引用した刺しゅうをあしらった着物風のローブコートや、さまざまな大きさのガラスビーズを雨粒のように散りばめたスーツやオペラコートなどを提案した。また、デザイナーのロジェ・ヴィヴィエ(Roger Vivier)が61年にメゾンのために手掛けたシューズに見られる華やかな刺しゅうを施したスニーカーは、スペシャルオーダーのみで販売する。
今回のコレクションは、フェミニンな要素を取り入れながら制約の多いメンズウエアを解放する現代的なアプローチをはじめ、精緻な仕立てが光るテーラリング、上質な素材でエレガントに昇華したカジュアルウエア、メゾンの伝統をたたえるクチュールピース、愛する日本の要素など、キムがこれまで「ディオール」でメンズウエアにもたらした価値や大切にしてきた美学を感じさせる集大成のよう。それは、キムが間違いなく「ディオール」メンズの歴史における一時代を築いたことを証明する力作であり、フィナーレに登場した彼には惜しみない拍手が贈られた。